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第8章:いつか、許せる日が来たら(11)

 ソル・スプリングの話を聞いたリーデルが、心底驚いた様子で目をみはった。

 嘘だと怒るかもしれない。自分は選ばれなかったと嘆くかもしれない。それでも、母の思いは、この皇帝にどうしても伝えなくてはいけないと思った。

 どれくらい、時間が過ぎただろうか。

 リーデルが椅子を半回転させて、背を向けると、

「……行け」

 小さくそう言ったのだ。

「私はまだ、お前たちニンゲンを好きになれそうにはない。だがもし、いつか、お前たちを許せる日が来たら、その時は、フリーマンとニンゲンの架け橋として協力できるよう……努力はする」

 千春たちよりはるかに長い時を生きてきたフリーマンに、一朝一夕で考えをあらためろ、と言うのは、無茶な願いなのはわかっている。だから、今はそれで充分だ。

「ありがとうございます」

 ソル・スプリングがリーデルに向けて頭を下げると、かたわらの克己もそれにならう。

 二人は見つめ合い、自然に手をつなぐと、町長室を出てゆく。

 最後に振り向いた時、リーデルは、背を向けたままだった。が、その肩がわずかにふるえているのは、たしかに見てとれた。


「佐名和に散ってたフリーマンが撤収を始めたってよ」

 タマから念力通信テレパシーを受けた紅葉が、隣にへたりこむ女性を見下ろす。

「あんたの皇帝が、考えをひるがえしたんじゃないの?」

 ニエベ・ウィンターだった女性は、変身が解けて、長い黒髪を持つ、高校生くらいの少女になっていた。うつむいたまま、彼女はぽつりともらす。

「私は、これからどうすれば良いのでしょう」

 まるで独り言のように、彼女はぽつぽつと語る。

「リーデル様に振り向いてほしくて、魔法少女にまでなったのに、このていたらく。もう見放されるかもしれません」

 彼女の手元には、卵部分が粉々に砕けた『シュテルン』の残骸がある。それを半眼で見下ろしながら、紅葉は言った。

「知らないわよ。あたしはあんたでもリーデルでもないんだから」

「紅葉ちゃん、それは」

「でもね」

 奈津里が制止しようとするより先に、紅葉は先を続ける。

「一人に見捨てられても、どこかで見ていてくれる相手はいるものよ」

 赤みを帯びた瞳が、一人の少女を映し出す。目の前で、ぱっと笑顔を輝かせる少女を。

「それがやだーって言うんなら、好きな人を振り向かせるために、もっともっと努力しなさいな」

 それきり、ニエベ・ウィンターだった少女には目もくれず、紅葉は出口へ向けて階段を降り始める。奈津里はそれを追おうとして、しかし立ち止まり、少女を振り返る。

「あ、あの。がんばってください」

 それだけを言い残して、彼女も紅葉の後を追う。

 静まり返った階段の踊り場に、小さな嗚咽おえつだけが落ちるのであった。

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