第5章:お前もアミクスにならないか?(8)
はじめ、なにを言われているのかわからなかった。
アミクス。リーデルと母カレンがそうだったという関係。
『まあ、婚約者のようなものだ』
タマはそう言っていた。
つまり、このフリーマンの恋人になれというのか。
「誰が、そんな!」
なんとかイクスィスの手を振りほどき、数歩の距離を取って、ソル・スプリングはうわずった声で反論する。
「第一、僕は男だよ!? 男とアミクスになりたいの!?」
それを効いたフリーマンはきょとんと目をみはり、「……ん、ああ」とするどい歯を見せた。
「お前らニンゲンの古くさい常識にのっとったら、妙なことらしいな。だが、『自在なるもの』はその名の通り、なんにでも姿を変えられる。お前が女になればいい。今、そうしているように」
言われて、ソル・スプリングは自分の姿をあらためる。
あこがれだったフリルのドレス。長いツインテール。少しふくらんだ胸。ずっと欲しいと思って、でも手に入れられなかった姿が、ここにある。
だけどこれは、目の前のフリーマンのために得た姿ではない。ずっとそばにいたいと思っていた、恋い焦がれていた、守りたいと願った、ただ一人の少年のために望んだ結果だ。
だからソル・スプリングは、きっ、とイクスィスをにらんで、くちびるから言葉を紡ぎ出す。
「僕の気持ちは、僕のものだ。僕は、僕の意志で、好きな相手を決める」
自分の名前を元気良く呼んでくれる声。親しげな明るい笑顔。試合の時の真剣なまなざし。なにもかもが、幼い頃からソル・スプリング、いや、千春の胸にきざまれた、大事な思い出だ。それに対して抱く感情も、手放したくても手放せない大事な気持ちだ。
「僕は、お前のアミクスには、ならない」
きっぱりと言い切ると、イクスィスが、残念そうな色を顔に浮かべた。しかしすぐに、にやり、とゆがんだ笑みがはりつく。
「やっぱりお前、面白いわ。手に入りにくいほうが、取りがいがあるってものだ」
そわっ、と。
ソル・スプリングの背中を、冷たいものがはってゆく。こいつは拒絶しても諦めない。諦める、ということを知らない強さを持っている。
(克己)
幼なじみのことを思う。もしここに克己がいたら、自分の前に立って、守ってくれるだろうか。
そこまで考えて、ぶるぶると首を横に振る。「もし」なんて、仮定を立ててはいけない。ここには自分と、魔法少女の仲間たちしかいないのだ。この三人で切り抜ける方法を編み出すしかない。でも、ソル・スプリングの最大魔法は、十二星使徒には効かない。
どうすれば。焦りがつのっていった時。
「そこまでだ、この怪物」
場に飛び込んできた声に、思考が停止する。
まさか、彼がここにいるはずがないのに。
信じられない思いでこうべをめぐらせ、金色の瞳をみはる。
まさに、いて欲しいと願った相手――克己が、柔道着のまま、背後十数歩の距離に立って、『うお座のイクスィス』を、試合相手のように見すえていた。




