嵐を呼ぶお姫 第二部 (37)弓魔女の一撃
ついに追いついたラマンチャ達海賊共。
ヘンリエッタの一撃は悪魔に刺さるのだろうか?
「アナだ、あの悪魔の所! キャリバンさんも!」
ラマンチャが指を刺す。
アナ達は周囲の岩や、大楯隊の援護を受けてうまく立ち回っている。
アナとパンチョスはだいぶ疲労が溜まっているのだろう、動きに精彩が無い。
キャリバンがカバーに入り何とか持ちこたえている様子だ。危うくて見ていられない。
―考えろ、考えろ。
ラマンチャは自分に、自分たちに何ができるか考えた。
「ケンブルさん、あの大楯隊の騎士さん触手と戦ってる!」
あの悪魔本体ではなく触手と戦う意味は何だろう。
ラマンチャの脳内に思考が駆け巡る。
「アナ様を助けるというより役割分担している様子だな」
ケンブルはその様子を観察して見解を述べた。
「ラマンチャ君、恐らくアナ様は時間稼ぎをしておられるのであろう」
「何か打開策があるんだね?」
「恐らく」
アナは戦場にあるリソースをかき集めて何かするつもりなのは間違いない。
セバスチャンさんが居ない事、キャリバンさんでもあの悪魔に歯が立たない事、触手も悪魔も分からないことだらけだ。
しかし圧倒的に拙い事は解る。
「アナ~ッ‼ お待たせ!」
「ラマンチャ!」
ラマンチャが息切れした魚介水兵達を鼓舞しながら走ってくる。
最後尾はまだ後ろだ。
「子供は元気だな」
満身創痍のパンチョスが振り向く。
全身の疲労物質で身体が悲鳴を上げているが戦力が揃った事で希望が湧いてくる。パンチョスは震える太ももに気合を入れると盾を振り上げた。
その姿に石弓兵も大楯兵も滾った。
嵐の際の粘りと持久力には自信がある船乗りたちだが、無酸素運動はちいと苦手だ。
大楯兵達に追い回され、全力疾走した後の全力疾走だ、さすがに息が上がる。
「はあ、はあ…まあ船の上じゃあめったに走らないからな」
「漕ぐのは得意だがね」
「お前は別の船漕ぎが得意だろ?」
「違ぇねえべ」
魚介水兵どもは口々に軽口を言いながらもラマンチャの後を追って走った。
「ラマンチャ、こっちは私に任せて、あの騎士さんと黒いのをお願い! あれが悪魔に力を与えてるの!」
「わかった! アナも気を付けてね」
ラマンチャは大きく手を振ると、大きく息を吸い込んで駆けだした。
「ケンブルさん! あの黒いのをどうにかしよう」
「ラマンチャ君、あれは一体?」
「アナに頼まれたんだ、あの怪物はあの黒い奴から力を得ているって」
「確かに最初見た時よりデカくなってるな…よし任せろ」
ケンブルは仲間に指示するとカットラスを抜き放って触手に斬りかかった。
副長ケンブルを先頭にカットラスを持った海賊共が触手を斬り倒す。
切った張ったの乱戦は海賊の十八番だ。
「海賊共、助かる!」
孤軍奮闘していたタッソがケンブルと肩を並べる。
「ケンブルだ」
「感謝だケンブル」
「苦戦している様だな騎士殿」
「タッソでいい」
「タッソ、お前の部下を…」
「俺の部下を貸す、二人一組の方が具合がよさそうだ」
ケンブルの意図をくみ取ったタッソが素早く指示を出す。
大楯兵が海賊を触手から守り、海賊が触手を斬り飛ばす。
「触手が育つ前に斬ってくれ、太くなった奴は俺が斬る!」
前代未聞の騎士と海賊のタッグである。
大楯達は竜人戦争の乱戦を生き抜いた精鋭兵である、咄嗟の命令にも柔軟に対応する。
一方、魚介水兵共もヴォーティー船長の元で規律正しく訓練された猛者だ。
急製造のコンビでも問題はなかった。
抵抗するように触手がのたうつ。
大楯が鞭のような触手をガードする。
その隙に魚介水兵がカットラスで斬り飛ばす。
カットラスは曲刀で斬ることを目的に作られた武器だ、この戦いに相性が良い。
「騎士剣よりそっちの方がいいな」
タッソはそう言いながらも次々に触手を斬って捨てた。
ケンブルも愛用のカットラスを振るって地面から生え伸びる触手を刈った。
「お姫さんよぉ、悪魔のヤツ成長が止まったか?」
パンチョスは汗を拭うと注意深く悪魔を見た。
「どうやら間に合ったようですわ」
アナは振り下ろされる拳を回転しながら見切り、
戦場を把握する。
ヘンリエッタは配置についた、触手の処理は順調。
キャリバンが合流したことで格段に戦いやすい。
剛剣のキャリバンの一撃は悪魔の針金のような体毛に阻まれているが相当痛いらしい。
注意の殆どをキャリバンに向けている。
歯を食いしばり、キャリバンを叩く。
しかしキャリバンは神速の動きでその拳を躱し、渾身の一撃をその腕に見舞う。
ヘンリエッタの石弓隊が装填開始。
約30秒耐えれば必殺の一斉射撃が悪魔を襲う。
「対竜人用ボルト装填!」
板金鎧より硬いと言われた竜人将軍用にあつらえた特別な石弓矢だ。
鋳物の矢尻ではなく、鍛造の矢尻が使われている。
この傭兵団が大型魔獣の依頼をする際に用いているものだ。
竜人戦争から七年、回収しながら使ってはいるがもう数が無いとっておきであった。
「出し惜しみしている場合ではないが数が少ない、確実に当てていけ!」
「装填完了!」
「息を整え、歯を食いしばれ」
ヘンリエッタの号令に全員が構える。
ねらい打つ時、呼吸は止まる。
全員の呼吸が一斉に止まる。
「お姫さん、こっちだ!」
その様子を察知したパンチョスは、わざと悪魔の注意を引き、楯を構えた。
悪魔の吸気。
騎士の呼吸。
石弓兵が息をのみ込む。
悪魔が炎を吐く一瞬の静止をヘンリエッタは見逃さなかった。
「放て」
タタタンと石弓が矢を放つ音が静寂の戦場に響いた。
10条の矢は吸い込まれるように悪魔の体に突き刺さった。
ヘンリエッタの剛弓も悪魔の口を舌ごと貫く。
黒い血飛沫を撒き散らしてのたうつ。
断末魔である。
「やったか?」
パンチョスがダメージを確かめる。
効いている、聞いている筈だと思いたいが戦場ではそんな油断は許されない。
「次弾装填、早くだ!」
ヘンリエッタが檄を飛ばす。
黒い血液を撒き散らしながら悪魔は顔を押さえた。
確実にダメージは通っているがまだ足りぬ。
「大楯隊、死守だ、ヘンリエッタ様の所に行かせるな」
悪魔の道を塞ぐべく大楯兵のクロが号令をかける。
20フィル(約6m)の巨体の突進を止めるのだ、恐らく何人かは死ぬだろう。
「みんな死守だ! ガッチリ止めてタッソ様にプロシュートとワインをご馳走ーなろうぜ」
「そいつは高くつくな」
「ヘンリエッタ様ならアドリア山羊のチーズを付けてくれるぜ、あの人は気前がいい」
「なんたって俺たちは命の恩人になるからな」
「ははは、違ぇねえ」
大楯隊は柔軟に陣を組んだ。
相手の動きに合わせて瞬時に陣形を組むのだ。
案の定、悶え狂った悪魔はヘンリエッタの方を向いた。
憎悪と殺気が撒き散らされる。
心臓が破裂するかのように痛い。
人ではない、悪魔の憎悪である。
戦場が凍り付くほどの殺気だ。
「アナ!」
武術を習った事も無いラマンチャにもわかる。
ーあれが向かったら大楯隊は瓦解し、石弓隊は蹴散らされる。
アナの魔導銃。
石弓。
キャリバンさんの剛剣。
何が決め手になるのだろう。
悪魔はひとしきり吼えると荒い息を吐いた。
―拙い、拙い、拙い、考えろ考えろラマンチャ!
ラマンチャは頭をフル回転させた。
短剣しか持たぬ非力な自分は今、最も戦力にならない。
囮も出来ない。
炎を封した羊皮紙。
水を封じた羊皮紙。
駄目だ、ここから悪魔まで遠い。
アナも、キャリバンさんも、あの騎士ももう注意を引くことはできない。
走り始めたらもう止められない。
痛覚はあるようだが、あの殺気と憎悪は並みの痛みでは止まらないだろう。
並みの痛み?
考えろラマンチャ!
悪魔の噴き出す血が止まった。
キャリバンの剛剣が脛を叩く。
悪魔にもアドレナリンは流れるのだろうか、意に介さずキャリバンを薙ぎ払った。
咄嗟に避けたがヘンリエッタ迄の進路を確保されてしまう。
走り出す、拙い、少なくとももう一回足止めをしないと大楯兵が吹っ飛ばされてしまう。
助走を阻害したい。
アナが魔導銃を構える。
支え無しでの大出力は恐らく1発が限度だろう。
絶望が戦場を駆け巡る。
大楯隊がプロシュート!ワイン!と叫びながら肩を組み合う。
衝撃に備えるのだ。
ヘンリエッタの怒号が石弓兵を叱咤する。
急げ。
急げ。
声に出さなくともわかる。
装填さえ間に合えば何とかなると必死に引き絞る。
あとほんの10秒あればよい。
しかし間に合わない。
装填には30秒。
悪魔の速度は300フィルを10秒もかからないだろう。
装填開始から10秒。
やはり足りない。
大楯兵達は悪魔を睨んだ。
「ここは通さねえ」
「ここは通さねえぞ」
「姐さんのところに行かせるな」
「ヘンリエッタ姐さん!」
「おっしゃ来い!」
「来い、コラァ!」
朝日を受けて全身から湯気を上げる悪魔の陰がすうと伸びた。
手負いの獣となった悪魔エドアール。
どうするアナ姫、どうするラマンチャ!




