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第8章:いつか、許せる日が来たら(9)

 歓喜の歌がひびく。

 ソル・スプリングは、思わずつむっていた目を開け、そして驚愕に見開いた。

 克己のこぶしは、ソル・スプリングの顔すれすれを通り、背後の壁にめり込んでいた。その手には、血がにじんでいる。

「千春……っ!」

 苦しそうに息を吐きながら自分の名前を呼ぶ声に、幼なじみを見やれば、彼の瞳には光が宿っている。歯を食いしばりながら、声をしぼり出した。

「オレを、倒せよ……オレが、おさえていられるうちに!」

「克己!」

「ばかな!?」

 ソル・スプリングの声と、リーデルの驚き声が、同時に重なる。

「私の術は完璧だったぞ。それをおさえ込んだというのか? たかがニンゲンの中学生が!」

「人間だとか、中学生だとか、なめんなよ……!」

 克己がゆっくりとリーデルのほうを向いて、不敵な笑みを浮かべる。

「お前が古くさい復讐に燃えてる間に、人間はどんどん進歩してるってことだ」

 そして、ソル・スプリングを見下ろして、いつもの優しい笑顔を向ける。

「それに、好きな相手にこぶしをぶつけるような真似、絶対にしたくないんだよ」

 ソル・スプリングの胸が高鳴る。こんな窮地にあっても、克己は自分を想ってくれている。ならば、自分もそれにこたえなくてはいけない。

「克己」

『シュテルン』を幼なじみの胸に当てて、ソル・スプリングは宣誓した。

「絶対に、お前を助ける」

 その決意とともに、新しい呪文が、日本語ではない言葉で脳裏に浮かぶ。


『めぐれ、めぐれ、すべての季節よ。恨み憎しみすべていだいて、押し流すように』


 途端。

 ぶわり、と。

 桜色の光でできた花びらが舞った。

 花びらは、克己を包み込んだだけでなく、リーデルのもとにも舞い降りる。

「カレン……?」

 光の中になにを見たのか、リーデルが呆然とつぶやいて、手をのばす。だが、その手は虚空をつかむばかり。

 つうっと。

 非情だと思われていたフリーマンの皇帝のほおを、涙の筋が伝い落ちる。

 光は部屋中にあふれて。

 そして、第九のクライマックスの斉唱以外の五感をふさいだ。

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