嵐を呼ぶお姫 第二部(7)黒の教団
閑話休題回です。
今回はスケアクロウの身の上話と所属する団体の話です。
(7)黒の教団
黒の教団というのは俗称だ。
聖騎士王の末裔たちが信じる正教会に仇なす狂信者集団と言われているが、その実、魔導の研究機関でもある。
ラファロック王家の時代に理力の塔を焼かれ、弾圧された魔術師の生き残りが母体になっている。野蛮な騎士が魔導の英知を焚書し、生き残った魔導士を駆逐した。
僅かに残った魔導書を元に魔導を復活させたのが黒の教団と呼ばれるその組織だ。
とりわけタカ派であった騎士王モスク、ロミニアの地では魔女狩り、魔術師狩りが横行し、先人の英知は失われた。
わずかに残った文献は簡単な生活魔術で、魔法陣を主とする技術体系だった。
井戸の水を飲める水に、食物の腐敗を抑える様に、作物の病気を抑止する魔法陣などなど。
これらは人々の暮らしに欠かせないものであった。
必要悪として許可された生活魔法の技術はやがて正教会にて独占され、魔女と呼ばれた存在は正教会の僧侶にとって代わられた。
今でこそ、国家を上げて魔導の研究をしているが、聖騎士王の時代では魔導は禁忌とされた。
黒の教団という俗称も黒魔術を研究する危険な狂信者と正教会が断じたからである。
黒の教団が正教会と対立するのは当然と言えよう。
スケアクロウの属する派閥は過激思想の集団であり、こちらは狂信者の集団と言われても間違いではない。
その集団が正教会を襲撃し、禁書とされた魔導書を奪い返した過去がある。
僧兵たちを魔導で皆殺しにし、モスク正教会の蔵書を盗み出した。
盗み出したというのは語弊がある、奪い返したのだ。
――デイビーデレ郊外 廃墟
さっさと退却したパンチョスは郊外の拠点でスケアクロウと共に焚火を囲んでいた。
屋根の抜けた廃墟にてわずかに残った屋根部分で雨風をしのぐ。
スケアクロウは陶器の鍋を魔導で生成して湯を沸かすと乾燥させたスープの素を中に放り込む。レシピはタエト軍の兵糧である。ついでにパンチョスが射た兎も入れる。
「いやあ、失敗したな案山子の」
パンチョスは口をひん曲げて目を輝かす。微塵にも後悔している様子はない。
「とっとと攫って逃げていたらこんな事には…」
スケアクロウは未練たらたらの様子だ。
そもそも失敗したのは自分が原因なので深く追及できない。
「なに、今回は顔見せだと思えばいい、あの姫さんとも長い付き合いになりそうだ」
雇われ剣士にも関わらず、リーダーシップはパンチョスにあるようだ。
パンチョス自身も、教団に与しているものの、姫については単独奪取が望ましい。
教団はドルシアーナ姫につながる魔導器や天使の卵とやらが目的だろうと踏んでいる。
その辺に関してはパンチョス自身、全く興味が無い事であったが情報としては握っておく必要がある。扱いやすいスケアクロウを助けたのもそのためだ。
「私はあの方から姫を連れてくるように仰せつかっているのだ、そのような呑気な事は言っていられぬ」
まあ、そうだろうなと思いつつも、給金の良いアルバイトをお役御免になるのも頂けない。
アナさえ手に入れば俺は用無しだろう? とパンチョスは内心で嗤う。
まあ、騎士と魔術師は相性が良い。
騎士の防御力で魔術師を守ればあのパロの騎士のような化け物級でも対処できる。
スケアクロウが教団に重宝されるのも魔術師を守る屍兵を生み出せるからだ。
「それにしても私の首を撥ねようとは、どういう事だ? パンチョス殿」
「わからんか? あの一撃、アナ姫が庇うと踏んでいた、もちろん庇わなければ…まあ途中で剣を止める予定だ、だから心配ない」パンチョスはしれっと嘘をついた。
いや、止めなければ殺していただろう? とスケアクロウは出かかったセリフを飲み込む。
「あの姫様には殺しは出来ぬよ、たとえそれが敵でもな。 それを証拠に魔導銃とかいうのでお前さんを吹き飛ばさなかっただろう?」
「まあ、そうだが…」
「あの一撃でアナ姫はこちらの間合いに入ってくれた、あの少年との距離も開いて、姫は両方に意識を分断されたのだ、いくらあの姫様でも、意識を分断されて、自分の間合いを外されては苦戦もするだろうよ、まあ兵法というヤツだ」
パンチョスは薪をくべながら白い歯を見せて笑った。
「結構、楽勝だったように見えるが?」
「あの姫と正面から、しかも何の策もなくやり合うのは結構骨だぜ? 自分でも苦戦しただろ?」
「まあそうであるが…」
スケアクロウは嵐の様な姫の剣風を思い出して身震いした。
屍兵は屍とはいえ訓練されたイシュタル兵の新鮮な死体を使っている、強兵で知れたイシュタル兵をああも簡単に薙ぎ払うとは、正直思っていなかった。
しかも恐怖の呪いで動きを鈍くさせていたのにも関わらずだ。
「あの姫様、こっちの体重移動と呼吸を読んで来るんだぜ? あと運足が不思議だ、後から動き始めて居るというのに一手速い」
パンチョスは目を見開いて楽しそうに語る。
「港でヴォーティーガン大尉との戦いを見ていただろう? ありゃ小娘の到達できる域とは思えん、姫様の師ミフネに迫る実力だ」
「サムライマスターミフネか、東の国から来た剣客ですな? なんでもタエト騎士数名が実力試しで返り討ちになったとか」
スケアクロウの子供の頃、吟遊詩人から伝え聞いた。
「御前試合か、ワシも若かった」
「パンチョス殿があの話の…」
「盛大に負けた側な」
パンチョスは渋い顔をして顎鬚を撫でた。
「まさか公が失踪した後、姫様に剣術を教えているとは思わなかったが…生きていればもう一度手合わせしたいものだ」
あの姫を手玉に取ったのは、若かりし頃の経験からだということか。
スケアクロウは子供の頃に夢中になったあの詩人の紡ぐ物語を思い浮かべながら鍋をかき混ぜ、味を見る。
塩気が欲しいか? と塩を足した。
「まさかパンチョス殿がなあ…そうそう、鍋が煮えて来ましたぞパンチョス殿」
スケアクロウは柄杓でスープを掬うと自分の椀に盛る。
「おいおい、案山子の! 肉ばかり取り過ぎだぞ? 菜食主義者みたいな顔でよくもまあ」
「屍扱うのって結構体力つかうんですよ、あと頭も」
そういってスープに浮かぶ脂も掬う。
スケアクロウの貧弱な体によくもまあ入るもんだという位に食べっぷりが良い。
黒パンをちぎってスープの油を吸わせてバクバク食べる。
元は野戦携帯食だが海産物の干物から出汁が出ていて味が良い。
パンチョスが獲ってきた兎の肉も入って精が付く味だった。
パンチョスも負けじと肉を盛りガブリと食らいつく。
ウサギの後ろ脚の肉だ、骨の周りがまた美味い。
「おお、こりゃ旨い!」
パンチョスは食材袋から白いパンを出した。
「案山子のは料理が上手いな、どれとっておきの白パンだぞ?」
パンチョスの持つ食料袋には鮮度を保つ呪いがしてある。生活魔術の魔法陣が白パンを焼きたてに近い状態で保存してあった。
「このパン、上モノじゃないですかパンチョス殿、一番粉使ってますね?」
「わかるか案山子の」
固く焼しめたライ麦の黒パンと違ってふんわりと柔らかく、バターの香りがする。
貴族でないと口に入らない上物だ。
「貴族の晩餐会に呼ばれない限り食べられない代物ですな」
スケアクロウは分けてもらった白パンを大事に噛みしめた。
「うまああい、本当にこのパン旨いですな」
「そうだろう?」
ナイフで切らずとも手で割ける柔らかさに舌鼓をうつ。
「お、そうだ」と保存袋からチーズも出す。
「こいつはアドリア山羊のヤツでな」
火にあぶってとろりとさせたところをパンに乗せる。
絶対に旨い奴だ。
廃墟の井戸で冷やした安ワインも開けてちょっとした宴会だ。
酔いが少し回ったところで身の上話になる。
「そういえば案山子の、お前さんは何故、屍人使いに?」
木のゴブレットに安ワインを注ぐ。
この辺りの山辺は火山灰の地層で水はけがよく、また海に近いため旨いブドウが獲れる。
安ワインとて馬鹿にできない旨さだった。
「このワイン…スモーキーで味わい深い…ええと失敬、私の話でしたね」
安ワインにすっかり酔いながらスケアクロウは身の上を語った。
スケアクロウは元々、パロの王立魔導院というエリートだった。
魔術が廃れてしまったこの世界で、魔術の研究を重ねていくうちに必ずぶち当たる壁がある。聖騎士王の焚書である。
このため魔術は千年後退したと言われている。
この焚書前の記述のある書物が希少すぎるのと、また飛び飛びに研究資料が残されているため、研究者はこの壁にぶち当たると試行錯誤しながら数十億通りある魔導の組み合わせと数式に悩まされるのだ。
研究者の間では「聖騎士王ライン」と言われている。
過去、解けていた筈の失われた定理を使用した芸術とも言われる大魔術は数式を解けるものでしか扱えない。
読み解ける教本が無い今は、自力でその定理を解かなければならないのだ。
三百年近く謎の数式すらある。魔術師たちが聖騎士王たちを「蛮族」と陰で呼ぶのも頷ける。近年ようやく魔術が日の目を浴びてきたのはひとえに戦に役立つからである。
騎士王の子孫が研究を始めるのは全く以って都合のいい話であるが、騎士と魔術師の間には未だに深い溝がある。
「そう言う訳で、研究に行き詰まっている時に、聖者メビウスの外典を目にする機会があったんですよ」
長い長い語りを聴くのに疲れていたパンチョスはその単語で目を覚ました。
「メビウスの外典とな…」
聖者メビウスの記した書物には「聖典」と呼ばれる神の教えや逸話を書いたものの他に、外典と呼ばれる神の奇跡や秘法などが記されているという。
現在では正教会によって魔術は蔑まれているため、聖者メビウス自らが書き記した外典は門外不出で、その秘法は正教会が独占しているという噂だ。
「ええ、私は敬虔な正教会信徒でしたので、書庫の清掃を任されていたのですよ」
パンチョスは身を乗り出した。
「それで、外典を?」
「本来は私のような下っ端に、禁書のある奥の部屋は立ち入る事すら出来ないのですが、その日は鍵が開いていたのですよ」
スケアクロウによると、外典は外部閲覧禁止の書物で、一般人の信徒には触れる事も許されていないとかだそうだ。
「私は見てしまったのです、外典に書かれたものの正体を」
スケアクロウはゴブレットの中身をぐいと飲み干した。
「なんなんだそれは?」
「神の奇跡と魔術とは…」
そう言い残すと、スケアクロウは深い眠りに落ちた。
「肝心なところで寝よる…姫と魔導との関係を聞きたかったのだが…ふむ」
パンチョスは喋らせるために呑ませ過ぎたと後悔したが、すぐに「まあ、チャンスはまたある」と焚火を見つめた。
悪役書くのが好きなので、とても楽しく書けました。
続きは近いうちに投下しますね。




