嵐を呼ぶお姫 第二部 (19)少年も走る
時間との勝負を押し付け合う両陣営。
勝のはアナかパンチョスか、それとも学者か?
(19)少年も走る
――デイビーデレ市外 セバスチャンとキャリバン
「ラマンチャからの信号だ、スケアクロウもアナ様の所か」
セバスチャンはラマンチャに廃墟を探れないか指示を出す。
商業ギルドに潜ませた密偵からの情報では百名ほどの援軍を賄える量の兵糧、物資が動いているが、作戦規模的にブラフも考えられる。
それだけの物資と兵力を動かせばデイビーデレを管轄するイシュタル駐屯兵が黙っていないだろう。しかし、その半数とて戦力差は歴然だ。
こちらはかき集めても戦闘員は二十名を下回る。しかも海兵だ、陸上で戦う装備ではない。重武装の騎士一人でも手に余るというのに、完全武装の兵力が五十以上集まられては打つ手がない。
スケアクロウもパンチョスも市内にいるならこちらは敵の援軍を防ぐ手を打つ。集まられて困るなら集まる前に討つのだ。
指揮官の居ない烏合の衆に先手を打ってガンガン戦う。これがセバスチャンのプランだ。
明け方には援軍が到着し始めるだろうとセバスチャンは予測していた。
理由は今夜のアナ様移送だ。
敵は兵站の準備状況からとても今日には間に合わぬ。
しかし準備が遅れれば後手に回る。
セバスチャンはある意味パンチョスを信用していた。
強行軍で増援を呼んでいるに違いない、それも目立たぬ異様にバラバラにだと。
そう仕向ける為に「こちらの動きをわざと伝えた」のだ、最速で増援を寄越すと予測したセバスチャンは援軍が集団になる前に叩くのだ。援軍が集団組織となりパンチョスという指揮官を得て軍事的に成立するまでが勝負である。
両者の間でグルグルと戦略が変わる。
熾烈な先の読み合いという見えない戦いが水面下で発生していた。
諜報戦だ。
兵站の偽情報、兵力の分散の偽情報、相手の手を誘導する作戦と情報。
セバスチャンは市街に残した斥候役のノッポから情報を得て次の作戦を指示する。
スケアクロウが作った案山子は欺瞞戦術だ。
スケアクロウと屍兵を従えたパンチョスは脅威ではあったがヴォーティーとて歴戦の勇者だ、持ちこたえ、パンチョスらを撃退できればそれでよい。
打ち取る必要は無いのだ。
セバスチャンはパンチョス襲撃の報告を受け、予定通り砦の奪取から作戦を変更、キャリバンを伴って援軍の掃討に向かった。
指揮官のいない、準備も出来ず集まってもいない小武装集団を各個撃破する事は容易い。
ましてや相手は夜通し強行軍で移動してきた疲弊した兵である。小集団に闇討ちをかけるのだ。
――スケアクロウ達の拠点 廃墟 ラマンチャ
ラマンチャはセバスチャンから合図を受け、主不在の廃墟を探索した。
スケアクロウの欺瞞作戦に引っかかってしまったが、それはある意味好都合であった。
アナと船長の戦力を過大評価し、作戦に使える屍兵を引き連れて行ったのだろう、廃墟に残った屍兵は少ない。歩哨に立つ屍兵もただの案山子の様で動くことは無かった。
案の定、作戦に必要なもの以外は置いていってある。
入り口に魔法陣が描かれており侵入者用のトラップだと気が付く。
「一応、物取り対策をしてあるのね」と周りを見渡す。
生活の跡がある廃墟だ。
井戸水をくみ上げるポンプがある。
7年前の戦争が無ければここは何かの拠点だったのだろうか。
スケアクロウ達が利用していた生活区には暖炉があり、まだ炎が上がっている。
ラマンチャは用心深く中を覗くとハッと息を止めた。屍人だ。
屍人は生前女性だった様子で生活区の掃除をし、暖炉に薪をくべている。
ラマンチャは息を殺しながら様子を観察した。
あの女屍人は炎に反応していない。僕たちを襲った時は熱を感知して襲い掛かってきた、おそらく命令次第なんだろうなと推察する。
「オカエリナサマセ、ゴ主人様」
急にこちらを振り向いて女屍人がお辞儀する。
「えっと、喋れるの?」
スタイルの良い女屍人はロングスカートのメイド服を着ている。
スケアクロウの趣味なのだがラマンチャには理解しようがない。
「オカエリナサイマセ、ゴ主人様」
再びお辞儀する屍メイド。
顔色は若干悪いが笑顔は出来ている。
ラマンチャはどうした物かと焦ったが、繰り返すところを見ると単純な命令を与えられているのだと理解する。
「あ、えっとただいま」
「湯アミサレマスカ? オ食事ニサレマスカ? ソレトモ」
それとも何だ? と思ったが試しに荷物を整理したいと申し出てみた。
屍メイドは、かしこまりましたと返事をしてお辞儀すると奥の長持を開いた。
長持には整頓された書籍と羊皮紙、何かに使用するのだろうか、見たことのないガラス製の器がみっちりと入っている。
羊皮紙の一つを手にすると屍メイドが振り返る。
「オマエ、ゴ主人デハナイナ?」
ラマンチャは咄嗟に羊皮紙をひっ掴んで飛び退いた。
屍メイドは手に短剣を持ち、ラマンチャに斬りかかった。
恐らく最初の会話から暗号だったのだろう。
本来は正しい手順とメイドの名前を呼べば解除できるのだがラマンチャは知る由もなく、屍メイドに斬りかかられている。
「うわあ、これ結構マズい!」
屍メイドの切っ先は鋭く、かなりの使い手だ。
ラマンチャはテーブルや椅子、長持など障害物を駆使して逃げ惑うが出口を占拠されて外に出られない。
椅子を盾にと突き出して襲い来る屍メイドを牽制するが、屍メイドの攻撃はすさまじく椅子の脚を簡単に斬り飛ばしてしまう。どんどんと短くなる椅子の脚にラマンチャはテーブルを倒して牽制した。テーブルを回ってくれればその隙に逃げる。
ラマンチャの逃走プランだったが屍メイドはのってこない。
「侵入者を逃がさないよう命令されてるんだね?」
「オマエ、ゴ主人様デハナイナ」
テーブルを挟んで睨みあう。膠着状態はなんの解決にもならない、心理戦も屍には無意味だろう。
ラマンチャは屍兵と戦ったことを思い出した。
「この人、何を目標に襲い掛かってくるのだろう」
スケアクロウの命令は複雑なものではない筈。
「マズいな、ここで立ち往生している時間は無いんだけど」
荷物を守るガーディアン兼メイドなのだから、優先順位がある筈だとラマンチャは考えた。
「オマエ、ゴ主人様デハナイナ」
「ワタシハスケアクロウ」と試しに言ってみるが反応は無い。
「オマエ、ゴ主人様デハナイナ」
「ワタシオマエノゴシュジン、ワカル?」
なぜか片言で話してしまうラマンチャ。
「オチツイテ、メイド、オ名前ハ?」
「オマエ、ゴ主人様デハナイナ」
繰り返す問答にラマンチャは何かキーワードが必要だと悟ったが、わかる筈もなく次の一手を考えた。
「君の優先順位はここを守る事なんだよね?」
「オマエ、ゴ主人様デハナイナ」
ラマンチャはそっと後ろに下がり、長持から書籍を取り出した。
「触ルナ、殺ス」
セリフの変化に、この長持の中身を守る事の優先が高いのだと考えた。
「触ルナ、殺ス」
屍メイドはじりっと体重を移動した、長持に向かって突撃するつもりだ。
それ以上こちらに寄られたら一足で間合いだ。
ラマンチャは試しに手にした書籍をそっと投げてみた。
屍メイドはそれをそっと受け取る。
案の定、大事な書物を傷つけない事が一番の優先順位のようだ。
もう一冊投げてみる。
屍メイドはそれをそっと受け取る。
もう一冊、もう一冊と投げると器用に受け取り両手に抱える。
何かの芸でも仕込まれたかのように両手に抱えた書籍を積み上げていく。
少し外して投げても器用に移動してキャッチする。
「君の使命を利用してごめんね」
もう限界かという所でラマンチャは羊皮紙を掴み、脇をすり抜け出口を目指した。
屍メイドは本の重さとバランスから早く走れない。
「オマエ、ゴ主人様デハナイナ」
後ろに聞こえる恐ろし気な声を背にラマンチャは全力で走った。
屍メイドが屍とは思えない速度で追いかけて来る。
「オマエ、ゴ主人様デハナイナ」
両手に短剣を持ち、腐った口を開けて襲い来る。遮蔽物の無いこの草原で追いつかれたら死だ。綺麗な歯並びの奥からこの世の者とは思えない咆哮を響かせ追ってくる。
「オマエ、殺ス、返セ」
次第に息が上がるラマンチャに対し、屍メイドは俄然元気に走る。短距離走のフォームで走ってくるが、幸い生きた人間よりは足が遅いらしい、しかしラマンチャは無酸素運動を続けるわけにはいかず両者の距離はじりじりと近づく。
「死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ!」
「殺ス殺ス殺ス殺殺殺殺シャアアアアアアア!」
生前は美人だったのだろうが、豊満な胸を揺らし、不穏な言葉を吐きながらガツガツと大地を蹴り迫ってくる。
「うわあああああ、ホントに死んじゃう!」
両手の短剣が闇に煌めく。
ほぼ暗闇の中を、ほのかに光る屍メイドが追いすがってくる。スケアクロウに掛けられた魔法の光なのだろうか、真っ暗闇に浮かぶその姿はスケアクロウの恐怖の魔法より恐ろしかった。むき出しの殺意がラマンチャに迫る。
「とにかくセバスチャンさんにこれを」
少しでも情報を持ち帰らねばとラマンチャは闇を奔った。
「殺殺殺殺シャアアアアアアア!」
「うわああああ」
追いついたメイドの一撃がラマンチャの髪を撫でる。アナ程重症ではないとはいえ、ラマンチャも怪我をしている。背中に負った傷が疼く。パンチョスには不思議と恐怖を感じなかったが、屍メイドの殺気はすさまじかった。全身の毛穴から冷たい汗が噴き出る。
むちゃくちゃに短剣を振るい、髪を振り乱し、口から呪詛のような殺意をまき散らしながら襲いかかる。
「殺殺殺殺シャアアアアアアア!」
心臓が破裂しそうだが、止まったら死ぬ、躊躇しても死ぬ。
「くっそ、セバスチャンさんたちに追いつかなきゃ!」
ラマンチャは走った。
多分一番走ったのがラマンチャですね。
心臓やぶけそう(;'∀')
天使の卵が先か、援軍が先か、セバスチャンが先手を取るか?
何処を先に取るのが有利か混迷の次回に乞うご期待w




