第8章:いつか、許せる日が来たら(10)
ふわり。光の花びらが床に落ち、空気に溶けるようにはじけて消えた。
第九の演奏も終わり、町長室は、先ほどまでの喧噪が嘘のように静まり返っている。
ソル・スプリングは、自分の肩がやけに重たいことに気づき、そして、克己が肩にもたれかかっているのだとさとった。
「克己! 大丈夫!?」
思わずその背に手を回して、べしべし叩くと。
「……それ、痛い」
笑い混じりの返事が来て、克己がのろのろと顔を上げた。その瞳にはもう、催眠術の暗さは残っていない。、千春のよく知る、大好きな人の親しみであふれていた。
「ありがとうな」
それを聞いただけで、胸がいっぱいになる。泣き出しそうになる。今ここで、学校の屋上で言えなかった言葉をめいっぱい伝えたくなる。
だが、それをこらえて、フリーマンの皇帝のほうを向く。リーデルは、心ここにあらずと言った様子で、空に向けて手をのばしたまま、しばらく硬直していたが。
「……まさか、な」
ゆるゆると頭を振りながら、現実に返ってくると、ソル・スプリングのほうを向いた。
「カレンの子どもが、フリーマンの力を超越するとは。ニンゲンの可能性は、私の想像を超えていたということか」
「それだけじゃあ、ないです」
ソル・スプリングは、静かに首を横に振って、笑みを浮かべる。
「克己が僕を信じてくれたから。ううん、克己だけじゃない、みんなが僕を信じてくれたから、僕は大好きな人たちのために、がんばれたんです」
見上げれば、幼なじみは鳩が豆鉄砲をくらったような驚き顔をした後、照れくさそうにはにかむ。
この笑顔が好きだ。今までも、そして、これからも。この笑顔を守るためならば、なんでもできる気がする。
「リーデル。母さんのことを聞いてくれますか」
カレンの子どもの口から、かつての友愛者の話が出てことで、リーデルが片眉をはね上げ、千春の言葉の続きを待つ。
「祖母がかつて、母さんに聞いたそうです」
これは決戦に向かう直前、父から聞いた話だ。
祖母は、フリーマンのカレンが人間の洋輔と結婚したことを後悔していないか、たずねたらしい。
その時、母はそれはそれは幸せそうに笑って答えたそうだ。
『わたしは自分の選択に後悔をしたことはないです。もしこの先、わたしや洋輔や千春を責めるひとがいたら、「カレンは生涯すべて、幸せだったのだ」と、胸を張って伝えてください』




