第7章:王子様を助けにいくのはお姫様の役目(1)
大変よロザリー!!
王子様が、魔女にさらわれてしまったの!
ああ、なのにわたくしにはなにもすることができないわ。なんて無力なの!
え、ロザリー? その杖はなに?
えっ? 魔法を覚えて魔女を倒せと? 魔法が使えないなら杖で殴りかかってみせろと!?
魔女を倒して王子様を救う……本当にわたくしにできるの!?
八月が来た。佐名和町の暑さは強さを増す。
そんな頃、千春のスマホに、克己から連絡が入った。
『明日は部活も休みだから、海までサイクリングに行かないか?』
どきりと心臓が大きくはねる。正直なところ、今、一対一で克己と会うのは気後れする。
『ソル・スプリング』に変身した時は、ためらいなく一緒に戦えるのに、『千春』として彼と会うのは気後れする。あれから体の変化は戻らないどころか、少しずつ、ソル・スプリングの時のような体型に変わりつつあるのだ。
それを克己に気づかれたらと思うと、冷たい視線を想像してしまって、萎縮する。
いや、もしかしたら、克己はとっくに気づいているのかもしれない。いつもの勘の良さで。それゆえの、この誘いなのかもしれない。
一旦スマホから目を離し、大きく深呼吸する。そして。
『いいよ』
そう、短く返事をした。
佐名和町は北に山を背負い、南に海が広がっている。
『バブル時期もここから出ていかないなんて、じいさんはほんっと、呑気すぎだと思ったわい!』
亡き祖母はよくそうぷりぷり怒っていたが、千春が小さい頃よりは都市開発が進み、緑はだいぶ減っている。それゆえの、数代前の町長の緑地再生計画だったのだが。
それでも今も田畑がそれなりに残る道を、二台の自転車が駆け抜ける。
克己は、千春の隣を走ってくれる。彼が全力を出せば、十分とかからずに海岸まで行けるだろうに、千春の速度に合わせてくれているのだ。
それを半分ありがたく、半分申し訳なく思いながら、千春は自分にできる全力で自転車をこぐ。真夏の太陽は容赦なくじりじりと肌を焼いて、魔法少女の時には流れない汗がぽたぽたと垂れた。
「無理すんなよ」克己が隣から声をかけてくる。「お前、オレほど体力ないんだから」
それを知ってるくせに、サイクリングに誘ってくるあたりが、克己のずるいところである。少しでも体力をつけろという、無言の忠告なのだ。
「だい、じょう、ぶっ!」
だから千春は、歯を食いしばってペダルを踏む。高校にあがったらアルバイトをして電動自転車を買おう。ママチャリをこぎながら、そう固く決意した。
やがて風が変わり、涼しい空気が漂ってくる。並び立つ家の屋根が途切れ、広い海岸線が姿を現す。
堤防の上に自転車を止め、白い砂浜へ降りてゆく。遊泳場はここから離れた場所にあり、このあたりは遊泳禁止なので人はいない。
「ほら」
克己が手にしていたコンビニ袋から、スポーツドリンクを二本取り出し、一本を千春の顔に押しつけた。ほおに触れるひんやりとした感触が気持ちいい。
「ありがと」
千春は一本受け取り、砂浜に腰を下ろして、ペットボトルのふたを開ける。一気にあおれば、冷たさがのどを滑り落ちていって、ほてった体を静めてくれる。
そのかたわらに克己が座って、同じようにスポーツドリンクを飲む。
最近は、紅葉と奈津里も行動をともにすることが多かったせいだろうか。克己と二人きりになるのは久しぶりな気がする。
ざざん、ざん、と。
しばらくは、打ち寄せる波の音だけがその場を支配していたのだが。
「千春」
少し固い声が千春を呼んだので、視線を上げる。克己はどこか怒ったようなふうで、千春をじっと見つめていた。




