第6章:おとずれる変化、揺れる心(11)
震えが止まらない。歯の根が合わなくてがちがち言う。
ソル・スプリングに初めて変身した時さえ、こんな恐怖にとらわれなかった。それだけ、千春の中で、克己の存在は大きなものになっていたのだ。
「まあ、まあ、落ち着け千春」
タマがいつになく優しい声を出し、千春の肩にちょこんと手を乗せる。
「まだ完全に女になったわけではあるまい。フリーマンの性別変化は気まぐれじゃ。元に戻ることもあるやもしれぬから、そう悲観的になるな」
「タマの言う通りだぞ、千春!」
洋輔が一際陽気に言って、千春の前に、地鶏の親子丼とルイボス茶をどん、と置いた。
「まずは飯食って気持ちを落ち着かせろ! 考えるのはその後でいいんだよ! それに」
並びの良い白い歯を見せて、父は親指を立ててみせる。
「お前が俺様とカレンの子供であることに変わりはない、って、前に言ったろ? 息子のままだろうが娘になろうが、お前は俺様の大事な子供だ。それを忘れんなよ!」
それを聞くと、震えが止まる。代わりに、目の奥が熱くなる。
「……ありがとう」
それだけをなんとか喉の奥からしぼり出し、千春は箸を持って親子丼を食べ始める。
出汁から手作りのつゆで煮込んだ玉子と鶏肉の味は、とてもおいしい。こんな事態になっても、変わらずに接してくれる家族の存在は、とてもありがたい。
だが、だからこそ。
一番好きな相手がこの事実を知った時、どういう顔で自分を見てくるか。
それを考えれば、悪い方向にしか思考が及ばない。
梅雨は明けたはずなのに、千春の心には暗雲が垂れ込めて、不安という名の雨を降らせるのであった。




