第6章:おとずれる変化、揺れる心(9)
「……ただいま」
走り去った後はとぼとぼと。千春は自宅に帰ってきた。
「おう、お帰り! 今夜は地鶏の親子丼だぞ!」
「夏休みが近いからといって、のんびりしすぎではないのか、千春ゥ!?」
洋輔はキッチンから顔だけ出して、ぐっと拳を握り、タマは階段の上からキャンキャン叫ぶ。最早どちらが保護者かわからない。
「ごはんは後で食べる。とりあえず、先にシャワーを浴びたいな」
魔法少女に変身した時は、魔力に守られているためか、汗をかく、ということは全くない。それでも、夏日にずっと空の下にいれば、なんとなく不快感をおぼえるものだ。
「おう、いいぜ! 後でレンジで温めて食えよ!」
父は親指を立てて了解の意を示す。風呂場に向かおうとした千春はしかし、ふと思い立って、階段の上のタマを見上げた。
「そうだ。タマは東城美香さんって知ってる? 『リベルタ機関』の人なんだけど、今日会ってさ」
それを聞いたタマは、ポメラニアン特有のきょとんとした顔を見せたが、「東城美香? 東城……」と記憶を探って、思い当たったようだ。
「東城!!」
なんだかとてもいやなものでも見てしまったかのように、全身の気を逆立ててその名を呼んだ。
「知っとるぞ! というか、その父親を知っとるぞ! 東城伯英といえば、昭和のフリーマン研究の第一人者じゃ! 『機関』発足時の初期メンバーでもあるわ!」
そして今度は、身を縮めてぷるぷると震え出す。
「我が人間社会にとけ込んだ時、目ざとく我を見つけて、研究のために血を採らせてくれと熱烈に追い回してきた変態野郎じゃ! まさかその娘まで同じ道を歩んでおったとは! 怖い! めちゃくちゃ怖い!」
「あ、血を採りたいのは父娘共通なんだ」
『騎士』であるタマがおびえるほどなのだから、紅葉も東城美香に熱烈に追い回されて、相当怖い思いをしたのだろう。中途半端な笑みを浮かべつつ、千春は浴室へ向かった。
脱衣所で服を脱いでゆく。
その時、妙な違和感をおぼえて、千春の手は中途に止まった。
脱ぎかけたシャツの上から、胸に手を触れる。
ほとんど肉などついていなかったはずの胸板が。
ほんの少しだけ、やわらかい感触を、てのひらに返してきた。




