第5章:お前もアミクスにならないか?(4)
パソコン室を飛び出した紅葉は、がむしゃらに廊下を走り抜け、校舎の裏庭へと飛び出していた。小さな鯉が数匹泳ぐ池のそばで立ち止まり、灰色の空を見上げる。
雨は嫌いだ。大嫌いだ。
世界でいちばん自分を愛してくれると思っていた相手に、心から拒絶されて、冷たい雨の降りしきる中へ放り出された日の天気だから。
『あいつがあんなバケモノだったなんて! あんたもバケモノよ!』
『最悪! 早くあたしの前からいなくなって!』
ヒステリックな罵声。ゆがんだ表情。ほおを叩く痛み。投げ出された衝撃。目の前で閉まる扉。髪からつま先まで濡れそぼる体。うばわれてゆく体温。
なにもかもが、克明に記憶に残っていて、忘れることができない。
刻まれた傷は、ちっとも癒えない。胸にうがたれた穴は、決して塞がらない。
このことを思い出す時ほど、自分の絶対記憶を呪ったことはない。
両腕を広げて、重力に引かれるまま、あおむけに地面に倒れこむ。
全身を打つ雨に、このまま溶けて流され、消えてしまえばいいと、両目をつむった時。
「紅葉ちゃん!」
雨音に勝る声が耳に届いて、二人分の足音が近づいてきた。
「紅葉ちゃん、だいじょうぶ!?」
突き放したはずの奈津里が、本当に心配そうな表情で、紅葉を抱き起こす。その後ろに、案じ顔の千春が立っている。
「ごめんね、紅葉ちゃん。ごめんね」
今にも泣き出しそうになりながら、奈津里が抱きしめる腕に力をこめた。
「わたし、紅葉ちゃんのこと、なんにも知らないで、紅葉ちゃんが傷つくようなことを言っちゃった」
その口ぶりだと、室淵がこの二人に話したのだろう。
紅葉の母親は奔放な女性だった。一人の男性と長く付き合わず、気まぐれに過ごす。
そんな母が唯一本気で惚れたのが、父だった。背が高く格好良い父に、母はわき目もふらずに入れ込んだ。
だが、紅葉が生まれてしばらく経った頃、父ははぐれフリーマンの攻撃から妻子を守るため、十二星使徒、『おひつじ座のクリオス』である正体を明かした。
羊の顔になって、トカゲの顔をしたはぐれフリーマンを撃退した父を見て、母は甲高い悲鳴をあげた。そして、『バケモノ!!』と父をなじったのである。
その時の父の、あまりにも悲しそうな顔は、鮮明に記憶に焼きついている。
父は母のもとを去り、母は紅葉をバケモノの子と罵倒して捨てた。父のことがあって一家を観察していた『リベルタ機関』に救われ、衣食住の保証はされたが、親に捨てられた、という心の傷は、決して消えることがなかった。




