第4章:ルナ・オータムは嵐を運んでくる(10)
空の青に溶けて消えた蜜蜂を、ソル・スプリングとルナ・オータムが見送っていると。
ぱん、ぱん、ぱん、と。
やけにゆったりした拍手が耳に届いたので、二人そろってそちらを向く。そして、ソル・スプリングは身を固くして『シュテルン』を構えた。
「見事だ」
そう賛辞を贈ってくるのは、人の体をしながら、頭は蟹を乗せた男。明らかに『自在なるもの』だ。
「さすがはカレンの息子と『おひつじ座のクリオス』の娘。リーデルが危険視するのも無理はない」
右手を腰にあて、左手はあご――というか蟹の腹――に添えて、フリーマンは得心がいったようにうなずいている。
紅葉の出自は初耳だが、千春の母を知っているということは、リーデルに近しいフリーマンか。いつでも魔法を放てるように、油断なく相手をみすえていると。
「なにやってんのよ」
ルナ・オータムが心底あきれた様子で、かりかりと頭をかいた後、蟹のフリーマンをにらみつけた。
「人様の生い立ちを根掘り葉掘り調べるのが、『機関』の役目なの、『室淵先生』?」
「えっ!?」
一体昨日から何度、心底驚いているだろうか。ソル・スプリングは、ルナ・オータムと、担任の名前を呼ばれたフリーマンを何度も交互に見やってしまう。
「よくわかったな」
「あたしの絶対記憶、なめないでよね。どんなに喋り方を変えたって、声が同じならわかるわよ。体つきだってそのままだし」
蟹のフリーマンが感心しても、ルナ・オータムはつまらなそうに手を振るばかり。
「上から聞いてたわ。政府の対フリーマン組織『リベルタ機関』に協力している、『十二星使徒』がいるってね」
「なるほど、おぬし、『かに座のカルキノス』か」
またソル・スプリングの知らない名前が出てきた。タマまで得心がいっているようなので、置いてけぼりをくらっているのは、自分ひとりのようだ。
「……ッカー!」
突然、『かに座のカルキノス』が、タンでも吐きそうな声をあげて脱力する。それはたしかに、室淵の言動に似ていた。




