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暁の機動天使《プシュコマキア》  作者: 憂木 ヒロ
第六章 覚醒・序

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第百三十七話 進化したSAM ―Crossing with a savage beast―

 敵側のSAMの壊滅を受け、第一~第三師団は一斉に行軍を加速。

 敵機掃討の功労者であるミコトは飛空艇に移送され、そこで速やかに救護された。

 ペースは落ちたもののワームホールからは依然【異形】が出現しており、陸戦部隊を中心として彼らはその対処に追われることとなる。

 空での激しい戦闘を終えて風縫ソラ、来栖ハル、最上フユカがしばしの休息のために帰投した後、彼らに代わって陣頭指揮を取るのは毒島シオン中佐であった。


「さあ、ラストスパートだよ! あたしら陸軍の真骨頂、見せてやろうじゃないの!」

「「「おおおおおおおおおおッ――!!」」」


 戦闘狂集団と揶揄されるシオン直属の部隊は最前線に踊り出て、進路を阻む【異形】の群れに飛びかかっていく。

子鬼(ゴブリン型』、『巨鬼オーガ型』、『巨豚オーク型』、『狼人ウェアウルフ型』などの二足の種たちは棍棒や石槍などの武器を持ち、吠え猛っていた。


「獣のくせに一丁前に武器なんか使っちゃって……これも理智ある【異形】とやらの入れ知恵ってやつ!?」


 人型の上半身に蜘蛛の下半身をした奇抜なSAM、【マトリエル】の主であるシオンは敵軍を見て笑みを刻む。

 四本の腕にそれぞれ一つの『毒液銃』を構える彼女は、戦場の蛮声に闘志を沸き上がらせて叫んだ。


「おらおらッ、行くよーッ!!」


 四足をガシャガシャと蠢かせ、アシダカグモのごとき俊敏さで前進する【マトリエル】。

 銃撃を放ちながら接敵する彼女は眼前の【異形】たちへと次々ヘッドショットを決め、部下たちが突破するための一点の「穴」を敵陣に穿った。

 通常機よりも多い手数に加えた早撃ちの技量が、瞬く間に戦況を変えていく。


「前回はしょーもない醜態晒しちゃったけど、今回はそうもいかないんだから!」


 第一次作戦での不可視の【第一級異形】デカラビア戦では、シオンは何も出来ずに部下たちを犠牲にしてしまった。

 デカラビアは瀬那マナカの魔法に巻き込まれて死んだが、それがもう少し遅ければ彼女も錯乱したまま死すことになっていただろう。彼女が生き残れたのは、単に運が良かったからに過ぎない。

 今度は実力で生き残る――そう誓って、シオンはこの一年間鍛錬を積んできた。機体性能にかまけて自身の技量で勝負しなかったことを恥じ、射撃と白兵戦を極めるべく生駒少将に師事した。

 

「近づいたらッ、切り結ぶ!!」


 敵との距離が剣のリーチに届こうとした直前に行う、迅速な抜刀。

 機体背面のバックパックから伸び出た五、六本目の腕が腰から剣を引き抜いて、銀閃を走らせる。

【マトリエル】の八つの四肢に加わった新たな二つの腕。四本の腕を同時に扱うだけでも困難を極めるというのに、さらに二本追加しようなどとは無謀にもほどがある――シオンの改造案にメカニックたちは口を揃えてそう言っていた。

 だが、彼女はその無謀を押し通した。自分ならこれを完璧にコントロール出来るのだと、何度も訴えて。

 それでメカニックたちも折れ、追加装備として魔力を溜め込む背嚢パックと【ドミニオン】から流用した『拡張式腕部エキスパンションアーム』を実装したのだ。


「はあああああああああッ!!」


 刃が【異形】の温かな肌を裂き、粘っこい緑の血液を散らす。

 鉄の香をかき消すのは銃弾が放つ硝煙だ。毒液銃のみならず実弾銃も駆り出して臨むシオンは、遠近それぞれの敵を単騎で蹴散らしていく。

 一騎当千の阿修羅――今の彼女は生駒センリが至った境地に最も近いパイロットだと言って差し支えなかった。



 大モニターで戦場を俯瞰する夜桜シズル大佐は、シオンの快進撃に声を弾ませていた。


「これまで温存してきたシオンちゃんが、ここで活きてきたわね。センリくんの所で修行したって得意げに言ってたけど、どうやらその甲斐もあったみたい」


 道路上の敵はシオンら前線の兵たちが尽くを打倒し、空の『飛行型』たちは空軍のSAMたちで十分対処が間に合っている。

 敵側のSAMが現れた辺りではどうなることかと案じたが、これならば本日中の『プラント』突入も現実味を増してきたとシズルは思う。

 

「よし、行けますよ大佐!」

「ええ。だけど油断は禁物よ。前回は『プラント』に辿り着く直前で【第一級】が複数出現した。今回も同じことが起こらないとは限らないわ」


 男性士官の一人がそう声を上げるのに首肯しつつも、シズルは警戒を絶やさぬよう改めて呼びかけた。

 現在、各師団の【七天使】及び【機動天使】はベリアル討伐のため、ワームホールに飛び込んでその向こう側で戦っている。そのおかげでワームホールの出現は減り、自分たちもこうして滞りなく進軍出来ているわけだが――それは裏を返せば、こちらを守る戦力が減っていることにほかならない。

 今【第一級異形】たちの襲撃を食らえば、あの時以上の苦戦を強いられるかもしれない――言外にそう訴えるシズルに、司令室の面々は表情を引き締めて頷きを返した。


 と、その直後だった。

 

「――大佐! 2時の方角300、ワームホールより一機、敵SAMです!」

「っ、『アイギスシールド』用意! 空軍各部隊は敵機の迎撃に当たりなさい! 最優先で潰すのよ!」


 オペレーターの警告を受けてシズルは即座に指示を打つ。

 彼女の命令に応じて部隊が動く中、その一機は武装の魔力光線砲メガランチャー()()()()()――そして。

 天へ屹立する光の柱を砲口より立ち上げて、その砲を無造作に振り下ろした。


「――――ッ!?」


 飛空艇を大揺れさせる衝撃、次いで訪れるのは地鳴りのごとき轟音。

 座した席から振り落とされるシズルは床からすぐさま這い上がると、すがめた目でモニターを睨んだ。


「大佐ッ!? 右舷第7ブロックに甚大な損傷、このままでは墜落します!!」

「魔力制動をかけて着陸用意! 艇内で待機中の各パイロットはSAMに搭乗、【浮遊魔法】を使用して少しでも時間を稼ぎなさい!」


 翼を失った鳥は飛べはしない。だがそんな窮状にあっても、シズルには諦めるつもりが毛頭なかった。

 致命的な被害をこちらにもたらした敵機を忌々しげに睨み、彼女自身もSAM格納庫へと動き出す。


御子柴みこしば中佐、ここを任せるわ。私も【レリエル】で出来るだけのことはやる。あなたたちの命は絶対に守るわ」 


 青年将校へとそう言い置いてシズルは司令室から飛び出していった。

 バランスを崩して傾く艇内では満足に走ることもままならかったが、それでもSAMにたどり着こうと彼女は廊下を這ってでも格納庫へと急いだ。

 墜落までの刻限カウントダウンが、容赦なく彼女らの首を締め上げていく。

 

(艇を守る長として、若き兵たちの『母』として、私には皆の命を預かった責任がある。たとえ私の魔力が燃え尽き、身体が限界を迎えても……彼らだけは)


 飛空艇右舷は光の剣に切り裂かれ、断裂面からは激しい火炎が上がっていた。

 出火部近くの廊下は隔壁で閉ざされ、他エリアへの炎の流入は現状防げているが――同じ箇所に追撃を食らえば、今度こそ致命的な傷を穿たれる。

 

「【アラエル】ドッキング、オールグリーン。夜桜シズル、【レリエル・飛天】――飛ぶわよ!」


 傾く格納庫に転がり込んだシズルは、予め用意させておいた飛行ユニットと合体させた愛機のもとに駆け寄り、搭乗した。

 無事であるカタパルトから機体を射出させ、身体に降りかかる強烈なGに顔を歪めつつ空へと躍り出る。

 あの一撃は連射不可な代物なのか、先ほどの機体は空中に留まったままこちらの様子を伺っているようだった。


(あの機体……さっきまで大量に現れていたのとは違う。『アイギスシールド』を貫通するほどの威力を実現できる魔力――只者ではないわ)


 目の前で圧倒的な存在感を放つ敵SAMを見据えるシズルは呟き、魔法の詠唱を開始する。

 相手が如何なる実力者であろうと、【イェーガー・空戦型】のスペックでは【レリエル・飛天】が仕向ける睡魔には抗えない。

 第四世代機と第五世代機の間にある、性能の隔絶。機体性能でねじ伏せる戦いを嫌うシズルはこれまで格下のSAMとの模擬戦を辞退してきたが――今この時は、そのプライドも捨てた。


(飛空艇との距離が近いから広範囲魔法は使えない……だったら)


 闇夜をそのまま切り取ったかの如きマントをはためかせ、獣のようなあぎとから黒い瘴気を吐き出す、漆黒のカラーリングにワンポイントとして胸元の白い十字を刻んだ【レリエル】。

 紫の宝玉を先端にはめた長杖を持つ「夜の天使」は、その得物の緩やかなひと振りで

漆黒の魔力球を幾つも出現させ――そして、放った。


「行きなさい、【ナイトメアホール】!」


 発動時の緩慢な動作から打って変わって弾丸のごとき高速で敵へ飛来する魔力球。

 この【ナイトメアホール】は着弾と同時に小規模な魔力フィールドを展開し、呑み込んだ対象を昏睡させる魔法だ。同系の広範囲魔法【天使の夜想曲】よりも範囲は狭まる分、燃費も小回りも上回る。

 が、敵はそれを完璧に見切り、機体背面のスラスターから青白い光の尾を引きながら荒ぶる高速旋回で回避してのける。


「っ!? 何なの、あの飛行は――」


 無数に分身していると錯覚してしまうほどの残像を描く敵の動きに、シズルは驚倒した。

 肉眼ではまともに捉えられない速度であれほどの機動をすれば、パイロットには尋常ならざる負荷がかかる。並みのパイロットではそれに耐えることは叶わない。

 あの飛行を可能とする敵側のパイロットは、たった一人。


「……アキラくん……!」


 敵となってしまった彼の名を呟き、シズルは眉間に深い皺を刻む。

 所属は違えど先輩パイロットとして彼女はアキラやミツヒロとの交流が少しばかりあった。年長者として後輩の相談に乗ることも多かった彼女は、アキラからも何度か悩みを打ち明けられていた。その時もう少し彼に寄り添って、共感してやれたら何かが変わったかもしれない――そんな後悔をシズルは繰り返してきた。


「アキラくん、聞こえる? 私よ、夜桜シズルよ。お願い……少し、話をさせて」


 緊急通信チャンネルを使ってアキラとの接触を図るシズル。

 身を強ばらせて待機していると、ほどなくして相手側からの応答があった。


『夜桜准……いえ、大佐。はじめまして』


 まだ昇進していないのかという侮蔑を込めて言ってきたのは、間違いなくアキラの声だった。

 だがそう言わせた存在が「似鳥アキラ」の人格ではないこともまた、明白であった。


「あなたはもう……そこにはいないのね、アキラくん」

『ええ。僕は似鳥アキラの身体を借りているだけの存在。「ワレワレ」の目的を実行に移すための、尖兵です』


【異形】は偽ることなく正体を語る。

 戦いを止めさせるための説得は不可能か――シズルがそう覚悟を決める中、【異形】は彼女の思考を見透かしたように笑みを漏らした。


『ふふ……似鳥アキラという兵士をここまで育ててくれたニンゲンたちには感謝していますよ。おかげでこうして、あなたたちを押さえることが出来るのだから!』


『魔力光線砲「メガランチャー)』を放り捨てて腰の長剣を抜き、空を蹴って猛進する【イェーガー・空戦型】。

 刹那にして彼我の距離を埋める敵に対し、シズルは否応無しに防戦を強いられた。

 直進を経て肉薄する剣が展開した【絶対障壁】に激突し――


『ヒトにはない「力」、お見せしますよ』


 微笑み。

 そして、貫通。

 ビキリ、と亀裂が入る不快音が鳴ったと思えば、そこを起点として蜘蛛の巣のごとく罅は防壁全体へ広がっていく。


「っ、そんな――」


 魔力の出力ではこちらの機体が優っているはず。兵士として積み重ねた年月もシズルの方が長い。遅れを取る要素など、空中戦での経験差くらいしかないのに――。


自惚うぬぼれすぎですよ、()()()()()()()


【異形】は嘲笑と共に刃を突き込み、十字ラインの交点である左胸を穿たんとする。

 剣が纏う緋色の輝きに目を眇め、歯を食いしばったシズル。


「ふっ――!!」


 そして気合を鋭く吐き出すと同時に、彼女は右脚をあらん限りの力で振り上げた。

 足底部のスラスターから放つ魔力を瞬間的にオーバーフローさせ、生まれた強烈な推進力をもって後退を果たす。

 

『へぇ、やるじゃないですか!』


 だがそれで逃げられるほど、敵は甘くはなかった。

 すぐさま食らいつこうと前進し、剣を振りかぶって【レリエル】を破壊せんとする。

 赤く爛々と光る眼部レンズにははげしい闘気が宿り、開かれたあぎとから吐き出される魔力は熱く燃えている。

 もはやこの機体は【イェーガー・空戦型】などではないと思わせるほどの圧倒的な威圧感が、シズルの意志を呑み込もうとしてきていた。


『オオオオオオオオオオオオッ――!!』


 アキラでも【異形】でもない、【イェーガー・空戦型】本体が乗り手の戦意に共鳴するように吼え猛る。

 その様はまさしく獣だった。ヒトの道具としてのSAMの域を超えた、生ける『コア』の魂の叫び。


『ただの【イェーガー】と侮るなかれ。この機体は既に鉄人形などではなく、ワレワレの手によって進化したものです。あなたたちの言葉を借りるならば――新世代のSAM』


 一瞬で間合いを詰め、煌々と炎を燃やす剣を振り下ろす【イェーガー】。

 長杖の柄でそれを受け止めるシズルは脂汗を流しながら、腕に伝わる圧力に畏怖した。

 持てる魔力を限界まで飛行ユニット【アラエル】に回し、へし折られる寸前の杖を捨てて離脱を敢行する。


『逃がしはしませんよ』

「っっ、速い……!」


 急上昇して分厚い雲を突っ切るシズルはモニターに映る敵機の追跡に舌打ちした。

 とにかく飛空艇から離れて、敵機をなるべく引き付ける――自らの安全を顧みず、彼女はただ仲間を守るために雲間を昇っていく。

 が、灰色の世界を抜けて陽光が差し込むかと思われたその時、がくん、と彼女の機体は推力を削がれて速度を落とした。

 左の足首を掴まれた感覚。即座に空いた右足で敵機の頭部を蹴飛ばそうとする彼女だったが、足に上手く力が入らない。


『さっきの離脱でスラスターに魔力を込めすぎましたね。あの夜桜シズルも、動揺してしまえばこんなものということですか』


 自らの出力の調整不足が招いた失態。それを嘲る【異形】に返す言葉を、今のシズルは持ち得ない。

 乗っているのがアキラだと確信した瞬間に少しでも心を乱したのが、この戦況の最大の原因だったろう。経験に裏打ちされた実力を持つシズルの唯一にして最大の弱点――それこそが、大佐としての仮面の奥にあるメンタル。


『……あなたは甘い。最初から殺すつもりで向かってこなかった時点で、気持ちで負けていたんですよ』


 慈悲のない宣告が彼女の耳朶を打つ。

 これで負けてしまうのか――灰色に満たされた世界の中で、彼女はただ、最後に愛したひとを想った。

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