一三話 島原へ
慶応三年(一八六七年) 一月。
すっかり季節も移り変わり、今年は一段と寒い冬がやって来た。
餅を食べて、朝から晩まで酒を飲んだ正月も終わり、京の街は何時も通りに戻っていた。
そんな中、龍久は京の街を一人で歩いていた。
「すまないが、最近白髪の異人を見なかったか?」
宿屋を数件廻ってはその様に問うてみるが、どれも返事は期待した物ではなかった。
あの制札事件以来、龍久は宿屋や酒場を廻ってはあの少年の事を聞き回っていた。巡察の時も、眼を凝らしているのだがあれ以来見る事はなかった。
一体何者だったのだろうか、いやそれ以前に――。
(ユキ……あの少年はそう呼ばれていた)
もしかしたら異国の言葉で違う意味があるのかもしれないが、龍久にはどうしても他の『ユキ』を思いつく事は出来なかった。
だからどうしても気になって、あの少年を探し続けていた。
「なあ龍久、本当にあの異人達は京都に居るのか?」
今日は同じく非番だった平助もついて来ていた。と言っても当人は団子を食べて付いて来ているだけなのだった。
「分からない、分からないけど……気になるんだ」
「なあ、どうしてそんなにこだわるんだ? もう四月も探してるじゃないか、お前取り逃がしたのがそんなに悔しかったのか?」
平助には何も言っていなかった。だが、彼にならもうそろそろ理由を話しても良い様な気がした。
「……あの異人は『ユキ』って呼ばれてたんだ、俺の生涯でたった一人愛した女の名前と同じだったんだ、だから他人の様な気がしなくてさ……だから探してる」
女々しい理由だと思われただろうか、だが平助はほんの少し口元を綻ばせて笑っている。
「龍久、お前に好きな女なんていたんだな、てっきりお前は女に興味が無いんじゃないかと思ってたぜ……」
「ちげーよ……ただ、その子に俺は酷い事をしちまったんだ、だからもうその子以外を好きになる事も愛する事もない、それが俺の罪滅ぼしだ」
あの雪の日にそう誓ってから、もう三年も経った。
いつの間にかもう二〇になっていた事を思い出し、もう一八になっているであろう少女の事を思う。
「ふ~~ん、でも勿体ねぇよなお前良い奴だし結構モテるんじゃねぇの?」
そんな事を美少年の平助に言われた所で、まったくもって嬉しくないのである。
「そうそう、龍久君は凡人なんだからそんな事言ったら可哀そうだぜ」
聞き覚えのある声がすると思って振り返ると、葛葉が当たり前の様に立っていた。
「お前、この間の餅すごく旨かったぜ、ありがとな」
正月に餅を持って来て、皆とどんちゃん騒ぎを起こして土方さんを怒らせたのだが、当人はいつの間にか消えていて、そのとばっちりを受けた龍久だった。
「龍久君、そんな事言って本当は男の人に興味があるんじゃないのかい? このゲイめ」
「馬鹿野郎、男になんて興味あるか! てっ平助そんな顔するんじゃねぇ!」
若干引き気味の平助に向かってそう言うと、咳払いをして本題に移る。
「葛葉お前、今度は何の用なんだよ」
「今日の夜一緒に島原へ行こうと思ってな」
島原というのは、吉原と同じ様な物であまり気が進まない。
「お前、俺はいかねぇぞそんな所」
「ああん、龍久のいけずぅ」
手足に絡みついて、葛葉は一向に離れようとはしなかった。それが気持ち悪いのなんの、龍久は思わず武士らしからぬ悲鳴を上げた。
「止めろ馬鹿! ええい離れろぉ」
「一緒に島原に行ってくれるまで死んでも離さないぜ!」
がっちりとしがみついた葛葉は本当に離れなかった。その光景を見ていた平助は呆れて笑っていた。
龍久が葛葉の要求を呑むのに、そう時間はかからなかったのだった――。
島原。
吉原とは違って、何処か高貴な印象を受けたのが龍久の感想だった。
江戸の吉原にはない自由な空気も此処にはあって、随分居心地が良かった。
結局龍久は葛葉に連れられるがまま、外出届を出して島原へとやって来た訳なのだが、女遊びなどする訳にはいかない、ただ酒と料理を楽しむだけにしようと心に誓っていた。
「おうおう可哀そうに、お前のソレは飾りか?」
「指を指すんじゃねぇ指を! てか、お前がこんな所に誘うなんて珍しいよな」
良く考えると、三条大橋の一件の時も葛葉に誘われてあの場所に行ったのだ。前々から葛葉は何処か普通の人間とは違うと思っていたのだが、まだ本人の口から詳しく聞いた事はなかった、彼が一体何者で、目的がなんなのかを――。
「平助もくればよかったのに」
「しょうがねぇだろう、仕事があるってんだからよ、さあ此処だぜ龍久」
随分高そうな店だった。今日は大した持ち合わせが無いので、もっと安い店が良かったのだが、葛葉は気にせずに店の中へと入って行った。
「おい、大丈夫なのかよ、此処結構するだろう?」
「良いんだよ龍久、お前はそんな事気にしないでよ」
おごってくれるのかと思ったが、葛葉はなぜか案内された部屋ではなく、別の方向へと足を進めた。
「えっおい、どこ行くんだよ」
「良いから龍久、しっかり俺について来いよ」
店の者に引き留められながら、葛葉はただ進んで行った。そうして一つの部屋の前でとまると、視線をこちらにやった。
「龍久、今から起こる事全て記憶しておけよ、そうすればそれがお前の何よりの償いにもなる」
「何言ってんだよ……葛葉」
葛葉はそれ以上答えはしなかった。代わりに葛葉は、部屋の襖を開けた――。
その部屋にはあの、異人がいた。
金髪に碧眼、あの時見た異人の男で間違え無かった。
その隣には三〇ほどの男がいて、そちらは日本人の様だった。
「なっ……なんで」
なぜ異人が島原に居るのか、その男は誰なのか、あの少年はどこに居るのか、様々な疑問が頭をよぎって、龍久の頭の中を滅茶苦茶にした。
言葉が出ない龍久の代りに、葛葉が口を開いた。
「お銚子二本、此処に宜しくな、主人」




