第百七話『超人計画』 ―Mother's toy―
『レジスタンス』本部の司令室。
試験の翌週の安息日、そこに召集された『使徒』四人はカグヤと富岡の前で先の戦闘の報告を改めて行っていた。
「……そう。よくやったわ、フユカ。こちらへおいでなさい」
ナツキの口頭であらかた報告が済まされた頃、カグヤは立ち上がると両腕を広げてみせた。
その仕草にぱあっと顔を輝かせた金髪碧眼の少女は「母親」のもとに駆け寄り、その抱擁を享受する。
娘が母に与えられて当然の、愛。それが形だけのものとも気づかずに、年齢の割に幼気な少女は笑みを浮かべていた。
「お母さん……フユカね、ずっと、会いたかったの。お母さんを守るために、ずうっと、戦ってきたの」
「ありがとう、フユカは偉いわね。色々大変なことはあるでしょうけれど……これからも、お母さんのために頑張ってね」
「うんっ! わたし、お母さんには笑っててほしいから、頑張るね!」
その笑みは仮面に過ぎない。その言葉は少女を都合よく動かすために演じたものでしかない。
罪悪感がないと言えば嘘になる。だが、月居カグヤは進めねばならない。この極秘事業を――人と【異形】を結びつけた最高の戦士を作り出す『超人計画』を。
【異形】の圧倒的物量に対抗するためには、それを凌ぐに足る高い実力を有したパイロットたちが必要だ。敵をどれだけ倒そうが磨り減らない精神、どんな相手にも恐れず立ち向かう勇気――それらを戦闘を一切苦にしない【異形】の人格を植え付けることにより、兵士たちに実現させる。
『修羅』の異名を取る人類最強のパイロット・生駒センリでさえ、悩みを抱えながら戦っている。だが、【異形】を宿した『超人』ならば戦闘の邪魔になるそれに足を引っ張られずに済むのだ。
かつてカグヤは『同化現象』によって脳死状態に近い状態となったパイロットを利用し、恐れや悩みに惑わされる心配のない『無人機』を作ろうと画策していた。しかし脳が不活性化したパイロットでは戦闘継続に十分な魔力を生むことが出来ず、断念していた。
しかし、この『超人計画』で作り出されたパイロットは、取り憑いた【潜伏型異形】の働きで脳を異常なまでに活性化させられる。そのため、『無人機』開発時の理念はそのまま引き継ぎ、なおそれを凌駕する戦士を生み出すことが出来ていた。
「ナツキ、アキト。あなたたちもよくやったわ。あなたたちが集めた『飛行型』との戦闘データをもとに、【ドミニオン】や他の空戦型SAMは更なる発展を遂げるでしょう」
及第点の評価を受けた二人は静かに敬礼を返した。
次に司令が視線を向けるのは、居心地悪そうに俯いている小柄な赤髪の少年。
「あなたは……ちょっと、ダメね。訓練中、そして試験中の味方への攻撃。秩序を乱し、味方を傷つけるその行為は軍法違反なのよ。あなたはまだ学生で、戦場は仮想空間だったから罪に問われないだけで、現実の戦場では明らかな犯罪。それは、分かっているわね?」
「……うん。でもっ、母さん、僕は……!」
「月居司令、と呼びなさい。ここは孤児院じゃないのよ」
フユカに対しての態度とダブルスタンダードになるのは承知で、カグヤは言い放った。
刃のごとき冷たさを宿すその声音にフユカが怯えているのを見て取って、ナツキは彼女の肩を抱き、富岡に目礼してから外へ連れ出す。
「司令。あの、僕は……僕は、自分が分からなくて……何で戦いに出るとあんなふうになってしまうのか、理由さえも思い当たらなくて……。あの、だから、僕を検査してもらえませんか。そうすれば、きっと……」
検査するまでもなくカグヤや富岡、ナツキにはその原因が分かりきっている。
隠された真実に踊らされている少年を憐憫の目で見下ろし、カグヤは言った。
「あなた、【ドミニオン】を降りなさい。あなたには適性がなかったのよ。それは決して恥じることなんかじゃない。あなたはあなたに適合した道を探しなさい」
「なっ……そんな……」
やっと手に入れた力。身体が小さく病弱で、運動が苦手で馬鹿にされていたハルに与えられた、皆を見返す強さ。
その剥奪は彼にとって自らを殺されることと同義だった。
強さがなくては胸を張れない。前を向けない。項垂れて涙を流す日々へ、逆戻りしてしまう。
虚ろな目でカグヤを見上げ、手を伸ばして渇望するハル。そんな彼を横目に行動に出たのは、アキトだった。
「……司令」
「アキト? 何か意見でもあるの?」
普段は滅多に自身の意見を主張しない少年は一歩前に出て、カグヤを見据える。
ごくりと喉仏を動かしてから深呼吸したアキトは、芯の通った口調で訴えた。
「ハルは悪い奴じゃない。俺は……それを知ってる。だから……もう一度だけ、チャンスをください。か、彼が危なくなったら……俺が、押さえます」
その言葉にカグヤと富岡、そしてハルまでも大きく目を見開いた。
アキトは司令の答えを聞き届けるまで、彼女の目を真っ直ぐ見つめ続ける。
少しの黙考の末、カグヤは少年の肩にそっと手を置いて回答した。
「……分かったわ。アキトがそこまで言うなら、ハルの降格は撤回します」
「あ、ありがとうございます」
アキトは敬礼を返し、隣のハルの頭を掴んで下げさせる。
報告もハルの処遇についても決定し、この日の会合はそれでお開きとなった。
「ハル……! だいじょうぶ?」
廊下に出たハルとアキトをフユカが迎え、俯いたままの彼の顔を覗き込んで問う。
心配してくれる無邪気な少女に頷きだけを返し、ハルは司令室から離れたい一心で足早にエレベータ前へと急いだ。
「ハル、元気ない……?」
「放っておけ。心配したところで馬鹿が治るわけでもない」
ナツキはフユカの言葉をそう一蹴し、彼女の手を引いてハルの後に続く。
自分が先ほど何を言ったのかナツキに打ち明けることも出来ず、アキトは一人、孤児院での穏やかな日々を思い返すのであった。
*
『レジスタンス』海軍大将である黒い肌の大男、イーサン・トマス・ミラーは険しい声で呟く。
「第二次奪還作戦の実行は、ほぼ決定事項。前回の失敗もあって、世論の反発は免れんぞ。司令はそれでも強行するおつもりなのか……」
「今度こそ作戦を成功させ、『レジスタンス』の威信を取り戻す。それが月居司令の狙いでしょう」
先日、一対一で司令と話す機会を設けていたミラーの言葉にそう返すのは、副官であるグローリア・ルイス中佐。
この日の職務を終え、本部に併設された宿舎のエレベータ内にて二人きりで話す彼らの面持ちは重苦しいものだった。
「前回と同じ轍を踏まぬよう、今回は大赤字覚悟で持久戦に耐えうる物資と人員を注ぎ込むことになりそうですね。前回はあくまで『補助』に徹していた我々も、次はそうもいかなくなるかもしれません」
「ああ……勝てば我らの支持率は上がり、負ければ全てを失う大博打。その勝算を少しでも良くするために、陸・海・空の全軍をもっての最大戦力で臨むことになる」
「――あの、それってどういうことなのですか?」
話している最中に開いたドアの前に立っていたのは、湊アオイだった。
グローリア中佐からの目配せを受けるミラー大将は鷹揚に笑みを浮かべ、とりあえずエレベータを出る。
「『第二次福岡プラント奪還作戦』が実行されるということだ。まだ正式決定したわけではないが、司令の言動からほぼ確定と言っていい」
「そう、ですか……あれから一年も経たないうちに、もう……」
福岡プラント奪還作戦の失敗が落とした影は色濃い。国民の『レジスタンス』支持率は三割以下にまで落ち、司令の辞任を求めるデモも何度も起こったほどだ。
それだけでなく、『レジスタンス』内部にも傷を負った者は数多い。司令の憂鬱に引っ張られたように夜桜シズルには覇気がなく、立川中佐や葉山中佐といった有望な将校を失ったことで彼らの部下であった者たちの士気は落ちていた。
通常ならば下がった士気もすぐに戻るものの、マスコミやネット掲示板、SNSによる連日の『レジスタンス』叩きに精神が参ってしまう者も少なくなかった。
「あの……これを言うのは大変憚られると思うのですが……正直に言うと、今の『レジスタンス』の状態で『第二次奪還作戦』に臨んでも成功するかは怪しいのではありませんか? トップの姿があれでは、兵たちの士気も不燃焼ですし……」
怒鳴られるのを覚悟でそう述べたアオイに、ミラーは反駁しなかった。
溜め息をこぼし、豊かな顎鬚を掻き毟りながら大将は言う。
「しかし、やらねばどうにもならないのだよ。たとえ民から嫌われようと、罵倒されようと、彼らが呑気にそう言っていられる平和を守るのが我々の責務。それを果たすためには『レジスタンス』という組織がなくてはならん。それが泥船だろうと、沈めぬよう最後まで尽力するのが我々軍人の仕事。……理不尽なことも多いがね、そこは理解してくれ、青年」
憂いを帯びた男の眼差しが向く先は、未来だ。
民の平和を守りぬく。もとより軍人の使命はそれなのだと彼は説いた。
【異形】を倒すのはその手段に過ぎず、目的ではない。戦いの根底にあるべきは民を守る義務であり、【異形】への憎悪ではない。
それを履き違えた者がどれほど多いか、とミラー大将は嘆いた。
「大将……」
「湊、次の作戦にはお前も現場指揮官として参戦してもらうことになるだろう。今言ったことを忘れるなよ」
「はっ。心して臨みます」
アオイは敬礼し、エレベータに乗り込んでいった。
年若き尉官へ使命を語ったミラーは凝り固まった首を回しながら、傍らを歩くグローリア中佐へ頼む。
「あの小僧にも伝えておけ。あれが素直に言うことを聞くのは中佐くらいだ」
少々ナルシストでやんちゃな美青年、水無瀬ナギに普段から手を焼かされているミラー。
肩を竦めて拗ねたように言う壮年の大将に、グローリアはどこか遠い目で呟いた。
「お子さん、生きていらしたら彼と同じくらいの年でしたわね」
「……やんちゃ坊主だったよ、息子も。妻に似て美少年だと評判の子だった」
大将の息子と妻は【異形】の襲撃によって命を落としていた。
最愛の家族を奪われながらも【異形】への憎悪より民の安全を願えと説く男の胸のうちは、いかほどのものだったろう。
それを思うとやり切れない痛みが胸に込み上げてきて、グローリアはミラーの手をそっと握った。
「……誰も危険に晒されず、平穏に生きられる世界があればと……願わずにはいられませんわ」
「ああ。そのために我々は立ち上がるのだ。永久に」




