第8章:いつか、許せる日が来たら(1)
ロザリー、もうやめましょう。
この魔女も寂しかったのよ。これからは、わたくしがお友達。
甘い、って言うかしら? あなたは言うわよね。
でも、わたくしは、罰するより、許してわかり合うことで、平和をもたらしたいの。それがわたくしの役目だと信じたいわ。
王子様を譲るつもりは、一切ないけれどね。ふふっ。
安全運転範囲で最大限にエンジンをふかしつつ、爆走族が佐名和の町を走り抜ける。
千春たち魔法少女はすでに変身を終えて、前後をバイクに守られつつ、車の後部座席に三人仲良くおさまっている。もちろんシートベルトはしっかり締めて。タマはソル・スプリングの膝に乗って。
車を運転する佐名和愚連隊員の隣の助手席には、室淵が座っている。
本当は、洋輔がついてきたがったのだが、
『「かに座のカルキノス」の力が必要になる局面もあるだろー?』
という担任の言い分に、反論が見つからなかったらしい。くちびるを噛んで引き下がった。
その際、ソル・スプリングに、『リーデルに会ったら、言ってやってくれ』と、父にしては神妙に伝言を託された。
それを聞いたソル・スプリング、いや、千春としては、これはリーデルに伝えなくてはいけないことだと強く思った。『自在なるもの』と人間は、ただ相争うものではないのだと、リーデルにわかってもらうために。
『おおーいっ!?』
愚連隊を率いて先頭を走るヒカルからの念力通信が、タマを通じて車の中に響いたことで、ソル・スプリングは思考の輪から現実に返る。
『なんか、すげー変な連中が、向こうから来るんだけどよ!?』
「すげー変な連中」手足を組みふんぞりかえっているルナ・オータムが、眉根を寄せる。「十中八九、リーデルの手下よね」
「どうする?」シエロ・サマーが、水色の『シュテルン』をきゅっと握りしめ、思案顔を見せた。「わたしの魔法なら、捕まえて、しばらくおとなしくさせておくことができるけど」
すると、助手席にいた室淵が、「おーい」と振り返った。
「お前らは、魔力も体力も温存しておけ。こういう時のために、俺がいるんだから」
言うが早いか、室淵の顔がくにゃりと変形して、蟹の姿になる。
『かに座のカルキノス』へと変わった室淵は、シートベルトを外し、ばっとドアを開けると、「あぶな……っ!」とソル・スプリングが言い終わらないうちに、走っている車から飛び出した。
すいすいと。
空気の中を泳ぐように自在に飛び回る『かに座のカルキノス』は、向かってきた鳥や獣のフリーマンを相手取る。次々に水の泡をぶつければ、フリーマンたちはたちまち道路の左右に追いやられて、道が開ける。
『行け! ここは俺が引き受ける!』
室淵とは打って変わった、いつになく真剣な声が、念力通信を通じて愚連隊と魔法少女全員に届く。
『感謝するぜえ、おっさん!』
『まだおっさんのつもりはないんだがなー』
ヒカルの礼に、今度は室淵の間延びした口調が返ってくる。
フリーマンたちが退いた道を、数十台のバイクと車が駆け抜ける。
目指す先は、ただひとつ。
佐名和町庁舎、『サナワ・グリーンフルビル』であった。




