嵐を呼ぶお姫 第二部 (25)夜明けの決戦
守りに定評のある重装騎士タッソと奥様で魔女と呼ばれる女弓兵ヘンリエッタ、続々と集まるパンチョスの手勢。この危機を乗り越えられるかセバスチャン。
そしてパンチョスの合流を阻止できるか、アナ姫。
―― 重装騎士タッソ
「何かがおかしい」
騎士タッソは前列の異変に気が付き部下に指示を出した。
大楯を装備させた部下を馬車の両脇に配置する。
「ヘンリエッタにも伝えろ、戦場音楽が聞こえないのに前を行く馬車が止まっている」
騎士タッソは兵士一人を伝令に行かせ黒いローブの男には魔導によるパンチョスへの伝令を命じた。
魔導による伝令は失伝した部分が多くあり通信距離も短く片道通信しか出来ぬ。しかしこの技術が竜人戦争でタエトを生き残らせたと言っても過言ではなかった。
パンチョスはあらゆる手段を講じて各砦の連携を密にした。
=ゼンポウニ イヘンアリ=
「パンチョス殿、荷馬車から通信ありました前方に異変ありと」
「ありゃ、もうそんなことになってるのか? あのデカい騎士が前列に居ただろ?」
ゴリラと称されていた騎士の事だが、彼の実力は噂に聞いている。曰く殿請負人だとか、怪力無双だとかの偉丈夫だった筈だが…とパンチョスは思案する。
「あのキャリバンとかいうの、タッソ一人では荷が重いかもな」
「どうするんです?」
「あの怪物を相手にするにはそれ相応の準備が必要だ、ちと早く追いつかねば拙い」
パンチョスは痛む手首をさすりながらスケアクロウの方へ振り向いた。
「おぬしは此処で屍兵を呼びよせてくれ、伏兵させといた奴ら全部だ」
「そんな魔力は…」
「泣き言は聞きたくないな案山子の、街で嬢ちゃんが追いかけっこしている間が勝負なんだよ、倒さにゃならん相手が増えた、ワシは怪物退治せんとな」
パンチョスはニカっと笑うとスケアクロウに背を向けた。
――女弓兵
「旦那はなんと?」
「前方の馬車が襲われたので注意を…と」
伝令を受けた女弓兵は体重をかけて弓を張った。
この国では珍しい長弓である、通常のものより大きく見える。
女弓兵もそこいらの男より上背があるようで伝令に来た兵が小さく見えるほどであった。
鹿革の手袋で張り具合を確かめる。
「あの馬鹿力が遣られた…と?」
「ヘンリエッタ様?」
ヘンリエッタと呼ばれた女弓兵は立ち上がると前方を睨んだ。
「確かに馬車が止まっている」
「こんな暗闇で見えるので?」
伝令兵は驚きながらヘンリエッタの見据える方角を見た。
「あの小さく見える明かりがそうだ」
弓兵ヘンリエッタは矢筒を背負うと装備の整わぬ兵に檄を飛ばした。
「前方の部隊は接敵、壊滅した様だ、各自気を緩めるな」
弓兵ヘンリエッタは石弓兵部隊を編成すると馬車の前方に下げられたカンテラの灯を消した。
編成した石弓兵を馬車から離れさせ、暗闇というのに見えているかのように草原を進んだ。
――重装騎士タッソ
キャリバンとセバスチャンは次の馬車を襲うべく街道を下った。下った先には案の定馬車がおり符丁に書かれた合図を送ると仲間であるという合図を御者が送ってよこす。
これで符丁を見せれば敵を安心させられるのだが…。
「様子がおかしいなキャリバン」
「ええ、兵の気配がありませんね」
キャリバンは異変を感じると馬車の周囲を探った。
「伏兵でしょうか、気付かれてますね、周囲の草が折れています、馬車に近寄った瞬間に取り囲む気でしょう」
セバスチャンは魔導単眼鏡を覗く。
「後続が到着する前に片付けたいんだが行けるか?」
「馬車の規模から10名前後、大楯持ちの背後から行ければなんとか」
セバスチャンは前の馬車から奪ってきた装備を着け、キャリバンを風上に移動させると、自分は何食わぬ顔で馬車に駆け寄る。
符丁を掲げながら伝令兵を装おうというのだ。最悪バレても囲いを突破する自信はあった。
騎士タッソは前方から来る老兵を見て兵を止めた。
「あの老兵…どこかで」
老兵は伝令兵の様だ。お仕着せの着衣に数打ちのヘルメット。自軍の装備には違いないが、腰にはショートソードを佩いている。
ぱっと見は伝令に来た兵だが歩き方で判る。
「重心がブレない、ひゅう~っ、アレは達人だぜ?」
しかしあの筋肉ゴリラの部隊を殲滅するには手が足りぬと魔導単眼鏡を覗いた。
魔導の力で星の明かりだけでも見える優れモノだ、昼間のようにとは言えないが満月の夜程度には見える。
「あれか?」
決して急がず、風に揺れる草花と一体となるように動く騎士の姿を発見する。
「ヤバいぜアレは、なりふり構っていられないなあ」
騎士タッソは取り囲むのを諦め、兵を集めさせる。
「むう、やはりバレていたか」とセバスチャンは身構えたが、取り囲むでもなく、兵を移動させる指揮官を見やる。
「なかなか状況対応が出来てるじゃないか」
セバスチャンは少し感心しながらタッソのハンドサインを読んだ。
「おっ始まってしまったか?」
パンチョスは兵を集める騎士タッソの動きを確認する。
「背後からあの化け物に奇襲されるのを防いだか、少し持ちこたえてくれよ、タッソ」
魔導単眼鏡を覗くと遠くにヘンリエッタの指揮する石弓兵も見える。
「魔女も到着か、もう少し兵力が居るな、案山子のと後続が間に合えば…」
指揮を取るべくパンチョスが向かおうと魔導単眼鏡を腰袋に収めようとしたその時、別の気配に気が付く。
「そこまでですわパンチョス卿!」
凛とした声に苦痛を堪える微かな揺らぎが混じる。
薄っすらと空が明るみ始めた東の方角に立つ少女。
「ドルシアーナ姫ではありませんか、ボンジョルノ プリンシペッサ」
パンチョスは少し驚いたが顔色一つ変えずにアナに微笑んだ。
アナは油断なく重心を下げると腰のサーベルに手を添えて対峙した。
風になびく金髪の髪が静かに決戦の時を伝えた。
さあ役者はそろいました。
不敵に笑う手負いのパンチョスは何か策があるのか?
待て次号!




