エピローグ
フリーマンの大群による佐名和襲撃事件は、その日の夜中に静かに終息した。
しかし、『リベルタ機関』の情報操作力をもってしても、もはや人々の記憶から、人間ではないものたちの存在を消すことはかなわない。
『機関』の緊急会議でも、夜中じゅう相当もめたようだが、次の朝には、佐名和町の全住民に、『自在なるもの』の情報が開示された。
そして、フリーマンが損害をほとんど出さなかったことと、町の外には出てゆかなかったことを踏まえ、佐名和町を『フリーマン友好化モデル地区』とする決定を下したのである。
これについて、町長の神野竜胆がなんと言ったか、千春たちは知らない。
「まあ、邪魔はしないみたいよ~」
『機関』の上層部と、黒髪の秘書をともなった神野――リーデルが対面する場に居合わせた東城美香が、そう伝えてくれただけだ。
ひとの考えは一晩では変わらないように、フリーマンにも、人間との交流を素直に受け入れないものがいる。
そういった連中に『おしおき』をくらわせて、友好化に協力するよう『説得』する立場として、魔法少女たちは、人知れず活躍するようになった。
洋輔のもとには、フリーマンとの友好化に助言を求める『機関』だけでなく、ちょっとした悩みを抱えた人やフリーマン、佐名和愚連隊までもがおとずれて、澤森家はいつも賑やかだ。
そんな家の片隅で、ポメラニアンの姿に戻ったタマは、今日もすぴすぴと昼寝をむさぼっている。
そして、夏が終わり、九月最初の日曜日。
千春のスマホに、克己から連絡が入った。
『サイクリングに行こう』
誰もいない浜辺で走り回る、二人の人影がある。
一人はスポーツウェアを着た、背の高い少年。
もう一人は、白いワンピースを着た、ツインテールの少女。
克己と、念願だった女性ものの服を身にまとった千春である。
『あー、澤森はわけあって男として暮らしてきた。だけど、そうする必要がなくなったんでなー』
二学期初日、セーラー服で登校してきた千春の姿を見て度肝を抜かれた、紅葉と奈津里以外のクラスメイトに、室淵はいつもの調子で、説得力のない説明をした。誰にも突っ込まれなかったのが幸いだ。
その紅葉と奈津里は、同じ高校を目指す。そして、中学を卒業したら、高校の近くに部屋を借りて、ルームシェアリングをするのだ。
『機関』所属の紅葉はともかく、一般家庭に、しかも病弱少女として生きてきた奈津里がそんなことをするのは、親御さんが相当心配する大冒険ではないかと思われた。が、室淵と東城が紅葉の保護者として説得の場に立ち会ったことと、想定外に寛容だった奈津里の両親の承諾により、ことはとんとん拍子に運んだ。
『これで受験落ちたら笑えないわよねえ』
そう言いながらも、紅葉は今までにないくらい楽しそうに笑っていた。
『機関』に彼女の父親が身を寄せていた、との話も聞いた気がするが、
『あたしはもう、あなたがいなくても生きてゆける、って言ってやったわよ』
と、あっけらかんとかわされたのである。
裸足で駆け回り、打ち寄せる波に足を洗われていた千春は、ふと視線に気づいてそちらを向いた。
克己が穏やかな笑みで、千春を見守っている。
「ソル・スプリングより、今の方がずっと可愛いいな」
直球のほめ言葉はまだ慣れなくて、心臓のあたりがくすぐったい。
克己は上波北へのスポーツ進学を取りやめて、新しい春が来たら千春とともに共学校へ行く事を決めた。
「楽しみだな、来年の春」
「受験、大丈夫なの?」
もともと成績の良かった千春と違い、克己は猛勉強を強いられるだろう。それでも彼は、なんてこともないかのように、笑い飛ばしてみせる。
「これからもお前と一緒にいられるなら、苦じゃないさ」
そうして少年が近づいてきて、千春のほおにそっと触れる。
「春は好きなんだ。お前の名前だから」
いまだに幼なじみから「好き」と言われると落ち着かない。
「ぼ、僕だって」
なんとか返事をしようと言葉を探し求めて視線をさまよわせる千春の、視界の端で、波間にはねるマグロの姿が見えた。それが誰だかわからない二人ではない。
「あいつ、また来てる」
「渡さないからな」
千春が笑えば、克己も不敵に笑んで、少女の肩を抱き寄せる。
すっかり千春に入れ込んでしまったフリーマンの気持ちが報われる事は無いだろう、と、二人で笑い合う。
夏が過ぎ、秋が終われば冬が来る。だけど終わらない冬なんてない。暖かい春が来る。
そうして四季は巡り、いつかは、思いが引き継がれてゆくのだろう。
次の世代の魔法少女たちに。




