第8章:いつか、許せる日が来たら(8)
「克己!!」
確実に首をつかもうとしてきた手を、魔法少女の反射神経でさける。いつもの千春のままだったら、簡単につかまって、投げ飛ばされていただろう。
「克己、僕だよ、千春だよ! わかって!」
「無理だな」
斉唱をBGMに、リーデルが楽しげに目を細める。
「皇帝である私みずから催眠術をかけたのだ。そう簡単に解けるものはいまい」
次々と左右からくり出されるこぶしを、右に左に身をそらし、時に床を転がってかわし、時に光の壁を展開して受け止める。
克己に柔道の受け身を教えてもらったことはあった。
『お前、なにかあった時のために、身の守り方くらいはおぼえておけよ』
そう屈託なく笑う幼なじみの手ほどきで、ゆっくりとかつがれて。床に転がる時にどうすれば体を痛めないか、教わった。
だけど今、その知識は到底役に立ちそうにない。手加減のない克己の攻撃は素早く、容赦なくソル・スプリングに迫ってくる。
気づけば、壁際まで追い詰められて、背中がひんやりと固い壁に触れた。
克己がこちらのえり元をつかむ。そして、こぶしをふりかざす。
ソル・スプリングは、直後に訪れる衝撃を想像して、ぎゅっと両目をつむった。
その頃、ルナ・オータムとシエロ・サマーは、ニエベ・ウィンターを前に苦戦を強いられていた。
やはりソル・スプリングを欠いたのが大きく、シエロ・サマーの水の壁だけでは、敵の氷つぶてをすべては消しきれない。肉弾戦でニエベ・ウィンターに近づくルナ・オータムの顔や腕には、霜がはりついて、赤い炎症を起こしている。
それでも、彼女の赤い瞳には、まだ強い意志が宿っていた。負けはしない、諦めない、という決意が。
「往生際の悪い人たちですね」
ニエベ・ウィンターが、見下した冷たい瞳で言い放ち、『シュテルン』をふりかざす。
「これで終わりにしましょう」
ひときわ強い魔力が、彼女から放たれようとした時。
「――奈津里!」
「うんっ!」
ルナ・オータムの声にこたえて、シエロ・サマーがニエベ・ウィンターより早く魔法を発動させる。
『水よ、すべてを押し流せ!』
短い呪文ながら、呼び出された水流はかなりのもので、ニエベ・ウィンターの『シュテルン』を、その手からはじき飛ばす。
「なっ!?」
まさに氷のごとく無表情だったニエベ・ウィンターの顔に、はじめて動揺が走った。
「どうして、私の攻撃を見切った……!?」
「簡単なことよ」
ルナ・オータムが得意気に笑って、自分の頭を指で小突く。
「絶対記憶を持つあたしが、何度もあんたの攻撃を受けることで、攻撃パターンを完全におぼえた。その中にある隙さえ見いだせば、後はあたしの相棒がうまくやってくれるって、信じてた」
「相棒」シエロ・サマーがぽっとほおを赤く染め、それからうれしそうにはにかむ。「信じてた」
「……というわけで、あんたはここで終わり」
自分で言っておきながら顔を朱に染めつつ、ルナ・オータムは赤い『シュテルン』を、床に落ちた白い『シュテルン』に向けて振りおろす。
しゃりいいん……と。
鏡が割れるような音を立てて、ニエベ・ウィンターの『シュテルン』が砕け散った。




