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嵐を呼ぶお姫 第二部 (24)ダメ男の邂逅

時は少し戻り、卵を持って逃げた学者エドアールのお話。


――アクアパッツア


アクアパッツアはもちろん本名ではない。

顔がメバルだからだ。

メバルはタエト王国では東側の岩礁や藻場で良く釣れる。

味は美味でワイン蒸し、カルパッチョ、ゼリー寄せ、もちろんアクアパッツアとして調理される。比較的入手しやすく庶民の口にも入る魚だ。

アクアパッツアの本名は別にあるが今となってはどうでも良い。

この呪いを解いて故郷に帰るまでは名を捨てた。

「おい、お前は今日からアクアパッツアだな」

 魚介水兵の新兵たちはそれぞれ呼び名を付けられた。便宜上、見分けがつきにくいためだ。

「俺は魚の名前じゃなくて料理名なんだが」

 アクアパッツアは一人愚痴を呟いた。

 故郷に錦を飾るんだ!と都会に出て来たは良いが、どうも俺は不器用らしい。

 方々で職を失い、流れながれて怪しい船の船員になり、さらに怪しい蛸の化け物に使役されている。

 唯一の救いはアナ姫と親しくなれた事だ。

 あの姫様は魚になったアクアパッツア達にも分け隔てなく接してくれる。

 呪いを解いてくださるとも約束した。

「しかし今、また俺の間抜けで姫を窮地に立たせてしまった」

 アクアパッツアは汚名返上とばかりに任務を承った。

 本当は当てもなく天使の卵を探せという命令だ、ていの良いお払い箱なのだが十分意味はある。成功不成功に関わらず「追っている」という事実が重要なのだ。

 しかしアクアパッツアは必ず成し遂げると心に誓っていた。

「姫の姿に見とれて見張りを怠りましたとは言えないよなあ、でも俺には人間に出来ない能力がある! 魚の能力を得た怪人だ!」

 ぐっと貧相な腕に力こぶを作り天を仰ぐ。

「星よ導いてくれ」


「…しかし、魚の能力ってどんなのだ?」

 走ってみたが割と普通だった。

 持久力も人並みだった。

 匂いで追う!

 も普通だった。

 聴覚、逆にあまり良くない。

「ひょっとして俺、美味しいだけで特殊能力は無いのか?」

 散々走り回った後、最初の勢いはどこへやら、生来の陰気さを取り戻していた。

「いっそ追うのをあきらめようか、疲れるだけだし」

 路地にしゃがみ込んで息を整える。

「結構、俺なりに頑張ったよな…これだけ走れば…いやいやいや、それじゃ今までの俺と同じじゃねえか。俺はあの姫様の頑張りを見て変わるって決めたんだ」

 肋骨が折れ、脇腹を刺され、大の男でも悲鳴を上げる治療を泣き言も言わずに受け、術後間もないのにあの化け物みたいな騎士をやっつけた。

アクアパッツアの脳裏に姫の雄姿が目に浮かんだ。

 息を乱し、身体から湯気を立てながらサーベルを持つ神々しさ。

「くっそ、俺はここで終われない。 せめてアクアパッツアではなくペルシャ―ド(パロ風香草焼き)に昇格してやる!」

 どういう理論か知らないがアクアパッツアは変身を解いて腕まくりをした。

彼の中では、アクアパッツアより上等な料理なのだろう。


――卵持ち逃げ犯


 追ってくる。

 しかも正確に。

 学者エドアールは絶対に何かが変だと勘づいた。

「犯人が誰かわからない状態で追えるものなのか?」

 息も絶え絶えに走り続ける。

さっきより追っ手は減ったように思えたが、自分が卵を持ち逃げしたとバレてるのではと思わざるを得ない。

「いや、そもそもあの状況で私が犯人とはわかるまい」

犯人だと解ったところで正確に追えるものなのだろうか?エドアールは何か違和感を感じた。

 違和感。

 正確に追える。

 しかし方角だけではないか?

 あの人数で先回りしてこないのは何故だ?

 魔導器。

 感知。

 違和感。

 アナ姫のペンダントの光。

 ヴォーティーの弱点を見つけた力か?

 ひょっとして感知器なのか?

 天使の卵。

 感知器。

 増幅器では?

 魔導器。

 スケアクロウの魔力を回復。

 魔力電池とでも呼ぼうか。

 可能性。

 アナ嬢の身体を包んでいた光。

 単なる電池ではない。

 単なる感知器でもない。

 これは一体なんだ?

 天使の卵と呼ばれる所以は?

 欲望の種子と呼ばれる所以は?

 逃げ切りたい。

 逃げ切って研究したい。

 ピスケースの孵卵器に入っていた卵から魔神が生まれた。

 中身は魔神なのか?

 いや早計だ。

 中身は可能性。

 研究したい。

 その思いにこたえるように脇に抱えた大天使の卵から光が漏れ出して来た。

 エドアールは慌てて布をかけなおすと路地を曲がった。

 

――ダメンズ


 腕まくりしたとたんである。

アクアパッツアのいる路地に何者かが飛び込んできた。

「うわああ? すみません、ぶつかっちゃって怪我はないですか?」

「あれ? その声、学者先生?」

 アクアパッツアは目を凝らすが良く見えない。

「え? あ? あれ、どちら様?」

 新月のせいでほぼ暗闇だ、良く見えないが知り合いらしい。

「ええ、あ、俺ですよほら先生の配膳係してた…って覚えてないっスよね、先生はいつも研究に夢中だったから」

「あ、ああそうだっけ」

 この呑気なやり取りにエドアールは「追っ手ではない」と安堵のため息を漏らした。

 確かロウィーナ号の配膳係はメバル頭だったような…とエドアールは思い起こす。

この冴えない声の青年には覚えが無い。本当ならカプリコルヌ号から一緒なのだがどうも印象が薄いというか接点が少ないというかで記憶になかった。

「先生、こんな夜中に何してるんっスか?」

「え、ああ、ちょっと野暮用で」

「奇遇っすね、俺もちょっと野暮用で」

 お互い、ヘラっと笑う。

「それじゃあ、私は急いでいるので…」と去りかけた瞬間、アクアパッツアがエドアールの手を掴んだ。

「あ、っと先生ちょっと待ってください」

「ひゃああああ」

 エドアールは心臓が飛び出しかけた。

「そんな驚かないで下さいよ、ヤダなあ」

「何の用だね? 私は急ぐ…」

「いやね、ここだけの話、俺、大事な荷物を盗まれちゃって探してるんですよ」

 話の途中に割って入り、口に手を添えてコソッっと告白する。

 どうも緊張感がない。

「それは大変だね…」

「そうなんっスよ、ちょっと目を離したすきに…って先生も探し物っスか?」

「うん、まあそんな所だ」

 やはり追っ手なのでは? 盗まれた物はココにある。エドアールの胃がキュウと持ち上がる。

「へえ、先生の探し物って何ですか?」

「うんまあ、あれだ研究用の大事なものを探してて」

「そうなんっスか…俺のはこのぐらいの卵型のヤツでして」

―やはり追っ手だった。

「ああ、だから急ぐので私はこれで…」

「ちょっと待って!」

 ひゃあっと内心気が気ではないが、相手はこちらが犯人だとは気が付いていない。

「ななな、なんだね? 私は急ぐのだ」

「最後にこれだけ、同郷のよしみって奴で」

 名前も思い出せないヤツの同郷と言われても…とエドアールは額に手を当てた。

こんなことをしている間に姫に追いつかれてしまうと焦る気持ちで背中に冷たい汗をかく。

そんなエドアールを他所にアクアパッツアはヘラっと笑いながら頭を搔いた。

「あのう、この辺でこんくらいの荷物もって走ってる人…見ませんでした?」

「ひゃう?」

「どうしたんですか先生」

「いや、なんでもシャックリだよ、只の」

「そうっすか、それ脅かすと良いらしいっスよ?」

「そうか、大丈夫、一回だけでおさまった」

「そう、なら良かったっス」

「あ、で荷物なんですけどね、こんくらいの卵型の…」

「ひゃ!」

「あれ? やっぱ止まってないじゃないですか」

「そ、そうだな」

「荷物、持ちましょうか、これ水っス、水呑むのもイイらしいっスよ」

「いや、結構、大事な荷物なので」

―気がついてるのかコイツ。

「へえー」と呑気な声。

「うむ、私はもう時間が無いので…」

「あ、そうそう、先生」

「何だね今度は」

「さっきの話の続きなんっスけど」

「急いでるんだが」

「それ、天使の何とかだってアイテムらしいんですけど、聞いたことあります?」

「聞いて? 人の話!」

「アナ姫様の大切な荷物らしいんっスけどね」

「わ、わたしは急いで」

「先生、何か知らないっスか?」

 頭の後ろに手を組み、呑気に足をぶらぶらさせるアクアパッツア。

 本当に気が付いていない仕草に段々と腹が立ってくる。

―俺はこれを手に入れる為にどれだけ危ない橋を渡っているというのか。

「ねえ、先生ったら聞いてるっスか?」

「もう行かねば」

「先生ってば聞いてるんですか人の話?」

―お前だろう? 人の話を聞かないのは!

「君こそ急いでるんじゃないのか?」

「だからーぁ、情報収集っスよ、急がば回れって言うでしょう? それにその荷物を盗んだ奴、よく考えたら顔もわかんないっスもん」

―顔も分からず探してたのか?

「顔がわからないなら探しようがないな」

「それで、先生とここで会ったのが運命と言うかー」

「急ぐといった筈…」

「お願いします! 探すの手伝ってください!」

「いや、なんで私が」

 苛立ちが語気を荒げる。

「だって、先生、お人よしじゃないですかー、なんだかんだ言って話聞いてくれるし、頼み事、断れないでしょう?」

―はあ?

「いやだから、さっきから断っ…」

「お願いしますよー、薄情だなあーー、なんでそんな冷たい事言うんですか?」

 もう我慢の限界だった。

 なんという他力本願。何という無礼さ。

 さらに悪気を感じない。

 死ねこの雑魚が! とエドアールは感情が沸き上がるが薄皮一枚で理性を保っていた。

「そんなんだから船長に丸め込まれて荷物取られちゃうんですよ」

 プツンと何かが切れる音がした。

 理性を保つには気力も体力も限界であった。

「マイペース過ぎるぞこのドサンピンが!」

 卵の持ち逃げ犯であるとバレるのも構わずエドアールは叫んだ。

 殺意に近い怒りが噴き出す。

 自分を抑えられない。

 普段大人しい学者エドアールが自分でも信じられない凶悪な心が胸を焼く。

「衛生観念もない魚臭ぇその汚い手を放せ、ビチ糞以下のフジツボがぁ! 」

 がそう叫んだ瞬間、脇に抱えた大天使の卵が輝きだした。

 その色は仄暗く、眩しかった。

さて次回は全員集合?

まて次号。

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― 新着の感想 ―
[良い点] アクアパッツァ、なかなかやるじゃないか! ……本心かどうかは別として。 さて、どう出る? エドアール。
[良い点] ダメンズ邂逅が、こんなコントに仕上がるなんて……! アクアパッツァ改めペルシャードは、色んな意味で美味しいなぁ。 [一言] こんな理由で天使の卵がw
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