第7章:王子様を助けにいくのはお姫様の役目(7)
お風呂に入り、おなかいっぱい食事をして、部屋に戻ってスマホの電源を入れた千春は、夜の間にたまっていたショートメッセージはほとんど読まずに、
『学校の屋上で待ってる』
手早くそれだけを入力して、送信した。相手はいわずもがなである。
セキュリティ対策が進んだ昨今でも、千春たちの中学校はまだまだその点に関して甘くて、休み中も日替わりで教師が職員室にいれば、校門は開いている。実質生徒たちは出入り自由だ。
さらに千春にとって幸運だったのは、今日の当番が室淵だったことだ。
既にタマから連絡は行っていたのだろう。今までより少しぶかぶかになったパーカーとハーフパンツ、という姿で現れた千春を出迎えた室淵は、さらに伸びた無精ひげをぼりぼりかきながらも、「早く行け」と手だけで千春をうながした。
屋上への階段をのぼってゆく。一段一段上がるごとに、心拍数もひとつひとつ上がってゆく。
克己に会えたらなんて言おう。
「おはよう」だろうか。克己も千春の変化に驚くだろうから、これは呑気にすぎる。
「ごめん」だろうか。謝る事が多すぎて、主語がないとだめな気がする。
「どう?」却下却下。いきなり感想を聞いてどうする。
やはり多少驚かせても、「おはよう」しかないだろうか。緊張しながら、屋上へのドアを開ける。ふわりと気持ちいい風が吹き込んできて、ソル・スプリングのようにふたつに結わいた千春の髪をかきあげる。
この待ち合わせをした時に、彼がいる場所へ視線を向ける。時間指定もしなかったのに、彼はすでにそこに立ち、スポーツウェアのポケットに手を突っ込んで、まっすぐ前を見すえていた。その横顔は、やっぱり千春の憧れた表情で、自然と胸が高鳴る。
ドアの開いた音で気づいたのだろう。克己がこちらを向く。
一瞬、目を真ん丸くした彼は、しかしすぐに表情を和らげると。
「よう」
と今までと変わらない調子で声をかけてくる。
「……よ、よう」
だから千春も、ちょっとへどもどしながらも、同じ挨拶を返すことしかできなかった。




