第百二十九話 皇女の覚悟 ―"I shoulder all responsibility."―
「何だって、犬塚少尉が……!?」
そう驚愕の声を漏らしたのは、風縫ソラ中佐である。
シバマルらが敵の【イェーガー・空戦型】と交戦しているのと同時刻に出現した『飛行型』と敵機を相手取っていた彼は、その知らせに唇を噛んだ。
(大破はしてない、ただワームホールに吸い込まれたってだけ……だが、【機動天使】の一機が戦場を離れたとなると――)
残念ながらシバマルの運命を考えている時間はない。
今すべきことは彼の抜けた穴を埋め合わせる手段だ。敵が「超火力レーザー砲」という新装備を投入してきた現状、こちらの空戦部隊はギリギリの戦いを強いられている。それはつまり、少しの隙が命取りになってしまうのだということ。
「マトヴェイ大将、【ドミニオン】全機の出撃を! それから第二、第三師団の空戦SAMも出来るだけ! もう温存とか言ってる場合じゃない!」
『言われなくともとっくに出してるところよ! ただ、あまりに敵の数が多すぎる! そっちに合流する前に阻まれてしまっているのが現状よ!』
別師団の長へ通信を繋げ、ソラはなりふり構わず叫ぶ。
即時の合流は困難。
それだけを頭に入れ、ソラは大将に聞かれていながらも舌打ちを堪えきれなかった。
「大将殿は【レーヴァテイン】と【グングニル】、それから『対異形ミサイル』もつぎ込んで【異形】どもを片付けてください! 敵機は俺たち【七天使】と【機動天使】、【ドミニオン】が優先的に叩きます!」
『ええ! 総力を尽くしてでも、この場を乗り切るわよ!』
ソラは『飛行型』の群れの合間からこちらを狙ってくる敵機を捉え、睥睨する。
射程ではソラの側が不利だ。ある程度近づき、それでいて『飛行型』の攻勢をも掻い潜らなければ倒すこともままならない。
だが――やるしかない。多少のダメージは承知の上で、敵機を一つでも多く撃墜しなければ勝機はないのだから。
「空の天使の力、見せてやるぜッ――【エターナルブースト】!!」
翼に空色の魔力粒子を纏わせ、圧倒的な加速を実現する【サハクィエル】。
青と白の光の筋となって空中を駆けるSAMは【異形】の光線の間隙を縫い、レーザー砲を構える一機へと急迫した。
「はあッ!!」
銃剣の切っ先を狙いたがわず『コア』に突き立て、同時に銃口より魔力弾の連撃を浴びせる。
破損した胸部装甲から火花が散り、どす黒い『魔力液』の臭いが青年の鼻を刺激した。
直後――爆発する。
「っ、一機!」
瞬時に離脱して爆砕に巻き込まれるのを回避し、ソラはレーダーが捉える強烈な魔力反応を追って更なる加速を試みた。
魔力残量はもはや気にしてはいられない。目の前の敵を全て倒し、そして飛空艇に帰投し補給を行う。それを繰り返すだけだ。
「見えねぇよな、この加速!」
魔力を燃やせば燃やすほど、ソラは際限なく加速する。
その機体が負荷に耐えられる限界をも突破せんという勢いで、彼は空を駆け抜けた。
たとえどんな空戦型SAMが出ようとも、速さでは絶対に負けない――青年はそんな矜持をもって、一機、また一機と敵を一撃で切り伏せていく。
「【太陽砲】、発射します!」
ソラが戦う空域より後方、第二師団の飛空艇上からはレイが応戦していた。
彼が狙うのはベリアルが出現させるワームホール。それを消し飛ばすことで『飛行型』の数を少しでも抑え、皆の負担を減らすのが役割だ。
(一つ潰してもまた一つ、新しいのが現れる。敵の魔力消費量も少なくはないはず……どうして、こんなにも出し惜しみなくワームホールを作れるのですか……!?)
五つの円環型ユニットのみならず、あぎとを開いて六つ目の砲門とするレイ。
六つの砲撃を同時に、かつ連続で放つ彼は、急速な魔力消費の反動である頭痛に喘ぎながら心中で呟いた。
レイの隣にはミコトがおり、【ガブリエル】の魔法で減ったそばから彼の魔力を回復している。そのためレイは全砲の連続発射という無茶を行えているわけだが――。
「まさか、敵も同じ手を……!?」
「レイ?」
独りごつ少年に少女は首を傾げかけるも、すぐに彼の考えを察した。
「……こうしてただワームホールを消していても、時間を消費するだけということなのですか」
「ボクの推測が正しければ、そうなりますね」
声を交わす間にも敵の砲撃はこちらに迫ってきている。
しかしミコトは一切怯むことなく、冷静に『アイギスシールド』を展開してそれを受け止めた。
「ミコトさん――!」
「わたくしは大丈夫ですわ、レイ。この程度の攻撃、何ということはありません」
「しかし、ボクに魔力を送っていながらシールドまで展開するなんて、尋常じゃない魔力消費のはずです……!」
凛然と微笑むミコトの身をレイは案じる。
女性のそれのように膨らんだ【ガブリエル】の胸部に搭載された『コア』は装甲の下からでも分かる強い桃色の光を放ち、今にもオーバーヒートしてしまいそうな様子だった。
過剰なまでの魔力消費に加え、コックピット内も相当暑くなっているはず。
「大丈夫です、レイ。本当に、わたくしは……大丈夫ですから」
汗を滝のように流し、呼吸を浅く乱しながらもミコトは笑みを崩さなかった。
彼女には皇女として、そして軍人として果たさねばならない使命がある。全てを懸けてでも乗り越えなければならない苦境で、全力を尽くさない理由はないのだという思いを、彼女は騎士へぶつけた。
「ワームホールの出現を止めるには、それを発生させる大本を討つほかありませんわ。敵のワームホールへ飛び込み、その向こうにいる『ベリアル』を倒すための部隊――それを結成し、任務を実行することが最良の手段だとわたくしは考えます」
ワームホールさえ何とかすれば、師団の負担は大幅に軽減される。
ゆえにそれの対処が急務であり、そのために精鋭を結集してかの魔神に挑むべきだとミコトは説いた。
「あのワームホールに飛び込んで、『ベリアル』と戦う……一筋縄ではいかない相手ですよ。それに実力者がこの場を離れては、師団が……」
「――全ての責任はわたくしが負います」
胸を張り、前を向き、ミコトは言い切った。
レイがその翼で舞い、敵を討つ刃になるのなら――ミコトは彼を支えて包み込む守護者になる。
いや、彼だけでなく全ての兵と臣民たちを守りぬく「母」のような存在に彼女はならねばならないのだ。
「わたくしは皇ミコト。奇跡の下で生き残った陛下の娘として、この戦場に再度の奇跡を起こすことを誓いますわ。……生駒少将、これがわたくしの覚悟です」
『聞き届けました、殿下』
いつから通信が繋がっていたのか、センリが彼女の決意にそう応じた。
レイが目を丸くしてごくりと生唾を飲む中、少将は毅然と言い渡す。
『これよりプランを変更する。各師団より【機動天使】及び【七天使】、【ドミニオン】パイロットから数名と支援部隊を選別し、『ベリアル』討伐任務を開始する』
敵味方問わず無数の光線が乱舞する戦場。
上空からの流れ弾が地上の部隊に被害をもたらしている状況下で、センリはマトヴェイ大将と夜桜大佐との間で部隊編成のための協議を開始した。
「大佐、部隊には俺を」
各師団の長が時間と戦いながら会議を始める中、ミツヒロはシズルへ申し出た。
ワームホールの向こう側が【異形】の拠点であるなら、そこにアキラがいる可能性もある。
裏切った親友との決着を望む金髪の青年は、上官を真っ直ぐ見つめた。
「……それが、あなたの覚悟なのね。ミツヒロくん」
どこか寂寥感を宿した表情でシズルは言った。
最古参のパイロットにして兵たちの母親のような存在でもある彼女に対し、ミツヒロは力強く頷いて左胸に握りこぶしを当てる。
「この胸に問い、あいつとの……アキラとの決着を果たさんと決意いたしました。『ベリアル』を討ち、その暁には必ず、彼も殺します」
御門ミツヒロに迷いを得る資格はない。
決然とした眼差しを送ってくる彼の思いを、シズルは「分かったわ」と厳かに受け止めた。
「マトヴェイくん、センリくん、うちからはミツヒロくんと刘さんを出すわ」
第三師団の【七天使】及び【機動天使】はシズルとミツヒロ、シオン、そしてユイの四名。防御に優れる自身の【レリエル】とシオンの【マトリエル】を残せば敵の猛攻にも耐えられるだろうとシズルは判断した。
『第二師団からは早乙女少尉を出す。可能ならば風縫中佐も行かせたいところだが、彼が抜ければ対空戦に支障を来してしまう。一機のみとなるが、容赦していただきたい』
『じゃ、うちのところから多めに出せばいいわね。幸い、【ドミニオン】の四名もいて頭数は多いし……そうね、宇多田中佐と【ドミニオン】の織部少尉と朽木少尉を出撃させるわ』
センリとマトヴェイが続々とメンバーを選出していき、すぐに支援部隊もミツヒロ直属の空戦型小隊となることが決定した。
迅速に会議を終えた三人の将は直ちに各パイロットに連絡、結成された『ベリアル討伐隊』は間もなく動き出すことになる。
(皆……頼むわよ)
格納庫へと走り出すミツヒロとユイの背中を見送りながら、シズルは彼らの武運を祈った。
月居司令がかつて望んだ人類の平和――それをただ一途に願って。




