第百四十二話 戦う少年たち ―"Though is it wasteful?"―
モニターに映る都市の全景は紅に染まっていた。
人工太陽が照らす黄昏の光に目を細めながら、【イェーガー・反逆者】を駆る少年は早鐘を打つ胸を意識する。
(大丈夫だ、ちゃんと飛べる。焦るなよ……俺はこういう日のために、工房でシミュレーションを重ねてきたんだ)
『尊皇派』が用意していた仮想現実の世界でイオリはアスマや他の「協力者」らと共に、SAMでの任務を想定した訓練を行っていた。タカネが九重グループに指示して作らせた仮想現実は『第二の世界』と比べると安価なジオラマのようなもので、SAMの操作もゲームじみてはいたが、それでもないよりはマシだったであろう。
(でも……街中で人が急に暴れだすなんて流石に想定外だ。【異形】の仕業だとしても、それらしい姿は暴れてる人の近くには見えなかった)
どこか遠距離に隠れているのか。
人に紛れて都市に侵入してくる【異形】の存在――それが事実だとして、イオリには撃てるのか。
その存在が人の姿を借り、人の中に溶け込み、その周りに無関係な他人が多くいたとして、イオリは銃を向けられるのか――?
SAMを飛ばして被害の大きい都市中央区角を目指しながら、イオリは唇を噛んだ。
彼が思い返すのは先ほどの蓮見タカネの言葉。
『使命を果たせ』。
それが、自分がこの機体に乗って戦う理由の全てであるはずだ。
「そうだ、俺は……俺の使命を果たす。そうじゃなきゃ蓮見さんにも、ミユキさんにも顔向け出来ない。アスマだって、俺のことを信用して機体をカスタマイズしてくれたんじゃないか……!」
二度は裏切れない。
この危機の中、戦力になれるからという一点のみでイオリは許されたに過ぎないのだ。ここで良い結果を出さねば、どの道タカネに始末される。重要な機密を抱えてしまっているイオリは今、行方不明扱いとなっている身なのだ。いなくなった人間が本当にいなくなろうが、誰も気には留めまい。
「だから、今は――」
生きるために、使命を果たす。そこに迷いなど要らない。七瀬イオリには、そんなもの求められてはいないのだから。
眼下の街には道端で狂乱する人の姿が見える。そして、その数は街の中心部に近づくにつれて増えてきている。しかし、【異形】らしき影や気配は依然見当たらない。
(人を狂わせる力……魔法、なのか?)
イオリは魔力探知機を起動させて周辺を調べた。
ほどなくして出た結果に、彼は「やはりか」と呟く。強烈な魔力波が東――都市中央区角から発されていた。
中央に人が少ないエリアなどない。都市の人口の半分以上がそこに定住しており、まだ日が暮れかかっている最中のこの時間では働きに出ていた者たちも多くいる。
すなわち、彼自身の手で犠牲を出さない対処はほぼ不可能だということだ。
「ちくしょう!」
天秤は既に傾けられた。その選択は変えられはしない。
感情の訴えを捻じ曲げて叫ぶ黒髪の少年は、ただ一直線に中央区角へと飛ばしていった。
*
同時刻。
ドローンが届ける都市の狂乱の中継を見る『学園』の生徒たちは、騒然としていた。
『VRダイブ室』にいた黒髪の少年、九重アスマもその一人。
彼は困惑する同級生たちを他所にスマホに指を滑らせ、ストリートビューの映像をつぶさに観察する。
異変には必ず原因がある。それを突き止めさえすればどんな物事にも対処できる――それが、理論派少年の持論だった。
「なあ、もしかしてこっちでも人が暴れたりしないよな!?」
「そ、そんなの俺に聞かれたって分かんねえよ!」
「お母さんたち大丈夫かな……」
「怖いよっ、マナちゃん……!」「大丈夫、『学園』にいれば大丈夫だから」
皆は一様に恐怖していた。いつその脅威が自分たちに降りかかるのかと震えて待つだけだった。
アスマはその態度を馬鹿馬鹿しいと吐き捨てる。
ただ恐れるだけなら動物と同じだ。人は考えられる生き物。自らが人であるというのなら、頭を回せ――彼はそう心中で同級生たちを罵倒した。
(ここで立ち尽くしていても埓が明かない! 映像を見るだけじゃ限界がある! 集団幻覚の類にしては前触れもないし、狂乱してる奴に共通点らしいものもない。やはり、信じたくはないけど――)
【異形】の魔法。
イオリと同じ結論を下したアスマは、その仮説を証明するべく走り出した。
行き先は『学園』のスタジアム。入学式などの特別行事くらいでしか使われないその場所には、実機での訓練用SAMが十数機ある。今年の入学式のエキシビションマッチで使ったアスマの改造機も、そこに格納されっぱなしだったはずだ。それさえ使えれば、状況を探る手立てはある。
「九重くん!」
階段を駆け下り、玄関口を目指して疾駆していたアスマは呼び止めてくる声に速度を緩めた。
足を止めぬまま、振り向かず訊ねる。
「何ですか!?」
「僕もお供しますよ。不破さんを守るために」
「っ、あなたは――」
それはアスマにとって聞き覚えのある少年の声だった。『尊皇派』の工房で何度か聞いたはずだったが、基本的に他人への興味が薄い彼は名前を思い出せない。
訊いてくるアスマに追いついたその少年は、糸目を弓なりにして名乗る。
「僕は橘ヤイチです。不破さんにスカウトされた、君の同志ですよ」
「そうですか。橘さん、不破さんを守るためにって言いましたけど、彼女は――」
「都市ですよ。蓮見さんのスケジュールが週末に取れなくなったので、急遽ね」
政治家たちのいる区画付近は狂乱の真っ只中にある。ゆえに、彼女が巻き込まれている可能性は非常に高い。
アスマは唇を噛んで俯くが、すぐに顔を上げた。
――不破ミユキは九重アスマの進む道を導いたメカニックであった。
アスマがまだ小学五年生だった頃、『レジスタンス』のSAM開発部門のスポンサーである父に連れられてその本部へ訪れたことがあった。
その際に目を輝かせて組み立て作業中のSAMを見つめていたアスマに、ミユキは訊ねたのだ。
『あのSAMを自分なりに改造するなら、どうしたい?』
アスマは彼女に自分が思う理想のSAMの姿を語った。子供の想像ゆえに現実の技術では実現できない部分も多かったが、ミユキはその一つ一つを丁寧に拾い上げて大まかな設計図に起こしてくれた。
右腕が巨大な赤いドリルとなった、【イェーガー】の改造型。
それこそが、アスマの原点だった。
「都市の混乱は【異形】による魔法が原因かもしれません! それを探るにはSAMが必要なんです! だからどうか格納庫を開けてください!」
スタジアムの事務室に怒鳴り込んだアスマの言葉に、そこにいた職員たちは狼狽しながらも拒みはしなかった。
少年の剣幕に嘘偽りなどなく、彼らもまた生徒たちと同じく為すすべを知らなかった。そんなところに都合よく一つの手段が舞い込んできたとなれば、彼らは思考放棄気味にそれに従った。
「格納庫には何機!?」
「じゅ、十五機です!」
「今すぐ職員室に連絡して、学内放送でパイロットを呼びつけさせて! いきなりの実機戦にも対応がきく有能な奴! ――早く!!」
そう怒鳴りつけ、アスマはヤイチと共にスタジアム地下の格納庫めがけて走る。
エレベータを待つのももどかしくその脇の階段を駆け下りた彼らは、事務員から預かったカードキーを読み取り機に滑らせた。
重低音を奏でながら鉄の門が開いていく。
「僕のSAM……あった!」
格納庫の入り口手前からすぐの所に【イェーガー・アスマカスタム】は鎮座していた。その脚から背面部にかけての足場を辿り、少年はコックピットへ乗り込んでいく。
コックピット内に畳んで置いてあった『アーマメントスーツ』に着替え、操縦席に座った。
「――目覚めよ」
アスマは胸の宝玉に触れ、『コア』を呼び覚ます。その声と同時に暗かったコックピットは色彩を取り戻し、情報の羅列がモニターを支配した。
久々の起動で立ち上げに少々時間が掛かっているのに舌打ちしつつ、彼はヤイチへ問いかける。
「橘さん、僕が先行します。あなたは援護を」
『分かりました。策は考えてありますか? 敵の姿は見えませんでした、第一級の「デカラビア」のように透明化能力を有している可能性がありますが……』
「それはこれから考えます。ただ一つはっきりと言えるのは、僕らがやるべきは『人を護ること』です。敵を叩けたとして、それで多くの犠牲を払っては意味がない」
見えざる敵に躍起になる前に、目下の人命救護に専念する。
敵が魔法で混乱を引き起こしているならば、【防衛魔法】を広域展開することで魔力波の干渉はシャットアウトできるはずだ。現状暴れまわっている者を鎮められはしないが、それでも新たに狂乱する者は出なくなるだろう。
アスマとヤイチが起動処理の完了を待つ間、他のパイロットたちも続々とこの場に集結してきていた。
「その機体……乗っているのは九重くんかしら?」
「あんたは?」
「冬萌ユキエ。冬萌大将の娘よ」
黒髪の少女もその一人。
決然とした眼差しでアスマ機を見上げる彼女は、レイたちが福岡で死闘に臨んでいるなか何も出来ずにいることを歯がゆく思っていた。その最中に起こった動乱――動かないわけには、いかなかった。
「冬萌大将の……そうですか、じゃああんたに指揮は任せます。僕が考えた策の草案を送りますから、さっさと機体に搭乗してください」
「口の利き方が生意気ね。……ま、そういう子も嫌いじゃないわ」
懐の深さを見せつけるように笑い、ユキエは【イェーガー】に乗り込んだ。
集まったメンバーは風縫カオル、毒島カツミ、神崎リサ、石田サキ、真壁ヨリ、日野イタルなど二年A組のパイロットたちを中心に構成されていた。彼らもユキエと同じく自分たちに出来ることを求めていた者たちであり、士気はかなり高い。
「犬塚たちが遠くで頑張ってんだ、俺だって!」
「アタシらの平和を脅かすものは、どんな敵だろうがぶっ潰す! そうでしょカツミぃ?」
「ったりめーだろ。オカマ野郎の……早乙女の帰る場所、守るって約束したんだからよ!」
「どんな相手なのかは未知数――それでも、共に生きて戻りますわよ!」
イタルが闘志を燃やし、カオルが不敵に笑い、カツミが誓いを口にし、リサが皆を鼓舞する。
解放されたスロープ状の出入口より地上へと飛び出た各機は、国道を走り抜けて都市中央区角へ急いでいった。
自動車たちに拡声機能で道を開けるよう呼びかけ、警察の誘導も受けながら彼らは進軍していく。
街路をSAMが通過するという異様な光景が繰り広げられるなか、モニターの小窓に中央の現場を映すユキエは怪訝に思っていた。
(『レジスタンス』の動きが遅い……警察はもうとっくに現場周辺に出ているというのに、お父さんたちは何をやっているの?)
中央は『レジスタンス』のお膝元だ。本来ならば真っ先に彼らが行動に出ていないとおかしい。
やむを得ず腰を上げられない事情があった?
いやそれは有り得ない、とユキエは首を横に振る。
『レジスタンス』の存在意義は人類を守ることにあるのだ。人々の危機を見過ごしてしまえば、そのアイデンティティを否定することになる。
「全員に告げるわ。いま表示している地図に示した各ポイントにそれぞれを配置、【防衛魔法】で敵の魔法から人々を守る。これが現状の策よ」
だが守っているだけでは状況は変えられない。自分たちが守っている間に『レジスタンス』兵たちが敵の大元を探して叩く――考えられるその案を、しかしユキエは口に出来なかった。
仮に、『レジスタンス』内にその行動理念をも覆す何かが起こったとしたら。
いや――理念も信念も埒外にしてしまうほどの異変があったとしたら、ユキエはどうするべきなのだろうか。
(お父さんと連絡が取れれば良いのだけれど……)
それは先程から試している。だがその結果は、ツー、ツー、と繋がらない電話の音だけが空ろに響くだけだった。
状況の見えない不安感に苛まれながらも、少女は決して声音を崩すことなく仲間たちに手筈の詳細を語っていく。
人々の狂気は止まらない。感染する病魔のごとく、それは前触れ無く彼らを変えていく。自我を手放した者たちは見境なしに周囲の者を襲い、殺めた。
「こんな時に、夜桜大佐がいれば……!」
【レリエル】の広範囲催眠魔法があれば、この混乱は一時でも治まったはずなのにとユキエは唇を噛む。
『レジスタンス』の主力がいない現状は敵にとって最大の好機だ。そこを付け狙われることは組織側としても想定していたはず。だからこそ、行動が遅いのがとにかく解せない。
『ユキエちゃん、こちら持ち場に着きました!』
「了解、詠唱を始めて発動待機状態まで持っていって! 各自の魔法を繋げるために同時発動でいくわ!」
ヨリからの通信にそう答え、ユキエは己のポジションである『レジスタンス』本部前へと急いでいった。
現在、配置場所に到着しているのは全体の半数。中央区角より北側に着くべき者たちはまだ着けていない。
(状況次第ではフォーメーションが完成する前に発動する必要もあるわね)
その見極めはリーダーであるユキエに託されている。
手汗の滲む手で操縦桿を握っていた彼女は、魔力探知機の反応をモニターに拡大し――その表示に目を剥いた。
「真後ろ――『レジスタンス』本部!?」
『第一級異形』にも相当する莫大な魔力が、そこから同心円状に都市へと拡散されていた。
それが彼らの出動が遅い理由の答えかと、ユキエは歯噛みする。本部施設内に【異形】がいるのだとしたら、その対応に追われて彼らも他へ手を回せずにいたのだろう。
加えて最悪なことに、SAMでは狭い建物内での戦闘など出来ない。ゆえに、そこにいるであろう【異形】に対処するには、SAMを捨てるか建物ごと破壊する以外に手はなかった。
月居指令はどちらの手段を選ぶのか――これからの動きはその選択次第である。
「敵は本部内ですって? そんなの、どうしろってんのよ!」
「俺らはただ守るだけで、敵には手出しできねぇってことか!」
苛立ちを剥き出しにするカオルと、操縦席の肘置きを力任せに叩くカツミ。
各機のレーダーが示すその現実に、少年少女たちは計り知れない苦難を予感した。
「いや……手はあるさ」
しかし『尊皇派』の小型SAMならば――本部内での戦闘を想定して作られた機体ならば、やれることはある。
「しかし、今からあの拠点に移動するにしても時間がかかります! どうします、九重くん!?」
「それしかないなら、行くしかないでしょう!」
『尊皇派』の切り札が露見することは避けたかったが、こうなっては仕方がないとアスマは叫ぶ。
ヤイチは頷き、ユキエにプランの変更を提言しようとしたが――その時だった。
空中に躍り出た小さき機体の姿が、彼の目に映る。
「あれは……!?」「まさか――」
少年二人の声が重なる。
その機体をアスマが忘れるはずがない。あれはアスマが「彼」の無茶な要望を全部聞いて完成させた、「彼」のためだけの機体だ。もう二度と起動されないのではないかと思っていたそれが現れた、その意味は――。
「イオリ、さん……!?」




