嵐を呼ぶお姫 第二部 (23)キャリバンの剛剣
現状、パンチョスの策で大天使の卵を使った陽動と遅滞戦闘を強いられていた事に気が付いたヴォーティーはアナに作戦変更を進言するが、すでに街の出口は屍兵に封鎖されていた。
孤立無援になったセバスチャンとキャリバンの運命や如何に?
さあ、間に合うかアナ!
嵐を呼ぶお姫 第二部 (23)キャリバンの剛剣
キャリバンは先頭に立って走った。セバスチャンはキャリバンと背中合わせで後ろ向きに走る。初老とは思えぬ健脚だ。
「何か見えましたか?」
魔導単眼鏡を覗くセバスチャンにキャリバンが尋ねる。
「城壁の上に斥候がおらん、かわりに屍兵が陣取っておる」
「では、パンチョス殿は…」
「すんなり拠点に向かって我々と対峙するようなヘマはせんだろうな」
セバスチャンは単眼鏡をしまうと、正面を向いて走った。
「状況は察した。予定通り、まず拠点を制圧する、油断させて襲い掛かるのは卿の得意分野だからな」
拠点に到達した二人は、周りに配置されている案山子どもを切って捨てた。
案の定、案山子に偽装した屍兵が混じっている。しかし戦力にならない動きの悪い物ばかりであり、挟撃を演出するための予備兵力だった。
「ちょっと歯ごたえが無さすぎですね、欺瞞作戦として機能できれば脅威でしたが」
東の国でいう巻き藁というヤツを切るがごとく、キャリバンは次々と偽装屍兵を斬った。
拠点にいた案山子はダミーであり、予備兵力として伏兵させていた兵だ。
すんなりと挟撃されていれば戦局は大きく傾いたであろう。
「卿のプランの一つ目は崩したが油断ならんぞキャリバン殿」
「ええ、サンチョパンサ卿の名前は私の国にも轟く名将ですからね」
キャリバンは周囲を警戒しながらも残りの案山子を切って捨てた。
「こんな案山子どもでも大楯を装備させて並ばれると厄介ですね、残さず切り捨てましょう」
動きの鈍い屍兵が大楯を持って整列する前に薙ぎ払う。キャリバンの持つ半片手剣は切れ味が鈍い分、案山子の身体ごと粉砕して退けた。スケアクロウが再利用しようにも修復は不可能であろう。
「さて、本隊の掃除と行きますかセバスチャン殿」
「そうだな、拠点に火をかけ慌てて駆け付ける奴らを襲うか」
「妙案ですね」
セバスチャンは拠点に火をかけると街道を目指して再び走った。
――街道を行くパンチョス。
「おいおい、姫様は見捨てるのか狐の野郎」
パンチョスは遠くで燃える拠点を見やると、息も絶え絶えになったスケアクロウに振り返った。
「見捨てておけばよかったか…案山子の若いのに体力なさすぎだぞ?」
「流石にこの距離を走るのは無理ですよ」
「お前さんの案山子兵、やられてしまったではないか」
パンチョスは単眼鏡を覗いて拠点を見る。
「あーあー、派手な事しやがるなあ」
パンチョスは挟撃の策を失ったことに特に残念がる様子もなく唇を舐めた。
「まあ、追いつく時間を作ってくれただけでも御の字か」
パンチョスは単眼鏡をしまうとスケアクロウを立たせて息を整えさせた。
「パンチョス殿、まだ策が?」
「派手に燃やしたという事は、我々へのメッセージであり陽動への布石だ、さあウォーサイトの時間だぜ案山子の、狐を追い詰めるにはどうする?」
「少ない戦力を囲むのは栄光の騎士団と相場が決まってますが」
「まあ、理想だな、しかし狐はその役を作らせないように動いておる」
「なんだか楽しそうですね」
「楽しいさ、戦場はわが人生、駆け引きはわが娯楽ってね」
「黒太子ですか?」
「いいやワシだよ」
パンチョスはスケアクロウに予備兵力を確認させた。
「流石にわかりやすい場所に伏兵は置かぬよ狐」
――デイビーデレ港 アナとヴォーティー。
「ロブス、ボートを出せ」
「アイ、サー船長」
ヴォーティーの見立て通り、街の城門付近には残存の屍兵たちが待ち構えていた。大楯は持たぬものの盾とシミターで装備した屍兵と屍騎士が通行口を封鎖する。こんなのを相手にしていたら夜が明けてしまう。
「一応、相手は使い魔で状況を把握している可能性がある。情報戦において今は向こうに分があるが…精度は低い。デニはこいつに着替えてアナ様を装え、ケンブルは遅滞戦闘に付き合うふりをしろ、石弓を使って嫌がらせをする程度でいい」
「まぁ~た女装かよ、なんか癖になったら責任取ってくれですよ?」
デニが口を尖らす。
「ふむ、まあ男色の趣味は無いが、紹介は出来るぞ? デニ」
「うへ、マジに取らないでくださいよ」
「お前は顔がシンプルだから化粧映えする、背格好も近いし適任なんだ」
ヴォーティーはカーラ・ロウィーナ号からボートを降ろさせてアナとロブスと共に乗り込んだ。担架係のツナとスピンジャックも乗り込む。
「アクアパッツア、お前は大天使の卵を追え、追うふりでいい、相手にこちらが策に引っかかって戦力を割いてると思わせる」
アクアパッツアは汚名返上とばかり奮い立ったが「無理をするな」と諫められる。
「重要なのは向こうが少しでも順調だと思わせる事だ」
「アナ様、怪我の具合は?」
「こんな傷ぐらい平気ですわ、へこたれている場合ではありません」
明らかに無理をしているのが見て取れるがヴォーティーは諦めて次の一手を相談した。
「正直な所、この作戦にはアナ様が不可欠です、正直な所でその銃は何発撃てます?」
弱装弾で煙幕に似た効果、中から大の魔力を込めると大砲並みの威力にまで跳ね上がる。
「そうですわね、弱装弾なら何発でも、大きいのは多分1回が限度ですわ」
「頼りにしていますアナ様。ロブス、全速で漕げ! タエト女王杯ボートレース優勝の腕を見せろ!」
「アイサー船長!」
水兵長ロブスはその巨体を大きく使い、信じられない速度でオールを操作する。さらに海水を被って海老頭に変身するとボートは飛ぶように進んだ。スピンジャックとツナは魚介兵に変身して海中からボートを加速させる。
二人とも回遊魚の能力である、瞬間的に53ノットの速度を叩きだせる。
「この時期、港から関所方面にはいい潮が流れてるんでさ」
ロブスの怪力に加え魚介兵の加速、海流を利用したボートは瞬く間に目的地にたどり着いた。
「いい入り江でしょうアナ様。こっから拠点まで少し揺れますが我慢ください」
「ありがとうロブスさん、スピンジャックさんにツナさん」
アナは天使の微笑みで労をねぎらった。
「必ず卿をシメますわね」
――街道上 キャリバンとセバスチャン
挟撃の心配がなくなったところで、拠点に向かってくる馬車を迎え撃つ。
丁符に書かれた合図を送り、止まった馬車に符丁を見せる。
最初の一台は音もなく制圧された。
怪しんで出て来た傍から音もなく鏖殺された。
キャリバンは車軸に一撃を入れると街道を塞いで立ち往生を装った。
次の馬車が怪訝に思って近づくと、車軸が壊れたと説明し符丁を見せる。
御者の戻りが遅いと見に来た兵を音もなく仕留める。
訝しんだもう一人も同じ運命をたどる。
ホロの外から急所を正確に貫き事態を悟った時にはすでに遅く、馬車から飛び降りる前に絶命する。
パロ騎士の半片手剣の威力はすさまじく、まだ武装をしていない兵なぞ案山子を切るように両断する。
「これで10は減らしたかの」
「積み荷に大楯が無いのが気になりますが」
セバスチャンは飛び道具、大楯を潰せればと思っていたがなかなか上手くはいかないものだと三台目を標的に走る。
できれば各個撃破したいため、襲撃された状況を見せぬよう移動する。
三台目を襲撃し終えた所で、後続に気づかれた。
「まあ、今ので15、御者も戦力なら18か?」
「上出来でしょう」
四台目からは武装した騎士が現れる。
他の兵士と違い、襲撃を予測して武装してきたようだ。
「こんばんは騎士殿、そのなりで関所を超えて来たのかい?」
セバスチャンは騎士の装備を見た。
板金鎧にスパイク付きのロングメイス、ご丁寧に盾を装備している。
なかなかの偉丈夫である。
「馬車の中で着替えたのさ、間抜けは生き残れぬからな」
馬車からも武装した兵たちがわらわらと現れる。その数10は下らない。
「詰め込んだものよのう」
装備は元タエト騎士なのか今では主を失くして教団に雇われの身か。
中々の手練れであろう、背後の部下を庇いながら戦列を形成する。
キャリバンはセバスチャンに合図を送るとその騎士に斬りかかった。
揺らめく剣先が初動を読ませない、沈むような歩法はアナの初動を思わせる。
「その剣、パロの騎士か?」
その一言を発したのを最後に騎士は沈黙した。
ロングメイスを外側に弾き、そのまま喉元に剣を突き立てる。
通常なら板金鎧が喉を守る所だが、キャリバンの突きは鋭すぎ、重すぎた。
沈み込む自重を踏み込みにて剣先に移す。
キャリバンの全体重が高速で切先に集約する。
一撃で喉を潰し板金鎧が呼吸を阻害する。
ヒュウと喉が鳴るが声が出ない。
返す刀で内側から小手を払い、股下に剣を突き入れて転がした。
てこの原理で重装騎士を制す戦場の剣だ。
そのまま鎧の隙間に剣を突き入れると筋肉が硬直する前に引き抜く。
余りの手際の良さに後方に陣形を作りつつあった兵たちに恐怖が伝染する。
「騎士様がやられた?」
「勝てるわけがない」
そんな兵たちを後方からセバスチャンが襲う。
いつの間にか現れたセバスチャンに陣形を乱され、次々と倒される。
キャリバンが兵達に襲い掛かる頃にはあらかた片付いていた。
「お見事ですセバスチャン殿」
キャリバンはセバスチャンの技量に感心していた、さすが公女の護衛である。
ショートソードの取り回しが良く攻撃の回転が速い。
特に突きが素晴らしいと舌を巻いた。普段は飄々としており、一見、頭脳派に見えたがタエトの騎士でも銀騎士級以上であろう。いやそれ以上かもしれない。
「また大楯が無い、減らしておきたいのう」
「見立ててではこれで約四分の1か、楽ではありませんね」
汗一つ掻かぬこの青年騎士にセバスチャンはフフッと笑いを溢した。
「さあ、パンチョスが追いつく前に殲滅と行こうか?」
――輜重部隊後方
「パンチョス様から伝令ですタッソ様」
黒いローブ姿の男が馬車の前方から声をかける。
タッソと呼ばれた騎士は鎧を装着し従騎士に支度をさせている最中だった。
「なんだと?」
「前列が襲撃を受けたそうです、今、猫から情報が」
「使い魔か、これがあれば竜人戦争も、もう少し楽に戦えたものを」
パンチョスは戦場の連携を密にし、少ない兵力で竜人共を食い止めたのだ。
その際は、魔導による使い魔通信はなく、旗や光の点滅と言った通信が確立した。
まだ言語としての使用は無いが、あらかじめ決められた点滅により複数の意味を持たせていた。原始的な暗号通信のようなものだ。
「前列守備にはゴリラが居ただろ?」
「ゴリラは酷いですね」
「あの筋肉ゴリラが居れば多少持ちこたえるだろう?」
「確かに」
ロングメイスと板金鎧、盾装備の手練れだ、部下の扱いも上手く、間抜けではない。
多少の時間は稼ぐだろう? とタッソと呼ばれた騎士はそう予想していたが何やら悪い予感がする。
「武器をとって馬車の外へ、大楯を出せ」
騎士タッソが表に出ると遠くに明かりが見える。単眼鏡を手に様子を見ると拠点が燃えている。
騎士タッソの予感は的中していた、前列の部隊はすでに鏖殺されていた。
手練れと評された大柄の騎士もあっけなく倒されていたのだ。
「剣戟が聞こえなかったか?」
「私には何も…」
黒いローブの男は首を振った。
騎士タッソは耳を澄ます。
交戦にしては金属音が聞こえない。
「瞬く間に倒された? まさかな」
「逆に倒したのでは?」
「だったら何故、伝令が来ぬ?」
「気のせいでは?」
「そう願いたいが…血の匂いがする」
燃え盛る拠点に向かおうか悩みどころだが部隊編成も終えぬうちに暗闇で襲われては敵わない。騎士タッソは後方に伝令を出すと馬車の側面に兵を配置して時を待った。
「拠点は捨てよう、後方にも逸るなと伝えろ、こちらに集合だ」
キャリバンの戦闘シーンが書けて満足しております。
徐々に役者がそろってきました。
次はどうなる? アナはパンチョスを阻止できるのか?
待て次号!




