嵐を呼ぶお姫 第二部 (22)海賊ですから
なんとか情報を持ち帰ったラマンチャ。
果たして反撃の狼煙となるか?
一方、奪われた大天使の卵を追うアナとヴォーティーは大天使の卵を取り戻す事が出来るか?
嵐を呼ぶお姫第二部 第22幕の始まり始まり。
嵐を呼ぶお姫 第二部 (22)海賊ですから
――セバスチャンとキャリバン
セバスチャンは郊外に進路を変更した。斥候からパンチョス撃破の報が届いたからだ。
夜中に移動する不審な馬車を襲撃する。目的地はラマンチャが見張るあの拠点であろう。
「敵の拠点に向かう、キャリバン殿よろしいか?」
「ええ、指揮官不在のうちに叩きましょう」
ラマンチャからの定時連絡が無いのも気がかりだったため、セバスチャンは敵の拠点に向かう事にした。
遠くで明かりがついたように見える。
「一瞬、炎のような物が上がりませんでしたか?」
キャリバンが目を凝らす。夜目が利くのか走りながら遠くを見つめると重心を沈めて走った。地面を蹴らずに走るパロの騎士に伝わる走法だ。疲れにくく重い鎧を着て戦う騎士の技術でもある。
なるほど、パロ出身の騎士であることは間違いないなとセバスチャンは観察した。キャリバンを全面的に信用したわけではないが、誠実さは伝わってくる青年だ、何よりアナ様が信用した人物である。アナの人を見る目についてセバスチャンは一目置いている。ヴォーティー船長が良い例だ。
「あれ、やはりラマンチャ君ですよね?」
セバスチャンも遠目に確認できる。ラマンチャで間違いなさそうだ。
拠点の方向からラマンチャが走ってくる。
追っ手はなさそうだ。
「おお、ラマンチャ、無事だったか?」
セバスチャンはラマンチャを抱きしめると安堵の表情を浮かべる。
見張っているだけという任務だったはずだが手に何か握っている。
「セバスチャンさん、これ!」
へとへとになりながらラマンチャは握りしめた小さな羊皮紙をセバスチャンに差し出す。
「馬鹿もんが、無茶をしおって」
「拠点はもぬけの殻だった、屍のメイドが見張ってて、追ってきたからこれは多分重要なものかとおもう」
怒られるよりも情報をとラマンチャは口早に伝える。
「少し落ち着いて話せラマンチャ君、まずは水を」
キャリバンが腰の水袋を渡す。ラマンチャはそれを受け取ると喉を鳴らして流し込んだ。
「ラマンチャ、お前さんが送ってくれた信号で案山子は欺瞞作戦だと解った、それだけで十分じゃったのに」
「少しでも役に立ちたくて」
セバスチャンの視線に温かみを感じながらラマンチャは
「見張りが追ってきたという事は何か大事な情報を持ち帰ったという事ですね?」
キャリバンは頷くと燃えカスになった屍メイドの傍らに跪いた。
「装備は短剣のみですね、数打ちのもので特に変わったものでは…」
そう言ってセバスチャンに短剣を見せる。
「製造は焦げていて詳しくわからんが、恐らく現地調達じゃな、羊皮紙の方が気になる」
セバスチャンは差し出された羊皮紙を広げるとランタンを取り出して内容を確認した。
羊皮紙には判で押したような意味の解らない紋様がある。セバスチャンはその染料の匂いを嗅ぐと魔術に使う染料ではないと判断した。
「おそらく、符丁だな」
商人が使う仲間への合図だ。これで仲間かどうか見分ける事が出来る。複雑なものではないが同じ記号がある場合味方と認識される。
「でかしたラマンチャ」
「どういうこと?」
「これで普通の商人と敵の輜重部隊と見分けがつくという事ですよラマンチャ君」
キャリバンはラマンチャに感心した様子で答えた。
「ラマンチャ君のお陰で辻斬りの真似をしなくて済みます」
そう言ってキャリバンはラマンチャに携帯食を渡して食べるように勧めた。
このような真夜中に移動する馬車が居れば怪しいのだが間違いが無いに越した事はない。
ラマンチャは少し嬉しそうに笑うと、携帯食と残りの水を飲み干して深呼吸をした。
「なんかコレ、味は微妙だけど疲れが取れる気がするよ」
「タエト南方で生る木の実を乾燥させたものです、行軍中の疲労を軽減します」
キャリバンは腰袋からもう一つ取り出すとラマンチャに渡した。
「さて状況を整理しよう」
パンチョスは怪我をして戦線離脱、街の様子を知らせる斥候からの連絡が途絶えアナ様の様子は解らない、商業ギルドからの情報で少なくとも50人近い兵力が終結する予定だ。
「此奴らが集結しては流石にマズい」
「船長の船もまだ治っていないし」
「せっかく偽の情報でパンチョスに出てきてもらったのだ、危機的ではあるが勝機はある」
セバスチャンの予想はこうだった。スケアクロウとパンチョスは撤退したがこの好機をあきらめる猟師ではない。戦闘で疲弊したヴォーティーとアナ様をこちらに合流させずに作戦を展開する筈だ。斥候の伝達では詳細までは知れないが手傷を負った二人が出来る事は限られている。「指揮」だ。
セバスチャン達が最も恐れているのは装備を整えた機能的な軍隊に取り囲まれる事であり、今まさに戦局は混沌としている。
「いくら賄賂を使おうと関所を通る以上、武装した兵力を一度に通すわけにもゆくまい」
ラマンチャのお陰で、丁符で見方を装い各個撃破出来る。パンチョスが合流するまでになんとかしたい。
「さて、お互いに罠を張っている状態という所か」
当然、パンチョスもそのことは読んでいるだろう。
「ラマンチャ、息が整ったらアナと合流してくれ、現在の状況を伝えてほしい」
「わかった」
「あと、無理はいかんぞ」
「今度は無理しないよ」
「じゃあ行け」
セバスチャンは自分の水袋をラマンチャに渡すと微笑みながらラマンチャの頭に手をやった。
――デイビーデレ市街 アナ一行
「アナ様、これ以上無茶されては」
脂汗を垂らし、痛みをこらえるアナにヴォーティーは担架を持ってこさせる。
「いいえ、大尉。セバスの見立てでは時間との勝負。卿には手傷を負わせたとて、卿に兵力を与えてはなりません」
アナは話すのも苦しいのか呼吸が浅い。
ヴォーティーはせめて担架で移動してほしいと伝えたが「気が張っている状態でなければ」とアナは担架を拒否した。
光の精霊の指し示す方に大天使の卵がある。
「しかし、アナ様、様子が変です、少し冷静になりましょう」
ヴォーティーは蛸の姿から人の姿に切り替わり、辺りを見回す。
端正な顔が状況が思わしくないと歪む。
「どういう事ですか大尉?」
「卵から敵の意図が感じられません、単に逃げ回っているだけの様な」
先ほどから追いかけてはいるが、どこかに向かって逃げている様子が無いとヴォーティーは見解を述べた。
「犬にでも持たせて走り回らせているのか? 逃げるならパンチョスと合流するなり、拠点に逃げ込むなりするでしょう」
ヴォーティーの読みは当たっていた。エドアールは教会にも戻れず、さりとて捕まるわけにもいかずデイビーデレの街中を走り回っていたのだ。アナ達は卵を持ち去ったのがエドアールであると知らない。本来なら教会に逃げ込めれば手出しは難しいのだがパンチョスの言葉に恐怖し、教会は読まれていると思い込んでいる。
「確かにこれは陽動…してやられましたわね」
「おそらくは、しかしまだ巻き返しは可能でしょう」
アナは顎に指をあてて少し考える。
「大天使の卵を陽動にするとは敵ながら大胆不敵です事」
「パンチョス卿と魔術師は手負いです、戦闘には役に立たないでしょう、私なら指揮を執るために戦場を移動します」
ヴォーティーの見立て通りだとするとパンチョスの取捨選択の思い切りの良さアナは唇を噛んだ。
「そうするとセバスチャン達が危ないですわ、大尉」
パンチョスをおびき出すため分散した戦力が仇となる。
アナは精霊たちを鎮めて体に纏わせると深呼吸をしながら状況を整理した。
現在、パンチョスは逃走、卵も市内を迷走。パンチョス達の援軍は夜明け頃までには敵の拠点へ到着の予想だった。
伝達の為に配置した斥候兵が排除されたため、セバスチャン達の動向もラマンチャも、もちろんこちらの状況も連携が取れない。
「厭らしい一手を打ってきますわパンチョス卿。なるほど洒落くさい」
アナはその可愛らしい頬をフンと膨らませる。
そのまま学者から卵を奪っていればアナ達はパンチョスを追う形になり、必然的に挟撃される恐れがある。軍駒遊びの妙手を打たれた気分だった。
アナの脳内に時間にして僅か数秒の間に数パターンの作戦がシミュレートされる。貴重な時間を卵を持つ何者かとの追いかけっこに使ってしまったことが悔やまれるが、後悔を楽しむ時間はない。
ヴォーティーもまたパンチョスの思考を読む。彼もまた優秀な軍人であった。
「ここはパンチョス卿の最も嫌がる事を考えましょう」
ヴォーティーは生えそろわぬ髭を撫でながら口角を上げた。
パンチョスの作戦に惑わされぬよう、シンプルに嫌がることを考えようというのだ。
「そうですわね考えすぎてはパンチョス卿の思うつぼでしょう」
悔しいがパンチョスの戦略は一日の長がある。
「私がパンチョスなら、私たちを街に釘付けにしたい…ですわね、飛び道具のある戦力を合流させては面倒ですから」
「となると是が非でも合流したいですな」
手負いのパンチョスとスケアクロウの二人である、移動速度に問題を抱えている筈だが、時間を無駄にし過ぎた、三手ほど遅い。
「そうですね、私が卿ならまず我々が街を出られないように封鎖します、普通ならこの遅滞行動だけで詰みですが…」
「何か策がありそうですわね大尉」
「まあ実際の戦場は軍駒遊びほど単純ではありませんから」
ヴォーティーは帽子を被り直し、腕のカフスを直すと、屋根の上の石弓魚介兵を呼んだ。
「外壁に配置した斥候からの連絡は?」
「はい、先ほどから通信が途絶えています」
石弓魚介兵は通信用のカンテラを差し出すと首を振った。
ご丁寧に通信を遮断してこちらとの連携を断っている。
セバスチャンの脳に負荷をかけるためだ。
情報を与えず、セバスチャンの判断にアナの安否を確認、救出の選択肢を混ぜる。
「となるとアナ様、街の出口は封鎖されている可能性が高いですな」
ヴォーティーは少し考えると石弓魚介兵に命令した。
「お前たちは街の出口の様子をケンブルに伝えろ、ケンブル、市街の指揮を」
「アイ、サー船長!」
「それと斥候兵の補充だ、良い様に情報を遮断されっぱなしにされるのも面白くない、制圧しろ」
ヴォーティーはてきぱきを指示を与え、口髭を扱いた。
「ロブスは大楯を持って私と来い、アナ様を護衛する」
「アイ、サー船長!」
「アナ様は今度こそ大人しく担架へ、移動時間を短縮します」
ヴォーティーは足の速い二人の魚介兵を呼ぶ。
「そして大尉、どうなさるおつもり? 出口は封鎖されてますわ?」
アナが尋ねると、ヴォーティー船長は口髭をピント整えると嬉しそうに答えた。
「海賊ですから、海から行きましょう」
大天使の卵は陽動であり、遅滞行動であった。
パンチョスの稼いだ時間を挽回すべくアナ達は海へ。
次回 最終決戦の舞台へ?
乞うご期待。




