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暁の機動天使《プシュコマキア》  作者: 憂木 ヒロ
第五章 再戦の篝

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第百十話 友達 ―Childish heart―

 正式に【ラジエル】の後継パイロットとなったシバマルは、翌日の月曜の訓練からさっそくその機体に乗ることとなった。

 彼は普段【イェーガー】でやるように歩行・走行のテストから始め、射撃や剣撃の練習もそつなくこなしていく。

 

「いい感じだな、犬塚くん。それじゃ次は……」

「飛行でしょ、せんせー」


【機動天使】初搭乗ということでキョウジがしっかり監督する中、シバマルは親指を上げて笑う。

 これまで見上げることしか出来なかった空に、カナタやレイが戦った場所に自分も行けるのだ。

 高揚と緊張、そして友への誓いという覚悟を胸にシバマルは機体の銀翼を広げる。


「っと、こんなもんかな」


『ヘッドセット』での神経接続によって、少年の感覚は機体の操作と完全にリンクしている。

 人体にない器官である翼を動かすのは最初はかなり難しい。が、余計なことを考えずレイの『肩甲骨を動かすイメージでやりなさい』というアドバイスに従った結果、感覚派のシバマルは案外すんなりとそれをものにすることが出来た。

 

「見とけよみんな! これがおれの、新しい翼だ!」


 日光を反射して煌めく白銀の翼。

 魔力を推力としてふわりと浮き上がった【ラジエル】は一気に高度を上げ、それからは翼に受ける揚力で悠然と空を翔けた。

 

「うおっ、すっげー! ほんとに飛んでるなんて、夢みたいだ……!」


 機体が受ける冷たい風を体いっぱいで感じながら、ぶるりと身を震わせて叫ぶシバマル。

 鳥のように蒼穹を舞う彼の脇にレイの【メタトロンMark.Ⅱ】も上がってきて、その飛び心地を訊いてきた。


「どうですか、シバマルくん?」

「ちょっと寒いけど、すげー楽しいぜ! やっとお前らと同じところに来れたって思うと、なんか『勘がいい』って感じ!」

「えっと……『感慨深い』?」

「そうそれ」


『先生』として指摘せずにはいられないレイに、シバマルは合点がいって頷く。

 少し高度を下げて演習場の【ドミニオン】たちに手を振ったシバマルは、呑気に『使徒』たちへ呼びかけた。


「おーい、お前らも一緒に飛ぼうぜー!」



「……少々調子に乗りすぎているように見えるな、あれは。富岡氏はなぜあのような者を……」


 モニターに映る少年の無邪気な笑顔に頭を痛めてしまうナツキ。

 額に手を当てる眼鏡の少年の腕を引くのは、フユカだ。

 

「ねえ、ナツキ。わたしも飛びたい。あの人、すごく楽しそうだから……いっしょなら、きっとおもしろいよ」

「フユカ、お前までそんなことを」

「だめ、なの……?」

「いや、ダメではないが……ないのだが、あいつなんかと……」


 否定しようとして涙目を向けられ、ナツキはどうしたものかと困り果ててしまう。

 冷静沈着で他者との関わりを良しとしない彼であったが、昔からフユカの涙には弱い部分があった。


「いいじゃん、そんくらい。僕と行こうぜ、フユカ」

「は、ハルっ……」


 と、そこで彼女の機体の手を引いて飛び立とうとしたのはハルだった。

 ナツキの許可を得ていないからと拒もうとするフユカを無理やり引っ張って、赤髪の少年はシバマルたちと同じ空へ飛び上がる。


「勝手なことを……!」


 あてつけか、とナツキは舌打ちした。

 すぐ近くでは自分たちのやり取りに全く興味を示さずに、アキトが射撃訓練をしている。

 その没頭する姿を見ていると、シバマルやハルに気持ちを振り回されている自分が馬鹿らしくなった。


「……私は『超人兵士ハイソルジャー』だ。ヒトとは慣れ合わない」


 スコープを覗いて照準を定め、気の乱れを吹き飛ばすように的を撃ち抜こうとする。

 普段は殆ど外さない驚異的な命中率を誇る彼だったが、この日は何故だか最後まで調子が上がることはなかった。



 その日の訓練を終えた夜、大浴場でハルを見かけてシバマルは声をかけた。

 夜空を望める露天風呂は遅い時間であるために他に殆ど人もいない。

 自分の向かい側に「よっこらしょ」と肩まで浸かってきたシバマルに、ハルは露骨に顔をしかめてみせた。


「……なんだよ。空いてんだからあっち行け、気持ち悪い」

「まあそう言うなって。お前とちょっと、話してみたいと思ってさ」


 顔を逸らすハルに対し、すっかり脱力した声音で言うシバマル。

 嫌悪感を向けられてもなお露天風呂を満喫してのけている茶髪の少年のことが、ハルにはいまいち分からなかった。

 赤髪の彼の内心もいざ知らず、シバマルは風呂のへりに腕をかけて夜空の星を眺めながら話し出す。


「今日の訓練でちょっとハイになってお前らも一緒に飛ぼうぜって言ったけど、実際、乗ってくれるとは思ってなかったんだよ。だからさ、結構驚いた。案外ノリいいんだな、お前」


 シバマルの言葉に、ハルはしばらく黙り込んで彼のほうを観察するように見つめていた。

 視線を感じてシバマルが顔を正面に向けると、ハルはぷいとそっぽを向く。


「な、なんだよ」

「それはこっちのセリフだ、犬野郎! お前、なんでそんなヘラヘラ笑ってられんだよ。僕はお前の女を侮辱したんだぞ。なのに、なんで……!」


 ハルの瞳に宿るのは、理解できないものへの恐怖感。

 睨みつけてくる彼に首を横に振ってみせたシバマルは、穏やかな口調で言った。


「確かにお前は前に酷いことをして、酷いことを言った。この前の試験ではレイ先生に攻撃までした。それについて心の底から許したってわけじゃない。でもさ……それはそれ、だろ?」


 ひと呼吸置いて、シバマルは続けた。


「今日おれはレイ先生やお前らと一緒に大空を自由に飛んで楽しんだ。お前らがどう思ってたかは分かんないけど、おれは確かに楽しかった。お前らのことを、楽しみを共有できる奴らだと思った。だから、笑えるんだ」


 ハルはその言い分に鼻を鳴らしてみせた。

 自分が誘いに乗ったのはナツキへのあてつけでしかなく、シバマルへの興味など微塵もなかった。

 にも拘らず彼は自分のことを友達のように思っている。それが滑稽で仕方なかった。


「おめでたい奴だな、犬野郎」

「そりゃどうも。……あ、お前のこともなんかニックネームで呼んでいい?」

「話聞いてたか? お前のこと馬鹿にしたつもりなんだけど」

「あいにく頭のおめでたい男なんでね、おれは。んー、ハル、ハル……春巻ボーイとかどう?」

「はあ? ふざけんな糞野郎ッ!」


 侮蔑されても笑って受け流すシバマルの適当すぎるあだ名にブチ切れるハル。

 ばしゃりと水面を殴りつけてお湯をかけてくるハルに、シバマルは「やったなコイツ!」と反撃に出た。


「おまっ、目に入ったじゃねえか!」「これは正当防衛だぜ、春巻くん!」「だから春巻きから離れろっつーの!」


 ……などというやり合い、もといじゃれ合いは、他の生徒の目も忍ばずにしばらくの間続くのであった。



 同時刻、女湯にて。

 一人でハルたちと同じく露天風呂に入っていたフユカは、塀越しに聞こえてくる少年二人の声に笑みを浮かべていた。

 

「ハル……楽しそう。わたしも、あそびたいな……」


『使徒』の紅一点であるフユカは同性の友達がいないため、お風呂では常に独りだった。

 いつもの彼女は露天風呂から星空を見上げ、そこに漂っているもやのような『友達』と小声で話している。その靄が見えない他の生徒たちからはそんな様子が気味悪がられ、浴場で話しかけてくる者もいなかった。

 これまでは『友達』と話すだけで満足していたものの、誰かとあんなふうに遊んでみたいと思うとそうもいかない。

 何しろ、靄の『友達』には実体がないのだ。当然、お湯をかけあって遊べはしない。


「遊びたいって……あちらのシバマルさんたちみたいに、ですか?」


 と、苦笑しつつ言ってきたのは青色の髪の少女だった。

 隣に腰を下ろしてくるユイの肌は仄かに赤らんでいて、既に内風呂で温まってきたように見える。

 湯の中で伸ばした長い脚やくびれた腰つき、柔らかくそれでいてハリのありそうな双丘は、同性から見ても文句のつけようもない美しさと色気を醸していた。……ホモ・サピエンスの身体に興味のないフユカからしたら「女体」の一言で終わってしまう話ではあるが。


「うん。わたし、いつも……あそびたくても、あいてがいないから……」


 年齢にそぐわない舌っ足らずで幼い声で話すフユカ。

 彼女は寂しそうに俯いて膝を抱え、控えめだが形のいい乳房をぎゅっとそこに押し付けた。

 その肩に優しく触れて、ユイは微笑む。


「じゃあ、わたしと遊びましょう。シバマルさんたちのように派手にお湯をかけ合うのは流石にできませんが、こうやって指を組めば……」


 指と指を組み合わせて湯にくぐらせ、指の隙間からぴゅっとお湯を押し出して指鉄砲を作るユイ。

 それを見てぱあっと顔を輝かせたフユカは「それ、どうやるの……!?」と興味津々だった。


「こうやって、指を合わせて……」


 彼女の手を取って教えるユイは、この少女の異様な幼さを怪訝に思わずにはいられなかった。

 だがそのわけについて問うても、フユカ自身が答えを出してくれることはないだろう。

 おそらく彼女は何らかの原因で幼児退行しているか、あるいは幼少期のまま成長が止まってしまっているのだ。「保護者」役のナツキならば何か知っているかもしれないが、彼はクラスメイトに彼女のプライベートな情報を晒したりはしないと断言できる。


「フユカさん、どっちが遠くまでお湯を飛ばせるか競争しましょう」

「うん! 負けないよ、ユイ!」


 フユカとこうして遊んでいると、亡くなった妹たちを思い出す。

 彼女のあどけなさはユイを癒してくれた。「友達になりましょう」と言って彼女が頷いてくれた時は、嬉しさで胸がいっぱいになった。

 だが――その身体を湯船の中で抱きしめると、やはり歪さを感じずにはいられない。

 第二次性徴を済ませた肉体。本来ならば友達と恋の話をしたり、流行りのファッションや曲に夢中になったりする年頃なのだ。決して、水鉄砲で大はしゃぎするような歳ではない。


(こんな幼い人格の子をSAMに乗せるなんて、『レジスタンス』は何を考えているの? 確かに彼女は『ハルファス』は討ってみせた。実力は申し分ない。でも……戦いの苦しさを自覚しないまま戦っているのだとしたら、いずれ、無自覚の痛みが心に跳ね返ってくる)


 分からない。彼女のことも、味方を襲ってしまうハルのことも。

 ナツキが口を割らないのなら、自分たちで彼女らに近づいて地道に知っていくしか方法はないのかもしれない。

 幸い、次の試験までは時間がある。来る『第二次福岡プラント奪還作戦』も今秋の国会選挙や司令選の前には行われるだろうが、準備期間としてあと一、二ヶ月は要すはずだ。それまでに彼女らとの距離を縮め、ある程度信頼関係を構築しておければ今後の作戦もスムーズに進められるようになる。


「あれっ、あたし以外にもこんな遅くに来てる人いたんだ」


 ぺたぺたと洗い場まで足を運びながら言うのは、青みがかった黒髪の少女、石田サキであった。

 普段はポニーテールにしている髪を背中に流している彼女の体つきは鍛えられており、遠目にも割れた腹筋がちらりと見える。

 ユイも日々のトレーニングでかなり引き締まっているほうだが、フィジカル面では彼女のほうが一歩先を行っていた。

 手早く頭と身体を洗い終えた彼女はユイとフユカのもとまでやって来ると、「今日もお疲れ」と言ってうーんと伸びをした。


「はぁ……ほんと、この大浴場は癒されるよね。毎日の疲れが不思議と吹き飛ぶよ」

「噂なんですけど、ここの温泉には魔力回復効能のある成分も入っているとか。何だか頭もスッキリするのは、多分そのせいですね」

「へえ、初耳。こんなとこまで徹底してくれてるなんて、瀬那大臣はやっぱりいいお人だね」


 フユカを一瞥はしたが特に気にせず、サキは弛緩した口調で言った。

 触角のような長いもみあげの束がはらりと乳房にかかるのを払い、その毛先を弄りながらサキは声を低める。


「瀬那といえば……マナカとあんたは親しかったんだったっけ」

「え、ええ……彼女は信頼できる友達で、同じ男の子を好きになった恋のライバルで、【機動天使】としての同僚で……本当にいい子だった」

「でも、裏切った。人が人を撃った――あの赤毛のチビと同じように」

「マナカさんは悪くありません! 彼女があんなことをしたのも、何かの間違いで……」


 語気を強めたユイの肩をぐっと掴み、サキはまなじりに力を込めて遮る。


「分かってるよ、そんなことは。あたしが言いたいのはね、あの赤毛のチビ――来栖ハルが暴れちまう理由が分かれば、マナカの裏切りの真相に辿り着けるんじゃないかってこと。善良なマナカが人類の敵に一転した理由さえ掴めれば、彼女の汚名も返上できるでしょ?」


 その言葉に、ユイの瞳は大きく見開かれた。

 サキとマナカは大した接点もなかったはずだ。せいぜい、顔を合わせれば一言二言話す程度。

 にも拘らず彼女にそう言わせたのは、マナカの持っていた人徳のようなものか。


「……眠ったままの月居の件といい、今のままじゃモヤモヤが残る。あたしはそんなの嫌なんだよ。あんたも気持ちは同じなんでしょ、刘雨萓リウ・ユィシュエン


 サキはユイの肩に片手を置いて、その細い指に力を込めた。

 青髪の少女は迷いなく頷きを返す。


「ええ。……ありがとう、サキさん」


 思いがけず得た同じ気持ちを持つ同輩に、ユイは微笑んでみせる。

 満天の星を見上げて吐息するサキはフユカのそばまで移動して、彼女とぽつぽつと話し出すのであった。

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