第1章:ソル・スプリングは恋した相手に恋される(7)
周囲を見渡す。あたりはすっかりひどいありさまになっていた。
道の舗装は砕け散り、あちこちアスファルトの下の砂利が見えている。
しかし、ひどいといえばそこまでで、ソル・スプリングがラパスを撃退したからか、ニワトリにされていた男子生徒たちは人の姿を取り戻し、折り重なって倒れている。単に気を失っているだけで、そのうち目覚めるだろう。
それよりも、気にかかる人物がいる。ソル・スプリングは克己のもとへ駆け寄り、「克己!」と呼びかけた。
「待てぃ、千春! いや、ソル・スプリング!」
そこにタマの制止が入る。ポメラニアンはきりっとした(と思われる)表情で先を続けた。
「今のお前は普段の姿ではない! 克己を困らせるであろう! ソル・スプリングの正体は、まだ誰にも知られぬほうが良い、退くぞ!」
タマの言うことには一理ある。男子の千春が、いきなり魔法少女になって、この世のものとは思えない相手を撃退した。それが知られたら、この佐名和町に、大きな混乱が降って湧くに違いない。
克己が目を覚ますのを見届けたい、後ろ髪を引かれる思いはある。だが、すぐにこの場を去るのが得策と判断して、ソル・スプリングはゆっくりと立ち上がり、克己をじっと見下ろしたあと、視線を引きはがして地面を蹴る。ただそれだけの所作で、体は羽根がついたかのように軽く浮き上がり、大きく跳躍してゆく。
「ひとまず、家に帰るぞ!」
タマの声にうなずき、ソル・スプリングは人に見られぬ道を選んで、家路を急いだ。
『克己!』
千春に呼びかけられた気がして、克己の意識は、闇の底から現実に返ってきた。
いや、これは現実なのだろうか。ぼんやりとした世界の中で、少年は考える。
ピンク色の長い髪を結って、愛らしいドレスをまとった見知らぬ少女が、今にも泣き出しそうな顔で自分を見下ろしている。いや、見知らぬ、ではない。
あまりにもよく似ている。大事な幼なじみに。
――千春。
その名を呼んで手をのばしたつもりだったが、完全に、つもり、だったらしい。手は届かず、少女は切なげな金色の瞳をそらして、地を蹴り、夕陽の向こうへ消えてゆく。
彼女が、助けてくれたのだ。
それを悟ると、克己の胸の中に、じんわりとした熱が火をともすのであった。




