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暁の機動天使《プシュコマキア》  作者: 憂木 ヒロ
第四章 落日

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第百話 レイ、出撃 ―I'll join the forces by everyone and fight.―

「大丈夫です。……わたしたちなら」


 冷水で顔を洗い、ユイは鏡に映った自身を見つめた。

 いよいよ中間試験を迎える月曜日の、朝。

 普段より早い時間に起床した彼女は身支度を済ませ、まだ人の少ないであろう食堂へと足を運んだ。

 と、そこで彼女と遭遇したのは金髪の美少年である。


「おはようございます、ユイさん」

「あら、早いですね。おはようございます」


 食堂の入口付近に張り出された日替わりメニュー表を眺めていたレイは、振り返って笑みを浮かべた。

 ユイは彼の隣に立って、何となく鼻をくんくんと鳴らす。


「……な、何ですか」

「あっ、すみません。少し……感傷にひたりたくて」

「は?」


 レイは知らないことだが、ユイは以前、朝のトレーニング帰りのカナタの匂いを嗅いで彼を赤面させてしまったことがあった。

 あの時はちょうど、彼と話している最中にミユキが現れて――


「やっほー、お二人さん。エリートは朝も早いのねぇ」


 こんなふうに、呑気な声をかけてきたのだ。

 ユイも長身だがそれより数センチは高い、赤縁眼鏡をかけた黒髪の不破ミユキは、二人を見つけて手を振ってくる。

 と、そこでミユキの背後からひょっこりと顔を出したのは、ユイが思ってもいない人物だった。


「レイ、あなたもそこにいらしていたのですね。【機動天使】のお姉さまも、ごきげんよう」


 艶めく桃色の髪に、左前髪を留める蝶を模した白い髪飾りが特徴的な美しい少女。普段流している髪を一つ結びにし、肩を通して前に垂らしているミコトは、気品ある穏やかな所作で挨拶した。


「ミコトさん。その……今日の髪型、素敵です」

「ありがとう存じます、レイ。今日は試験で戦闘になりますから、機械が反映するわたくしの髪型も動きやすいものにしようと思ったのです。あなたも昔、同じような髪型にしていたと聞いております」

「ええ、まあ。色々あって吹っ切れて、今はこんなのに落ち着いてますが……」


 レイの前に出て正面から向き合い、ミコトは髪に触れながら微笑む。

 彼女は腕を伸ばしてレイの襟足に触れ、その毛先を細い指で撫でた。


「あなたこそ、素敵ですわ。もっと誇りなさい、レイ」


 目と鼻の先まで近づいて見つめてくるミコト。間近で感じる彼女のフローラルな匂いに先日アクシデントだが胸に触れてしまったことを思い出し、レイは妙にドギマギしてしまった。

 しかし幸いなことに頬を赤らめるその反応を照れと捉えたのか、ミコトは特に気にすることなく彼から身体を離し、「立ち話もあれですから」と足を進めた。

 肩を並べて食券を選ぶ二人を後ろから眺め、ミユキは欠伸を噛み殺しながらぼやく。


「『傾国の美女』たるあたしの存在感をも霞ませるとは、とんでもない、お嬢さまねぇ……しっかし、なんかお似合いって感じじゃない、あの二人?」

「え、ええ。昼休みとかよく一緒にいるそうですし、ネット上ではそういう噂も流れてるそうですよ」


 これは昨日のカノンとの談話でも上がった話題だったが、ユイはあまり興味がなかった。

 いま彼女の頭の中を占めているのは、今日の試験と【ラジエル】の後継候補へのコンタクトを取ることについて。

 先ほどカナタとの出来事を思い起こすような真似をしてしまったのは、失敗だった。後継候補を選ばなければいけない状況、変化のないカナタの様子――それを思うとやり場のない焦燥感に駆られてしまう。

 ユイはそのことをレイにはまだ伝えていなかった。彼女でさえ動揺したのだから、カナタとより近しかった彼へのショックは大きいはず。試験の直前に言って気を散らさせてしまうのは、彼をエースと定めるユイとしては何としても避けたかった。


「実はですね、わたくし、近いうちに動画サイトに公式チャンネルを作って、そこで歌を公開しようと思っているのです。アキトの作曲が終わったらレコーディングに移るつもりなのですが、どう思われますか?」

「いいと思いますよ。ミコトさんの歌や声の力は凄いですから。きっとボクみたいに歌に救われる人も、もっと増えるはずです」

「でしょう? それでわたくし、思うのですが……レイ、あなたにも何か協力していただきたいのです。そう、たとえば――作詞とか!」


 歌を褒められて分かりやすくテンションの上がっているミコトの申し出に、レイは「作詞?」とオウム返しする。


「ええ。昨日の歌は、わたくしがあなたとカナタをイメージして書いたものです。それの『返歌』として、あなたにもわたくしをイメージした歌を作っていただきたいと思うのですわ」 

「……分かりました。やってみますね」


 歌を介したコミュニケーション。古くは短歌等で日本人の感性に馴染みのあるそれを、ミコトはレイへ持ちかけた。

 その会話にミユキは「ロマンチックでいいわね~」と気の抜けた声で呟き、食券を買って受け取りカウンターへと移動しながらユイを一瞥する。

 青髪の少女の瞳は何かに引かれるように揺らいでいた。それが何かはミユキには分からなかったが、決して悪い予兆ではないように思われた。

 しかし、少女の瞳の中の淡い光はほどなくして消え、いつもの穏やかさを取り戻した。


「ユイ、ちゃん……?」

「何ぼうっとしてるんですか、ミユキさん。早く席選んで食べましょうよ」

「え、ええ。そうね」


 パンにスクランブルエッグとソーセージ、サラダを添え、コーンスープとヨーグルトを合わせたモーニングセットをトレーに載せ、ユイはそう促してくる。

 彼女と向かい合って席に着く間も、ミユキはその瞳の光にあった引っかかり――既視感について考え続けるのであった。



「この試験で君たちに課せられる任務ミッションはズバリ、【異形】に奪われた基地の奪還だ。今回は長期任務の想定というよりも、敵が陣地で如何に戦うかが評価のポイントとなる。指揮官としての復帰戦となる早乙女くんには、少し物足りなく思われるかもしれないが」


 午前中の座学の試験と昼食を終え、全員が集合した『VRダイブ室』のエントランスホールにて、二年A組の面々は最終ミーティングを行っていた。

 試験の概要を改めて説明するキョウジに水を向けられ、レイは「いえ」と首を振る。


「戦略よりも戦術が重視されるというなら、求められる戦闘のレベルは格段に上がる。【mark.Ⅱ】の試験デビューを飾るには、丁度いいくらいですよ」

「自信があるようで何よりだ。――今回の試験で新たに加わる要素として、『メカニックコースの生徒との連携』というものがある。これについては試験の告知の際に君らに話し、合同訓練も何度か行ったから大丈夫だとは思うが……彼らはパイロットの下につく道具ではない。それだけは胸に刻んでおいてくれ」


 拠点に突入する際の物資の運搬、武器の補給、発信前および離脱後の機体の整備等、『メカニック』と呼ばれる者たちの戦場での仕事は多い。

 彼らの尽力あってパイロットたちは戦場で戦闘の一点に集中できるわけであり――そのパイロットとメカニックの相互関係という「リアル」を仮想現実に再現するため、二年次以降の試験は両コース合同で行われるのだ。

 レイたちパイロットコース二年A組(通称P2A組)は、今年一年を通してメカニックコース二年A組(通称M2A組)と組むこととなっていた。

 M2A組には一年の頃の同輩で、寮ではレイの隣室である小太りの少年、宮島タイチもいる。

 共にミーティングを受けるタイチから視線を向けられ、レイは力強く頷いてみせた。【mark.Ⅱ】という【イェーガー】と根本的に扱いの異なる機体を、彼はキョウジに師事して伸ばしたメカニックとしての力を以て調整してくれている。


砂木沼さぎぬま先生、何か話すことは?」

「そうですね……」


 細い顎に手を当てて数秒間黙考するのは、黒髪ショートで銀縁眼鏡をかけた白衣姿の三十代半ばほどの女性教諭である。

 砂木沼ミサト――地味な容姿ながら怜悧な眼差しと、グレーの縦縞セーターの下から主張する双丘で密かに男子生徒の人気を集める、元『レジスタンス』の研究員だ。


「メカニックが調整で手を抜いたら、パイロットは死ぬ。パイロットを生かすことが、メカニックのあなたたちを生かすことに直結するの。それだけは忘れないで」


 自身の教え子にそう言い含めた後、彼女はユイたちP2A組のほうに向き直った。


「あなたたちも、作戦の成否よりもまず、メカニックの命を背負って戦っていることを意識するのよ。いいわね?」

「「「はい!」」」


 パイロットコースA組の全員の顔を順に見つめ、その返事を聞いた砂木沼教諭は安堵の表情を浮かべる。

 キョウジもメカニックの卵たちに「信じているぞ」と一言かけ、それから自らの生徒たちに親指を上げてみせた。


「お前らなら心配はいらないさ。特に刘くん、早乙女くん――君らは地上での本物の戦闘を目にしてきた。人の生かし方、守り方、分かっているよな」

「はい」「無論です」


 P2A組リーダー、刘雨萓リウ・ユィシュエン。サブリーダー、早乙女・アレックス・レイ及び冬萌ユキエ。

 M2A組整備班長、宮島タイチ。補給班長、日向ひゅうがトウジ。輸送班長、鈴原マヤ。

 彼らリーダーの下、初のクラス合同での戦いは幕を開ける。



 試験の舞台となるのは、白いドーム状のシェルターである『福岡基地』及び、『福岡プラント』の巨大ジオラマだ。

 生徒の試験用に構造はそのままにサイズだけを縮小した、模型の戦場。

 先の奪還作戦前に資料で見たそのままの光景をモニターで確認するレイは、生唾を飲んだ。


(第二次『福岡プラント奪還作戦』――その予行演習、ということでしょうか。あの時は見ることさえ叶わなかった『基地』、そして『プラント』……中に踏み込めれば、次の戦いで大きな財産となる)


 舞台に選ばれた『福岡基地』、『プラント』。活発化している『尊皇派』の動き。そして宇多田カノンがユイに明かした、【ラジエル】パイロットの後継の選定。

 それらの条件から導き出される答えは、その三つのうち一つを知らないレイにも分かる。

 それがいつになるのか、どれほどの戦力を注ぎ込むことになるのかは不明だが、作戦が始まればレイやユイが再びそこに駆り出されるのは確実だ。それに――【イェーガー・ドミニオン】のパイロット四名も。

 

(各クラス異なる舞台が用意される試験で、ボクらにここが割り当てられたのは偶然ではないようですね。だとしたら……)


 クラスの拠点となる巨大飛空艇――これは先の『プラント奪還作戦』で全軍の指揮を担った挺と同じものである――の中で、メカニックたちによる出撃前の最終調整が速やかに行われていく。

 操縦席に背中を預けて深呼吸を重ねるレイは、目を閉じたまま【メタトロン】の太陽砲ユニットの最終チェックを進めるタイチに言った。


「君の手腕、見せてもらいますよ」

「任せとけって、早乙女くん! おれ、勉強だけは誰よりも頑張ってきたつもりだから……才能がなくたってお前らを支えられるって信じて、ここまできたんだから」

「――努力を惜しまず、それを継続できる君の勤勉さは才能ですよ。『努力の天才』のボクが言うのですから、間違いありません」


 タイチとは一年の頃は殆ど関わりがなく、寮で顔を合わせれば挨拶する程度の間柄だった。彼が密かにメカニックの勉強をしてきたことも、最近になるまで知りもしなかった。

 だが、二年になってからメカニックコースと合同訓練を繰り返すうちに、パイロットとメカニックの間には信頼関係が生まれていた。互いに相手の技術を、努力を認め、背中を預けるに足る人だと胸を張って言えるようにまでなった。


(この試験で彼のメカニックとしての力量が証明されれば……ボク専属のメカニックとして彼を地上へ連れていけるかどうか、『レジスタンス』側に訊ねてみることにしましょう)


 彼の力に期待しつつそう未来を思うレイ。

 ほどなくして彼の耳に整備が完了したとのタイチの知らせが届き、彼は瞼を勢いよく開いた。

 それと同時に、司令部から出撃を命じる通信が入る。


『レイさん、出撃してください。遠距離攻撃と即時の高速離脱を両立するあなたを、まず様子見に使います』


 地上での指揮経験のあるユイは現在、「司令官」として全体指揮に当たっていた。彼女の周りを固めるオペレーターの多くは、一年次で『戦術・戦略論』で好成績を収めた者の中からメカニックコースの者優先で編成されている。


「この場ではわたしは『キャプテン』になるのでしょうね。それに足る経験は正直、まだ少ないですが……どうか、わたしを信じて」

『ええ。では、行きます』 


 不安と緊張が綯交ぜになった表情がモニターに映り、レイはそれを払拭してやるべく力強く頷きを返した。

 呼吸を整え、『ヘッドセット』を装着し――そして、格納庫から発着場へと勢いよく飛び出す。


「早乙女・アレックス・レイ、【メタトロンmark.Ⅱ】、出撃します!」

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