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雪華散りゆき夜叉となりて…  作者: フランスパン
第二部 京都編 新選組
18/74

一七話 攘夷を志す者達

 それから四月が経った。

 雪は亀山社中で時折龍馬の手伝いをしながら、長崎での生活を送っていた。

 龍馬は、長崎や薩摩、そして長州などあちこちに行っているのでなかなか会えないが、それでも彼と共に過ごす日々は、雪にとってこの上無い生き甲斐なっていた。

 そんな折、龍馬が下関に共に行こうと雪を誘ってくれたのだ。

 すぐにアルの許可を貰って、ユニオン号(桜島丸)で龍馬と共に長崎を出た。

「アル……心配してないかな」

 仕事が合ったアルを置いて来たのだけは心残りだったが、龍馬のやろうとしている事をもっと近くで見てみたかったし、長州にも行ってみたかった。

「おう雪、あれが下関ぜよ」

 九州や唐、朝鮮といった国々の玄関口として栄えた下関、その港は本当に大きく雪も初めて見るその光景に眼を奪われた。

 このユニオン号にはアルやグラバー氏が売った銃が積んである。まさか薩摩藩所有のこの船が、長州へ武器を売っているなど誰も思わないだろう。

 だがもしもこの事が幕府側にばれれば、当然謀反を企てたとして捕まってしまう。

 今坂本龍馬は実に難しい綱渡りを強いられているのだ。

「雪、おまんに紹介したい男達がおる、一緒に行くぜよ」

 龍馬についてユニオン号を降りて下関の街を歩いた。洋服に白い短髪、仮面に日本刀というおかしな格好なせいで随分目立ってしまい、周囲の視線がこちらを向いているのが良く分かった。そんな時だった、一人の男が声を掛けて来た。

「坂本殿、こっちじゃ!」

 龍馬を呼ぶ男は龍馬より幾分か歳が若い様に思える、しかし歳などどうでもいいと思わせるぐらいの印象が男にはあった。髪がまるで西洋人の様に短く、あれでは髷が結えないだろう。自分と同じぐらい変な男だった。

「谷さん、元気そうじゃな」

 龍馬は谷と呼ばれた男と幾分か雑談をすると、思い出した様に雪を紹介した。

「これはわしの連れの雪じゃ、見てくれは西洋人じゃが、こじゃん強い意志をもった日本の志士ぜよ」

「そうか、わしは谷潜蔵(たにしんぞう)と名のうておる、雪殿よろしく」

「(この男今は変名を名のうておるが、本当の名は高杉晋作(たかすぎしんさく)ぜよ)」

 高杉晋作、そう言えば龍馬の口から何度か聞いて事ある男だ。なんでも友人らしく物すごく変な男だと聞いている。

「小さいが宴の席を設けとる、雪殿もぜひ一緒に」

 


 小さいけれどなかなか雰囲気のいい宿だった。

 そこには程よく食べ頃になった軍鶏鍋があった。軍鶏好きの龍馬は目の前の好物見ながら酷く苛々していた。それは、高杉の隣の席が空白であるからなのだろう。

「まだ来んのかぁ、はよう食わねば肉が固くなる」

「そう苛々なさるな、もうすぐ来る」

 高杉に宥められてどうにか箸を付けるのを我慢していた龍馬だったが、軍鶏の良い香りで限界が来てしまったのか、とうとう肉を一つ取った。

「もう我慢出来ん、さきに食うぜよ!」

 そう言って軍鶏を口にしようとした時だった、襖が開いて人がやって来た。

「坂本殿、先に軍鶏を食べるなど、あんたは本当に子供のような人じゃな」

「げげっ、もう来よったか桂さん」

 その名を聞いて浮かんだのは、長州藩士の桂小五郎(かつらこごろう)だ。

 まさかと思っていたが、アルの銃を買っている客なのだ、そして何より尊王攘夷を掲げる攘夷志士達だ。

 雪は自分が今、日本を変えようとしている者たちの中に身を置いているのだと、改めて実感出来た。

 しばらく皆軍鶏をつまみながら雑談をしていたが、龍馬がふと箸を置いて真剣な面持ちで話し始めた。

「二人に会ったのは他でもない、わしはそろそろ長州と薩摩を動かす時だとおもっとる」

 それを聞いて、桂が苦い顔をした。銚子を置いてその話に耳を傾ける。

「今の長州が幕府に勝てんのは、桂さんあんたも承知のことじゃと思う、薩摩は長州とおんなじ思いじゃ、志が同じもんが別々に戦うなんて勝てる戦も勝てなくなるぜよ」

「……分かっちょる、分かっちょるんじゃ」

 桂と龍馬が政治的な話をしているのは雪でも分かる、しかしそんな大切な話し合いの中高杉は一人部屋から出て行った。

(……どうしたんだろう)

 二人の話し合いはあまり進みそうもないし、此処に自分が居ても何の役には立てないだろうと思い、雪は高杉の後を追った。

「……おう、雪殿も来たか」

 新月で星が綺麗に見えた。雪も彼が見ている星を見てみる。

「君も政には興味がないのかい? わしゃああいうのはとことん向かん性質じゃ」

「……私は、龍馬の手助けをしたいだけです、自分で政治をしようなんて考えていません」

 それを聞くと高杉は微笑んだ。戦いにはとても長けていると龍馬が言っていたが、彼は政治には興味がない様だ。

 それにしても本当に綺麗な星空だった、雪は食い入るように見ていたのだが、

「コホッコホッ、ゴホッ」

 突然高杉が咳き込んでしまった。かなり酷い様でうずくまってしまった。雪は慌てて彼の背中をさすってやる。

「大丈夫……あっ」

 雪は見てしまった、口を抑えた手にわずかながら血が付いているのを――。

「……高杉さん、貴方」

「……見られてしもうたな、なあにまだそうと決まった訳じゃなか、ただの風邪じゃよ」

 そう笑って言う彼だが、なんとなく自身で気が付いている様に雪には見えた。

 もしも労咳(ろうがい)だったら治る事は無い。こんなにこの国に必要な人が、病に冒されているなど納得出来なかった。だが雪には労咳を治す事は出来ない。

 ただどんな言葉を掛ければ良いのか分からず、俯いていると高杉は雪の頭を撫でた。

「心配してくれるのか、雪殿はやさしい人じゃのお」

「……高杉さん」

「なあにわしは死なんよ、坂本龍馬という男がこん国を変えて見せるまでな」

 高杉も見てみたいのだろう、龍馬が変える日本の姿を、雪だってそれは同じ気持ちだった。彼と自分は同じものを目指しているのだろう。

「私も見てみたい、あの人が造る国を……」

 そう言って二人は並んで星を見た。新しい日本の姿を思い浮かべながら――。


***


 一二月 長崎。

 下関から戻って来た雪はもうすっかり冬になった長崎の街を見ていた。

 桂と高杉との出会いは、少なからず雪に影響を与えた。

 龍馬は長州と薩摩の間で同盟を結ばせようとしているのだ、幕府は今薩摩の力を得てようやく長州を圧倒出来ている。もしも薩摩が長州側に付けば圧倒されるのは幕府のほうだ。

(薩摩と長州と幕府の力は、八、八、一〇と言った所……龍馬がやろうとしている事が本当になされれば、幕府は間違えなく倒れる……そして西洋式の新しい政治の制度が出来る、それで女性を平等に扱わせる法律を作る事だって出来るはず、龍馬なら……きっとやれる)

 今の幕府の状態を考えて雪なりに推測を立ててみた。

 いつか必ず成し遂げる未来の為に、雪はいてもたってもいられなくなり、庭で素振りの稽古を始めた。

『ユキ、何をしているのかと思えば、また稽古ですか……』

『アルお帰り、うん龍馬の為にも強くならないとね』

 その言葉を聞いてアルは少し嫌な顔をしていた。だが雪はそれに気がつかずまた素振りを始めた。

『ユキ、貴方に贈り物が来てるよ』

『龍馬からかな……谷潜蔵! 高杉さんからだ』

 雪は慌てて箱を開けてみる。三月ぶりの便りも嬉しかったが一体何をわざわざ送ってくれたのだろう。もしかして銘菓かもしれないと楽しみにしていると――。


 それは短銃だった。


 龍馬やアルが持っているのは見た事があったが、こうやってまじまじと見るのは初めてだった。中身を見るとアルも驚いた様だった。

『これは坂本さんが持っているものと同じ、S&WモデルⅡアーミー 三三口径六連発、わざわざ我が国の銃を送るなんて』

 一緒に同封されていた手紙を開けると、前の宴会の時はとても楽しかった旨と友好の証としてこれを送ってくれた旨が書かれていた。

 自分が喜ぶと思って龍馬に送った物と同じものを送ってくれたのだろう。

 手に取ってみると意外にも重かったが扱えない訳ではない、何度か撃つ構えをしてみると徐々に手になじんで来た。

『アル銃の使い方を教えて、これがあればもっと龍馬の役に立てるよ!』

 嬉しそうに言う雪にアルは何も言えなかった。ただ乗り気ではなくしぶしぶ雪に扱い方を教え始めた。

『ユキ、これを使うのは本当に危ない時だけにするんだよ、むやみに撃つのは良くない』

『でも、アルは何時も刀で戦うなんて時代遅れだって言ってるよ』

『それはそうなんだけど……ユキ、僕は君に――――』

「雪殿はおられるか!」

 アルの言葉を遮る様に、龍馬の親友の中岡慎太郎が入って来た。

「龍馬さんからの伝言じゃ、いよいよ長州の桂小五郎と薩摩の西郷隆盛(さいごうたかもり)を引き合わせるそうじゃ、我らが悲願かなうのももうすぐぜよ!」

 流石龍馬だ、もう薩長を結び付ける手筈をしていたとは、話によると京都で桂と西郷は会談するそうだ。もちろん龍馬もそこに行くのだろう。

『アル、話はまた今度にして、すぐに下関に行く!』

 雪はアルが止めるのも聞かずに、短銃と村正を持って港へと走った。

 


 船に乗り込み、長州へと向かった。

 残念な事に龍馬はまだ下関に着いていなかったが、代わりに桂と再会した。

 彼は海路ではなく陸路で京を目指すと言う事なので、雪は彼と共に京を目指し、京都で龍馬と落ち合う事を決めた。

「桂さん、私が京まで護衛致します」

「こりゃたのもしいのぉ」

 桂はそう笑って言った。彼はとても剣が達者だと聞いたが争いは好まず常に逃げに転ずる故に、『逃げの小太郎』と言われてもいる。しかし彼の眼には今、逃げの姿勢など一欠けらも見えない、きっと全力で会談に臨もうとしているのだ。

 京都に着いたのは年が明けた一月八日の事だった。

「お主が、桂小五郎か」

 桂と雪に緊張が走った。

 随分恰幅の良い大男で、立派な刀を指してその後ろに居る者共とは違うと言うのが一目で分かった。

(……この男が、西郷隆盛)

 雪の緊張を知ってか知らずか、西郷は雪が視界に入ると随分嫌そうな顔をしていた。なにか粗相でもしかと考えてみるが、思いつきはしない。

(……龍馬がいない)

 てっきり薩摩藩邸に居ると思った龍馬の姿が無かった。

 せっかく両者がそろったと言うのに、なぜ肝心の仲介が来ていないのか、不安が押し寄せて来た、このままで果たして同盟は成り立つのだろうか。

(龍馬……どこに居るんだよ)




●●用語解説●●

 下関――現在の山口県、本州最南端の都市。ふぐが美味い。

 亀山社中――海援隊の前身であり、日本で最初の商社。意外と赤字続きだったらしい。

 労咳――結核の事、実は感染症だったりする。

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