表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暁の機動天使《プシュコマキア》  作者: 憂木 ヒロ
第五章 再戦の篝

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

115/303

第百十四話 彷徨いて墜つ ―The shadow where I creep―

『VRダイブ室』からエントランスホールまで出るレイは、首から下げたタオルで汗を拭いながら仲間たちと笑い合う。


「ふぅ……苦戦しましたが、何とか勝てましたね。【イェーガー】兵たちの動きも、以前に比べてさらに良くなっていました。あの連携がなければ、ボクら【機動天使】や【ドミニオン】もジリ貧になっていたでしょうね」


 七月中旬のこの日、レイたち二年A組は期末試験で無事勝利することが出来ていた。

 中間とは異なり押し寄せる『第二級』以下の数は減ったものの、複数の【第一級異形】を相手取ることになった激戦。

 一年の時にも戦った鋼鉄の羽根を持つ『ラウム』、透明化を駆使する強敵『グラシャ=ラボラス』、炎の拳を繰り出す『フラウロス』、さらには重力等の力魔法を操る『アンドレアルフス』――これまでに戦ってきた敵の総ざらいのような【異形】たちの猛攻を凌ぎきって、レイたちは勝ちをもぎ取った。


「この調子なら、きっと次の『第二次作戦』も勝てます! 複数の『第一級』に攻められても生き残れるって、ここで証明できたんですから!」

「おう! なんかすっげー燃えてきたぜ!」


 確かな手応えを得たユイが声を弾ませ、シバマルも呼応して盛り上がる。

 開始まであと二週間を切った『第二次福岡プラント奪還作戦』への士気を高める彼らを少し離れたところから見つめるのは、イオリだ。


(早乙女もユイも犬塚も行っちまうのに、俺だけ何も出来ないなんて……。俺にも何か、できることはないのかよ……?)


 一年の頃から寮では同室で、最も親しい仲だったシバマルも【ラジエル】に乗って遠くに行ってしまった気がする。

 自分だけが遅れを取っていることが無性に悔しくて、イオリは勝利の余韻を味わいもせずに唇を噛んだ。

 そんな彼は誰かに肩をそっと叩かれ、振り向く。


「肩を落としてるなんて、あなたらしくありませんわね」

「神崎……別に、何でもない」


 金髪縦ロールの令嬢、神崎リサにイオリはついぶっきらぼうな声を返した。

 その口調に眉をひそめることもなく、リサは少し遠い目でシバマルたちを見やる。


「考えていることは大方、分かりますわ。わたくしも駄犬たちとは一年の初めからの付き合いですから。思うことくらい、当然ありますわ」


 図星を突かれて視線を床へ落とすイオリ。

 リサは彼の顔へと手を伸ばすと、そのシャープな顎を無理やり上向けさせた。


「か、神崎……?」

「顔を上げなさい、七瀬くん。彼らに追いすがりたいのなら、向上心の炎は常に燃やしていないといけませんわ。才能では及ばなくとも、意志では負けない――そんな気概を見せなさい」

 真摯に、毅然と、リサは常に上を行く彼らを見つめ続けていた。自らの矜持と向上心をもって、彼女は諦め悪く努力を重ねてきた。それがいつか実を結ぶと、愚直に信じて。


「自分を信じなさいな、七瀬くん。あなたの力は私含め、皆が分かっているところですわよ」

「……ありがとう、神崎。ちょっと、元気出た」


 笑みを取り戻したイオリにリサも微笑みを返し、近くの自販機でコーラを買ってそれを彼の手に押し付けた。


「当然ですが、お代は要りませんわよ」

「あ、ありがとう。しかし、よく俺が飲みたいの分かったな」

「……訓練終わりにいつもそれ、飲んでるでしょう」

「まあ、そうだけど。ってか、何でそれ知ってんだよ」

「――何でも! 察しの悪い男は嫌われますわよ!」


 困惑するイオリからぷいと顔を背け、足早に去って行ってしまうリサ。

 コーラ片手に取り残されたイオリの肩に手を置くのは、シバマルである。


「……お前、彼女とちゃんと上手くいってるか?」

「なんで今それを聞くんだよ……関係ないだろ、そんなの!」


 急にそう訊ねられ、イオリは思っていたよりも強い語気で言い返してしまった。

 ――正直、ミユキとの関係は微妙だと彼は思っている。

 彼女は夜中人目を忍んでイオリとの行為に付き合ってはくれるが、休日にデートの誘いをかけても応じてくれない。『尊皇派』のSAM工場に連れて行って訓練を積ませる、それだけだ。

 ミユキのことを疑いたくはないが、イオリはどうも自分が都合よく使われているのだと思わずにはいられない。彼女の心は自分に向いていないのではないか、そう勘づいてはいても、確かめる勇気もなくて訊けていなかった。


「……っ、ごめん、気にしないでくれ。俺、もう部屋に戻るから」


 シバマルの返事も待たず、イオリは足早にエントランスホールを出る。

 だが厄介なことに、部屋に戻ったところで結局そこでシバマルと顔を合わせることになる。

 少し一人になりたい――そう願うイオリの指は、無意識的にスマホに伸びていた。

 ミユキに会いたい。会って慰めてもらいたい。あの夜のように、ただその温かい腕に抱かれていたい。



 母性を渇望する少年は寮には戻らず、そのままモノレールに乗って夜の街へ出て行った。

 仕事帰りのサラリーマンやOL、馬鹿騒ぎしている若者たち、飲んだくれの初老の男……その人波の中では、制服姿のイオリは異物だった。

 あてもなく歩きながら、時々スマホを見る。ミユキには先程から何度もメッセージを送っているのに、まだ一度も返事がない。

 彼女も試験が終わって暇なはずだ。にも拘らず何も返してこないことが、少年の不安感を一層掻き立てる。


(ミユキさん……どうして、返事がないんだ。彼女は俺のことが好きなはずだ。じゃないと、そういうこと……セックスなんて、しないはずだ)


 彼女を信じたい。信じないとやっていけない。七瀬イオリは『尊皇派』とともに戦うことを決めてしまった。それも全ては彼女のためだった。彼女への愛が、信じた気持ちが揺らいでしまったら、イオリはもう戦えなくなってしまう。

 そして戦えなくなった者を蓮見タカネがどう片付けるのか、彼は悟っていた。

 ――機密を知りすぎた七瀬イオリの存在など、決して許されはしないだろうと。


 時間だけが過ぎていき、夜はすっかり更けてしまった。

 イオリは自分が今どこにいるのか、何のために彷徨っているのかも分からない。

 街の喧騒が彼には酷く下品に感じられた。自分は責任を負って戦っているのに、それを知りもせずに喚いている人たちへの嫌悪感が湧き上がってくる。


「ねえ、そこのお兄さん! 今なら可愛い子と安く遊べるよ、良かったら――」

「すみません、今はそういう気分じゃないんで」


 風俗店の呼び子らしい男が近づいてきて、へらへらと笑ってイオリの前に立ちふさがった。

 何がおかしくて笑っているんだとイオリは思った。相手にするだけ損だ、そう内心で呟いて彼はその場をやり過ごそうとする。

 だが男はあまり成果を出せていないのか、しつこく同じことを繰り返した。

 ただでさえ苛立っていた少年は男の肩を突き飛ばして、人混みへと紛れようとした。


「ちょっと、お兄さーん? そーいう乱暴なの、良くないんじゃないのー?」


 がしっと腕を掴まれ、イオリは振り向いて相手を睥睨した。

 そこに立っていたのはさっきの呼び子ではなく、少年よりも頭一つ背の高いスーツ姿で黒いハットを被っている、襟足の長い黒髪の男。

 頬に鳥の片翼の刺青を入れているその男の眼光に、イオリは怯んだ。


「お兄さん、見たところ『学園』の生徒のようだけど……とっくに門限は過ぎてるよねぇ? どうしてこんなところにいるのかなー? もしかして……誰かに会おうとしてたとか?」


 強面にそぐわない軽い口調と、繰り出される問いに少年は冷や汗を流す。

 

「へぇ、図星? じゃあ誰に会おうとしていたんだろうねー?」


 酷薄な笑みを浮かべ、男はイオリの腕を掴む手に力を込めた。

 逃げなければ――そう思っていても、身体は金縛りにあったように動かない。

 鼓動だけが早鐘を打つなか、男は空いた手を自分のポケットに突っ込むと、そこから一枚の写真を突きつけた。


「ここに写ってるの、君だよねぇ?」


 都市の西区角、工業団地前駅のバスターミナルにてタクシーに乗り込む黒髪の男女。

 間違いなく、イオリとミユキだ。


「……分かりません。他人の空似じゃ、ないですか?」

「『学園』パイロットコース二年A組所属、七瀬イオリ」


 イオリはあらん限りに目を見開いた。

 自分の名前と所属が、見知らぬ男に知れている。ミユキと会っている写真まで撮られてしまっている。撮られた後に尾行されていたとしたら――あの工場も、バレている?

 何故、とイオリは胸中で呟かずにはいられなかった。

 周囲には最大限気を払っていたはずだ。それに、そもそもこの男は何者なのだ。自分をここで捕まえて何をしようというつもりなのか。


「詰めが甘いねぇ、七瀬くん? 危ない遊びをするなら、もっと気をつけなきゃ。自分が狙われる立場の人間だって自覚、足りないんじゃないの?」


 粘っこい眼光が少年を捕らえて離さない。

 逃げなければ。とにかく逃げなければ、もう後がなくなる。――そう本能で直感しているにも拘らず、イオリの足はやはり固まったままだった。

 彼は人の悪意を初めて真正面から浴びた。それが冷たく心を侵していく恐ろしさを体感した。

 目の前の男が巨人に見える。抵抗など無駄なのではないか、そんな思いが胸を支配する。


「さぁ、一緒に来てもらおっか。色々落とし前、付けてもらわなきゃ困るからねー」


 俯いて口を閉ざしたイオリの腕を力任せに引っ張り、男は歩き出す。

 よろけながら地面に靴底をこすらせる少年の様子は通行人たちも見ていたが、彼らは一様に見ないふりをした。

 都市のアングラに住まう者たち――いわゆるヤクザや暴力団のような手合いとは、誰だって関わりたくはない。

 男は路地裏へイオリを連れ込み、そこで待っていた車の後部座席に彼を押し込んだ。それから自らも助手席に入る。


「兄貴、そのガキは?」

「予定変更だ。偶然見かけてもしやと思ったけど、ビンゴだった。『尊皇派』とつるんでたっていうガキだよ」


 ハットを取り、豊かな黒髪をくしゃくしゃと掻き回しながら男は薄らと笑みを浮かべた。

 タバコを咥えて火を点ける彼は部下を一瞥もせず、言う。


「小鹿みたいに怯えちゃってるけど、一応訓練されてる学生だ。薬でも使って眠らせといて」

「わかりました」


 後部座席にいるもう一人の大柄な男がイオリの腕をひと捻りし、脱臼させる。痛みに叫ぶ少年の頭を殴りつけて黙らせ、男は彼に薬を嗅がせた。

 それが済むと車は音もなく発進し――この最新の電気自動車はエンジン音がほとんどない――、誰に咎められることもなく裏道から都市の中央区画を抜けていく。


「政府のお偉いさんと繋がることで俺らは生き延びてきた。それを脅かそうっていうヒーロー気取りの『尊皇派』は、そろそろ潰しておかなきゃなぁ」


 都市の暗がりに生きる男は喉を鳴らして嗤う。

 彼の名は、黒羽くろばねツグミ。暴力団『黒羽組』の頭領にしてアングラ勢力のほぼ全てを傘下に置く、『影の支配者』の異名を持つ男であった。



「七瀬くんが帰っていない? 何故……昨日は普段通り訓練に参加していて、特に変わったところもなかったはずだろう」


 翌日の朝、努めて平静な口調でシバマルからの電話に応じるキョウジだったが、その胸中は当然穏やかではなかった。

 シバマルから事情を聞いてすぐに彼は寮母へ連絡し、昨晩イオリが外出していたか確認する。

 寮母によるとイオリは試験が終わって数十分後に玄関を出ており、その際に彼女が声をかけても何も言わなかったという。

 シバマルはイオリとの最後の会話で彼の交際について話していたそうだが……それが直接的原因だったのだろうか。


「恋愛の拗れから来る、悩み……思春期の彼が誰にも打ち明けられず、思いつめて家出じみたことをした。そう決め付けるのは、少々短絡的か……」


 七瀬イオリは一際正義感が強く、高い能力を持つ生徒だということをキョウジは理解している。

 だが彼はイオリの弱い面も、ミユキとの付き合いも知らない。ゆえに、帰ってこないのは悩みどうこうよりも何か事件に巻き込まれたのだろうと考えた。

 警察に通報し、学園の方にも簡潔に報告を済ませたキョウジは急いで支度し、改めて警察署へ足を運んでいった。



 同じ日の昼、【機動天使】の面々は『レジスタンス』本部の地下修練場で訓練を行っていた。

 彼らを監督する御門ミツヒロは、普段より精彩を欠くシバマルを怪訝に思って訊ねる。


「狙いが外れているな、犬塚。昨日までは上手くやれていたのに……体調でも悪いのか?」

「いえ、そういうわけじゃ、ないんですけど……寮で同室の親友が、昨夜外出したきり戻ってこなくて……」


 親友、という単語にミツヒロの胸はちくりと痛んだ。

 彼もまた親友と別れており、その辛さは身を持って感じている。

 シバマルほど酷くはないが、レイやユイも幾分か集中力が欠けていた。失敗の許されない作戦を前に起こった事件に、ミツヒロは唇を噛む。

 失踪したという彼らの友人については心配だが、その気持ちさえも今は取り払わねばならない。彼らへそう突きつけるのも、大人として、そして軍人としてのミツヒロの役割だ。


「酷薄だという非難は承知の上で言わせてもらう。その親友のことは作戦が終わるまで、忘れろ。この都市は狭い、いなくなった人もすぐに見つかる。だから今は警察を信じて任せ、自分たちのやるべきことに全力を尽くせ」

「はっ」


 毅然とした声で応えたのは、レイ一人だけ。

 シバマルやユイがやはり乱れた射撃を続行するなか、声を上げたのはミコトだった。


「わたくしはその方を知っております。彼は九重アスマと共に、パパラッチからわたくしとレイを守ってくれました。彼はきっと、心優しい人。強い人。だから今は信じるのです。彼のことを、彼の無事を」


 ミツヒロとは別の切り口で訴えかけるミコト。

 イオリを信じる――その言葉は、彼のことを誰より信頼する少年の心に染み渡った。

 機体のモニターに映る桃髪の少女は胸の前で祈るように手を組み、画面の向こうのシバマルたちを真っ直ぐ見つめる。

 

「そう……だよな。いおりんならきっと無事だ。あいつは強い奴だから……」


 声に力が少しずつ宿っていく。俯けられていた顔が上向き、その瞳に祈念の光が灯る。

 それはユイも同じだった。レイやカナタが目覚めるのを何より願ってきた彼女は、待つことには慣れている。だから、今度も――ただ、祈るのだ。


「信じるしか出来ないのがもどかしい……ですが、何もしないで嘆くよりかは、ずっとマシです」


 自分には言えない台詞で彼らの心を上向かせたミコトに、ミツヒロは内心で賛辞を送った。

『第一次福岡プラント奪還作戦』の失敗以後に蔓延はびこる不安感の中にあっても、彼女という一輪の花は美しく咲き誇っている。

 その凛然とした眼差しが、可憐な微笑みが人の心に寄り添って、一筋の光となる。皇ミコトとはそういう類まれな資質を有した者だ。

 彼女の存在は『レジスタンス』の士気を大いに向上させるであろう。軍人としての理念以外のところで兵の精神衛生を保ってくれる彼女という人材は、今のミツヒロらが求めてやまないものでもあった。


「さあ、訓練に集中するぞ! 実機での動き方、本番までにしっかりと頭と体で覚え込むんだ!」

「「「はい!」」」

「了解いたしましたわ!」


 レイ、ユイ、シバマル、そしてミコト。

 四人の【機動天使】は【七天使】の青年の下、今はいない少年に報いるためにも訓練により勤しむのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ