第7章:王子様を助けにいくのはお姫様の役目(2)
「お前、期末に進路希望を出さなかったんだってな。室淵先生から聞いたぞ」
どきり、と。心臓がはね上がった。
『今の状態で上波北に希望を出すのは、まずいかもしれないなあー』
洋輔と連絡を取り合って千春の変化を把握している室淵は、面談の時、千春がひとまず書いた進路希望用紙をながめながら、肩をすくめた。
『共学校なら、「リベルタ機関」の情報操作でいくらでもごまかせるんだが、こればっかりはなー』
そう、佐名和から離れた高校に行ってしまえば、千春のことを知っている人間はぐんと減る。『わけあって男として育ちましたが、本当は女でした』という言い分も通るだろう。
でも、上波北は男子校である。このまま女性になったら、『わけあって男として入学しました』などと言って通用するものではない。
だから、室淵のすすめもあって、進路希望をいったん保留にしたのだ。
夏休みになっても、千春の口から全く進路の話が出ないことをいぶかしんだ克己が、室淵を問いただしたのだろう。十二星使徒の一席、『かに座のカルキノス』である担任さえ折れたということは、克己は相当な気迫で室淵に詰め寄ったに違いない。
「早く受験勉強を始めないと、いくらお前の成績でも間に合わないぞ。なにか、心配事があるのか?」
「そ、そんなことは」
否定して視線をそらそうとした千春の手に、「あるだろ」と克己の手が重ねられた。
「また、右眉だけ上がってる」
そこを見られてしまっては、言い逃れができない。熱を持った克己の手は、しっかりとこちらの手を握りしめて、千春の口から答えを聞くまで絶対に離さない、という気概を感じる。
もう、全部話すしかないだろうか。覚悟を決めようとした千春の耳に。
「へえ、見せつけてくれるじゃないか」
いつか聞いた覚えのある声が、飛び込んできた。
青い鱗におおわれたフリーマン、『うお座のイクスィス』は、あごに手を当て、にやにやと笑いながら、千春たちに向かって歩いてくる。
とっさに二人はスポーツドリンクを放り出して立ち上がり、千春は『シュテルン』を構え、克己はいつでも飛びかかれるように間合いをはかる。
「なんだ」
その様子を見たイクスィスが、つまらなそうに目を細めた。
「戦う気満々か? 俺の友愛者候補はつれない女だな」
それを聞いた克己が眉をひそめ、千春は心臓を手でわしづかみにされたような気分になる。
「言うな……」
「あ? なんだお前、親友って言いながら、教えてないのか?」
言うな。その先を言うな。
千春がふるふる首を横に振っても、イクスィスのよく回る舌は止まらない。
「こいつ、魔法少女に変身している影響で、女になりかけてるんだよ。お前らニンゲンよりよっぽど、俺たちフリーマンに近い証拠だな」




