第7章:王子様を助けにいくのはお姫様の役目(5)
最初は、「なんだか違和感がある」程度だった。
それが、日が暮れて、夜になるにつれて、どんどんと「痛い」になってゆく。
骨がきしんで悲鳴をあげているようで、言葉にならないうめきをもらす。
さすがに父が心配顔で、雑炊と麦茶を持ってきてくれたが、まったく食べる気にならない。
「千春ゥ! 千春ゥ! 気をしっかり持てぃ!」
枕元でタマもほえるが、それも耳鳴りに邪魔をされて、雑音のようにしか聞こえない。
「ごめん、タマ。静かに、して」
なんとかそれだけをしぼり出すと、タマはつぶらな瞳に多少のショックを宿した。が、すぐに「キュウン」と、落ち込んだ犬の鳴き声を出すと、とぼとぼと歩いて、部屋を出ていった。
骨だけでなく筋肉も痛い。まるで、体がまるごと作り替えられてゆくかのようだ。なんとか寝返りをうち、少しでも楽になるように身を丸くすると。
「あー……なんだ、つまり、これは」
部屋の外で、洋輔とタマが話し合っている声が聞こえてきた。
「完全に女の体になっていってる、ってことか?」
「そうじゃな」
父は珍しく真面目な声色で、タマはわかりきっていたとばかりにうなずいているだろう。
「本来『自在なるもの』の体の変化は、その名の通り自在に行われ、なんらの苦痛もない。だが、千春は半分ニンゲンだ。フリーマンの変化がうまく作用しきらなくて、成長痛にも似たものをともなっているのだろう」
「その、なんだ」
父にしては歯切れ悪く、質問を重ねる。
「これって、すぐ終わるもんなのか? 死んだり、しねえよな?」
「……わからん」
対するタマの答えは、あくまで冷静だ。
「なにしろフリーマンとニンゲンの間に生まれた子の性別変化、というのが、『機関』の記録をひもといても前例が残っていないからの。こういうことが起こりうるのではないかと、我も室淵と話してはいたが、どれだけ続くのか、誰にもわからん」
「まじかよ……」
父が顔をしかめて頭をがりがりかいている様子が、ありありと想像できる。
だけど、それきりふたりは千春の部屋の前から立ち去ったようで、話し声は聞こえなくなり、人の気配もなくなった。
こんな時、祖母がいてくれたら、なんと言っただろう。割れそうに痛い頭で考える。
『気合いだとかは言わん。とにかく死ぬな! それだけじゃ!』
少々乱暴だが家族に対する思いやりはあったあの人なら、それくらいのことは言うだろう。
そして、もし母がいてくれたら。
この変化を分かち合ってくれただろうか。優しく体をさすってくれただろうか。
母のことは、本当になんにもおぼえていなくて、祖母のように空想することもかなわない。
いつか、父に母のことを聞いてみよう。
自分が、この痛みを乗り越えて、生きていたら。
『生きていられない』可能性を考えたことに、千春はぞっと身震いする。どっと汗が吹き出して、そして一瞬で全身が冷えてゆく。
そのまま、誰もが自分を見放す、浅い悪夢を繰り返す眠りに、千春は落ちてゆくのであった。




