嵐を呼ぶお姫 第二部 (32)胎動デスボール
遂に登場したアクアパッツアと学者エドアール。
コレで役者は全員集合!
大混戦の最終決戦は意外な方向に!?
――胎動
「姫様ぁあああああああ!」
緊張感のあるパンチョスとアナの対峙に割って入ってきたのはアクアパッツアだった。
小脇に何かを抱えている。
海の中から這い上がって来たかのように全身ずぶ濡れで駆けてくる。
海藻が顔に粘り付くのも構わず必死の形相で走る。
「え? アクアパッチュアさん?」
あまりの事に少し噛む。
アナは全身に纏っていた緊張を思わず解いてしまいパンチョスと交互に顔を見合わせた。
アクアパッツアに続いて恐ろしい形相の男がそれを追う。
金色の髪、碧眼、パロ人だ。やはり全身ずぶ濡れの状態で髪を振り乱す。
「エドアールさん?」
「返せ! このドサンピンがあ、歯も磨かないような臭い息を私の大事な卵に掛けるんじゃあない! メバル野郎! 死ね! いや殺す! 無惨に惨たらしく! 恐怖でひり出した糞をお前の口に詰めながら殺す!」
とてもあの上品な学者、エドアールとは思えない口汚さだった。
「なんじゃ学者の? 邪魔をするな」
パンチョスが盾でエドアールを止めようとするとエドアールは潜るようにその下を抜けていく。運動音痴の学者とは思えぬ身のこなしだ。
「姫様! オレ、取り返しましたぁ! これですよね何とかの卵ぉ~~~ッ!」
アクアパッツアは光る大きな卵を高く掲げて見せると再び小脇に抱えて走り出す。
まるでデスボール(この世界の過激な競技)の選手のように走る。
「はあ、なかなか良い部下を飼ってますなぁ姫?」
呆気にとられるアナに気の毒そうな声でパンチョスは言った。
雄叫びを上げて敵に「俺が大天使の卵持ってます」と知らせて回るのだ、馬鹿にも程がある。
「あああ、姫様助けて! 先生なんかおかしいんだ!」
アクアパッツアのいう通りエドアール様子がおかしい。いや見た瞬間におかしいと解る。
目には狂気が宿っている。人というより獣のような。
普段大人しく、どこか人のよさそうな顔のエドアールではない。
「それは私のものだ!」
エドアールはアクアパッツアに追いすがると腰のあたりにタックルした。
「うわああ、先生やめて! ズボンが! 脱げる! 見えちゃう!」
エドアールは構わずアクアパッツアのベルトを掴み引き回す。
「いやあ、姫様助けて、見ないで、助けて、いやぁ見ないでぇ」
アクアパッツアの安物バックルは引きちぎられ、ズボンがズリ降ろされる。
「先生、俺には結婚を誓った彼女が居るの! まだ告白もしてないけど居るの! 先生の気持ちは嬉しいけどイヤア」
少女のような悲鳴を上げるアクアパッツアを他所に狂気の目を宿したエドアールがうつぶせに倒れたアクアパッツアにのしかかる。
「姫様、見てないで助けてぇ!」
ズボンをシャツを引きちぎられるアクアパッツア。半裸に剥かれた状態で卵を抱える。
「いやあああ、見ないで、嫌、見て! っていううか助け、待ってホント!」
助けに走ろうとするアナをパンチョスが制す。
「待て姫さん、何か様子がおかしい」
アクアパッツアから卵を奪い取ろうとエドアールが卵を掴んだ瞬間、どす黒い闇が卵から発せられる。影という意味の闇ではない。まるで光のような闇。
闇が眩しいという奇妙な知覚に襲われる。
ヴォーティー船長を覆ったあの闇の精霊と同じものだった。
エドアールの周囲の地面から何かが這い上がってくる。
「姫様、助けて、助けぇ!」
アクアパッツアは最後の力を振り絞り、卵をアナに投げた。
大天使の卵は土中から現れる闇の触手を引きずりながらアナの手に。
「熱いっ!」
其れは熱ではなく冷気であった。
思わず取りこぼした大天使の卵をエドアールが追う。
「パンチョス卿、これを!」
取りこぼした卵をパンチョスに向かって蹴る。
中に大天使が封じられているものを足蹴にするとは罪深いが、今はそんなことは言っていられない。
「エドアールさんに渡してはいけません!」
パンチョスがそれをキャッチする。
地中から這い上がる触手に呑まれては堪らない。パンチョスはそれを持って走りかけたがアナに蹴られた膝が速度を殺す。
「ええいこんな時に!」
パンチョスは追いすがるエドアールを盾で殴ったがビクともしない。
「魚の! 持って逃げろ!」
パスがアクアパッツアに通る。
「いや、俺?」
下着姿の貧相な選手だが今フリーなのは奴しかいない。
「姫様!」
アナにパス。
「私は大天使様を静めてみます! パンチョス卿!」
アナはパンチョスにパスをすると胸のペンダントを握りしめた。
エドアールは土中の触手を取り込んでドンドン大きくなる。頭はイルカではなく、牛を思わせる獣に変る。
アナはペンダントを握りしめて叫んだ。
「プリンセス! ホーリーパワー!」
アナの持つ天使の卵が共鳴し、大きな白い光の渦となって周りの触手を抑え込む。
しかし相手は大天使の卵である、パワー不足かエドアールは闇を、触手を取り込んでいく。
頭だけではなく、身体つきにも変化が表れている。どす黒く変色した皮膚、盛り上がる筋肉。
「パンチョス卿! 抑えきれませんわ!」
アナがペンダントを握りしめ必死に祈る。
「コイツ、ホントにイルカの先生だよなあ!?」
パンチョスは足を引きずりながら卵を持って走る。エドアールは熊のような体毛に覆われ人間とは思えぬ姿に変化している。
「拙いですわ、大天使の卵が欲望の種子に変ったのです」
アナは大きく息を吸い込むと顔を真っ赤にして叫んだ。
「プリンセスぅうううううう、ホおおおおおーりぃいいいパぅああああああ!」
自分が姫というのは相当に恥ずかしい。この掛け声を設定したのか考案したのか、設定者を恨みたいが今は恨みを楽しんでる暇はない。
「光の精霊よ! 神の使途よ! その慈愛を持って闇を払いたまえ!」
その念も空しく、地中から湧く触手は一向に収まらない。
「姫さん!」
「姫様!」
アナは人から姫扱いされるのも自分が姫というのも嫌だった。
憧れた事も無ければ、なりたいと思った事も無い。
そう扱われるのも。
自分は姫ではなく…。
「わかりましたわ! アクアさんパンチョス卿、もう少し時間を!」
アナは二人に向かって叫ぶと思い切り息を吸い込んだ。
「プリンセスホーリーパワー!プリンセスホーリーパワー!プリンセスホーリーパワー!プリンセスホーリーパワー!プリンセスホーリーパワー!プリンセスホーリーパワー!プリンセスホーリーパワーーーーーっ!」
アナの気迫が黒い闇を抑え込む。触手は勢いを殺し、土中に隠れていく。
「もっとだ! 姫さん」
「もっとっス! 姫様」
ああもう煩い、私は姫ではない。
「ああもう糞喰らえですわ! プリンセスホーリーパワー!プリンセスホーリーパワー!プリンセスホーリーパワー!プリンセスホーリーパワー!プリンセスホーリーパワー!プリンセスホーリーパワー!プリンセスホーリーパワーーーーーっ!」
エドアールの身体が徐々に人間に戻っていく。
「ううわああああああああ」
光におびえる様にエドアールが呻く。
「プリンセスホーリーパワー!プリンセスホーリーパワー!プリンセスホーリーパワー!プリンセスホーリーパワー!プリンセスホーリーパワー!プリンセスホーリーパワー! プリンセスホーリーパワーーーーーっ! コン畜生ですわ! すうううううっ、ぷはっ!」
収束した光が大天使の卵を貫いた時、その時点で卵を持っていたアクアパッツアが転んだ。正確に言うと破れたズボンが引っかかり脚を縺れさせたのだ。
「アクアパッツアさん!」
「魚のーーーっ!」
「この魚の水煮があああ!」
大天使の卵が宙を舞う。
パンチョスが駆け寄る。
エドアールも駆け寄る。
アクアパッツアが大地にキスをする。
アナが滑るように高速移動。
しかし距離は遠い。
大天使の卵が落下し始める。
パンチョスが速いか、飛びついて手を伸ばす。
エドアールが驚異の速度で走り寄る。
眩しい闇の束。
落下。
寸前にパンチョスの手が間に合う。
エドアールのタックル。
大天使の卵再び宙へ。
飛びつくエドアール。
手の中へ。
下からアナのキック。
大天使の卵は大きく宙へ。
こぼれ卵はアクアパッツア方面に。
起き上がるアクアパッツア。
しかし半脱げズボンが邪魔を。
エドアール更に前進。
パンチョスのタックル。
キャッチし損ねたエドアール転倒。
アクアパッツア卵をキャッチするがすぐにパンチョスへ。
パンチョスこれをスルー。
絶妙なスルーパスがアナへ通ったと思った瞬間、卵は岩肌に当たりイレギュラーバウンド。
「あ!」
「ああ?」
「あああ!?」
「あおう!」
岩に当たった大天使の卵にひびがはいる。
中から透けて見える黒い翼。
その時、大気は鳴動し、雲一つなかった空に暗雲が渦巻いていた。
「おい姫さん、なんだあれ?」
「控えめに申し上げて洒落にならない程…最悪ですわね」
控えめに言って最悪ですわ。




