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嵐を呼ぶお姫 第二部 (16)嵐を呼ぶお姫

ついに炸裂、アナ姫様のホーリーパワー。

折れた肋骨、激痛も物ともせずに駆け抜ける。

ヴォーティーの危機を救うアナ姫の電光石火がその刃。

さあ、お見逃しなく。

第二部 16幕 嵐を呼ぶお姫 開幕です。

(16)嵐を呼ぶお姫


「プリンセス! ホーリーパワー―――ッ!」

 胸のペンダントから無数の白い精霊が飛び出しアナの身体を包んだ。今度は黒ではなく白い精霊。触手ではなく優しく身体を包む滑らかなリボンの様だ。

 無数の精霊が伸び、包帯の様に体に巻き付くと折れた肋骨をサポートするように固定した。それらは優しく流動し柔らかな光の鎧となってアナを包んだ。

「ちょっと私怨が入っているから、また黒くさせてしまうかもしれませんね。ごめんなさい」

 ペンダントを優しく包む様に握るとアナはパンチョスを睨んだ。


 パンチョスは自身の脇腹の傷を確認しながら間合いを取る。

 黒の教団特製の回復薬とはいえ銃で撃たれた傷を完全に癒すには量が足りていない。

 前回は不意を打ち、小僧を餌に意識を分割させ反撃される前にダメージを与えたが、アナの剣技には一目を置いている。

 とても少女の振るう太刀筋ではない。

 アナの師、ミフネと同じ歩法、運足、戦術眼、太刀筋と、どれも気が抜けぬ。

 パンチョスはアナのダメージを観察するため間合いを取ったのだ。

「パンチョス卿、貴方への恨みではなく、武人として立ち合いましょう」

「おお、怖い、怖い」

 アナの目は冷静だった。

 ベッドの中で何千回も呪詛の様に「ぶっ殺す」を唱え冷静さを取り戻したのだ。

 パンチョスはアナの表情からダメージ自体は抜けていないと悟る。

 脇腹の痛みは筋肉を収縮させ、剣を振るう動きを阻害する。

 脇腹の肋骨だけではなく念入りにナイフで刺したのだ、通常ではその腰に下がったサーベルを抜くことすら困難だろう。

 しかしアナの目は死んでいない。

 一分も油断せずパンチョスはアナの足元を見た。

 この姫は靴を滑らせるように間合いを詰める。

 もっとも危険なのは歩かずとも間合いに入る東の国の歩法だ。

「痛みで手加減は出来ません、今宵の私、少し乱暴ですわよ」

 パンチョスはアナの足元を注視した。不意に足の力が抜ける。

 来る!

 パンチョスはこの「兆し」にカウンターを合わせロングソードを下から振るった。

 低い姿勢で攻撃を掻い潜るアナの動きに合わせた一撃だ。

「わかっている攻撃ほど、容易い物はありませんわ、パンチョス卿」

 アナはパンチョスの一撃を弾いた。

 パンチョスの視線から兆しを撒き餌にしてカウンターを誘ったのだ。

 踏み込んだ足から生ずる力を膝が捩じり、腰が捩じり、肩が捩じり、肘が捩じり、手首に伝わりパンチョスの繰り出す一撃を大きく弾いた。

 全身の力を伝える技法である。

 アナの動きは一見すると小さく、それほど大きな力で弾かれるとは予想すら出来ない。力を伝える螺旋が手首を介しサーベルに終着する。

 その見えない力を予測できなかったパンチョスは一瞬、思考にノイズが走った。

 続けてアナの左手が素早く魔導銃を引き抜きパンチョスの顔に向ける。

 パンチョスは魔導吸収盾を上げて防御の姿勢。

 一瞬の思考のノイズに反射で応えてしまった後悔の刹那、アナの脚がパンチョスの膝関節を蹴る。

 それは一呼吸での出来事だった。

 歩法からカウンターを誘い、弾く、銃を抜き、膝関節を蹴る。

 パンチョスはなす術の無く崩れた。

 膝の痛み。

 崩れ行く体制。

 見えるはアナの残心。

 左手に魔導銃。

 銃は虚空を指し、放たれる。

 魔導吸収盾が魔導を吸収する。

 崩れ落ちる態勢に膝がいう事を聞かない。

 煙幕のような魔導を吸収する盾。

 視界が塞がれる。

 再び、脱力からの突進。

 刹那の攻防。

 あえて膝をつき盾で前面をカバーする。

 しかしそれは視界を塞ぐこと。

 アナのつま先が視界から消える。

 軋む歯の音。

 横だ。

 パンチョスは痛みに耐え歯を食いしばるアナの歯の音で方向を読んだ。

 盾をすり抜け頭頂部を霞める鋼。

 鎖帷子を通して衝撃が伝わる。

 盾を蹴られ完全に体勢を崩される。

 暴風の様だ。

 ヒーターシールドの型を滑らせるように斜め下から、横、斜め上に斬り上げる。

 雷鳴という型だ。

 遠い昔にミフネが見せた演舞が脳裏をよぎる。

 防御が追いつかぬ。

 隙を見せれば一気に叩きこむ。

 なんと見事な。

 パンチョスはアナの太刀筋に見惚れた。

 妖精銀を編み込んだ鎖帷子に守られているが斬撃の衝撃が突き抜ける。

 パンチョスはたまらず後転して距離を取った。

 いや取らされた。

 後転する背中に魔導銃。

 流石の魔導吸収盾も範囲外だ。

 背中をハンマーで殴られたような痛みが襲う。

 一回転した直後、顔に靴底が襲い掛かった。

 起き上がる手前での一撃だ、立ち上がることもさせてもらえず再び盾で防御する。

 ヒュッという風切り音。

 其れはアナが大上段に構えた音だった。

 盾の上から刃の先が見えた刹那、刃はパンチョスの右小手を襲っていた。

 小娘の一撃とはいえ鋼の塊が手首の関節を襲うのだ、鎖帷子に当たる擦れた金属音と共に骨が砕ける嫌な感触がした。

 握力を伝える腱が仕事をしない。

 パンチョスは騎士の魂であるロングソードを生涯で初めて取り落とした。

 小手を砕いたアナの刃はそのまま喉をつく。

 鎖帷子に守られ、刃は喉を貫かなかったが、喉を潰し呼吸を阻害し、苦しさで悶えるダメージは与えられる。

 パンチョスは折れた右手で喉を抑えのたうち回った。

「少しやり過ぎましたわ」

 流れる様に腰に刀を戻すと、アナはその場を魚介水兵達に任せロブスの援護に向かった。


 痛い、痛いなんてもんじゃない。

 特にパンチョス卿の刃を弾いた際に全身を捩じった。

「確実に折れましたわね」

 脂汗を流しながらアナが歯を食いしばる。

「アナ様、無茶をされては…」

 サーベルを拾ったヴォーティーがアナと共に走る。

「これぐらいの痛みでへこたれては居られませんわ」

 そう言うと大楯を持つロブスの横をすり抜け、屍兵を切り飛ばす。

 小手を削ぎ、首を薙ぐ。

 ヴォーティーと共に瞬く間に3体の屍兵を戦闘不能にする。

「これで数の有利は消えました、残りは任せますわ大尉」

 口早に言い残すと、アナは闇に消えた。


 ズガン!という音と共に扉が蹴破られる。

「お仕置きの時間ですわスケアクロウのおじ様」

 額に脂汗を浮かべ、少し残忍な表情のお姫様が借金取りのごろつき以上のガラの悪さで戸口に立つ。

「ひっ!」

 と短い悲鳴を上げるスケアクロウ。

「どうしてここが?」

 屍兵をコントロールするため潜んでいた廃屋がバレた。

 何故なんだ?どうして?と困惑するスケアクロウに対し、アナは微笑んで言った。 

「痛みで手加減している余裕はありませんの、ごめんあそばせ」


 アナは刃を返すと峰でスケアクロウを討った。

 額の魔法陣、右手の魔法陣、そして左手。

 魔法詠唱を阻害する喉突き。

 そして蹴り。

 椅子に座ったままひっくり返り戦闘不能だ。

「屍兵さん、下げて下さる?」

「はひ」

 スケアクロウは心の底から降伏するしかなかった。


アナ姫のピンチばかり書いてたので作者自身もフラストレーションでした。

はあスッキリw

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― 新着の感想 ―
[良い点] ひゅう。一手づつに相手を追い詰める知的な詰将棋のようでもあり、しかしてその体術は獰猛であり。素晴らしいバトルでした。
[良い点] アナ姫、なんて優雅な戦い方。 一歩、ひと太刀、どれを取っても見惚れてしまいました。 小説なのに、見惚れる。素晴らしい描写力に感服です。 それにしても、アナ姫の精神力……。とても少女とは思え…
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