第6章:おとずれる変化、揺れる心(10)
真っ青になって脱衣所から飛び出し、数分後。
「ほーん……」
「ほーう……」
ダイニングで千春から話を聞いた洋輔とタマの反応は、やけに淡白なものだった。
「なんでそんなに反応薄いの!? 一大事だよこれ!?」
シャツのボタンを一番上までかけ直し、さらにバスタオルを羽織った状態で、千春は目を見開き、ぷるぷる身を震わせる。
「いや、お前ならそうなっても不思議じゃねえかなーって、なんか納得しちまった」
父はテーブルの反対側で腕組みして、あっけらかんと言い放ち。
「実際、ありえない話ではないかもしれん」
タマはテーブルの上で、皿に入った老犬用ミルクをひとなめした後、語り出した。
「『自在なるもの』は、その名の通り、自在に姿を変えられるものだとは、最初に話したじゃろ? カレン様も、男女どちらでもなかったのを、洋輔に惚れられたために、女性の姿を得たのじゃ」
元々女性寄りの思考ではあったがな。
そう付け加えて、タマの話は続く。
「その子どもであるお前が、性別を超越する力があっても不思議ではないのは、わかっておった。そもそも少女寄りの趣味であり、好きな相手が男であることに加えて、『ソル・スプリング』に変身して魔法少女になったことで、フリーマンとしての力が、性別を変えるように働きかけたのじゃろ」
「それって……」
では、自分は今後、女になってしまうのだろうか。
たしかに、女になりたいと思うことは、決して長くはない人生の中で、何度もあった。女の子なら、克己と手をつないで歩いても笑われない、いじめられない。そう思ったこともあった。
でも、実際本当に千春が女になったら、きっと「よかったね」だけで済みはしない。クラスを越えて学校中が騒ぎになるだろうし、佐名和全体に噂は広がる。
タマの忘却魔法と『機関』の情報操作をもってしても、人の口に戸は立てられない。好奇と侮蔑の視線は、容赦なく澤森家に降り注ぐだろう。
そして、きっと。
克己も自分を見放す。
もう、隣にいてくれない。千春の名前を呼んでくれない。明朗な笑顔を向けてくれない。チョコレートパフェを抹茶白玉あんみつと一緒に頼んでくれない。
ただただ、冷たい目で千春を見下ろして、背を向け去ってゆくだろう。
『バケモノ』
その一言を残して。




