第4章:ルナ・オータムは嵐を運んでくる(9)
ふわり、と。
足音もなくソル・スプリングは赤い魔法少女の隣に降り立った。
『我の感覚が正しければ』
緑地公園へ向かうさなか、タマがポメラニアンにできる限りの真剣な顔で言った。
『あの娘は、お前と同じ、片親がフリーマンだろう。きっと、魔法少女に変身しておる』
タマの予感は正しかった。赤色が強くなっているが、今助けた少女は、間違いなく紅葉と同じ顔をしている。
さらにその予想を裏付けるかのように、少女はしばらくぽかんとしていたが、のろのろと身を起こし。
「……遅いのよ、ばか」
と、紅葉の声で悪態をついてきた。
彼女の無事に、ソル・スプリングはほっと息をつき、にこりと笑いかける。
「仲間がいてうれしいよ。ありがとう」
その言葉に、少女は想像以上の驚き顔でソル・スプリングを見上げ、それから、きまり悪そうについと顔をそらす。だが。
「……こちらこそ」
感謝の言葉は、たしかに鼓膜をふるわせた。
「こっ、こらっ! 私を無視するなブンブン!」
割って入った怒声に、紅葉と一緒に振り向けば、蜂顔のフリーマンがびっとこちらを指さして、ぷるぷる体をふるわせている。
「よくも、私の特製はちみつも、かわいい子供たちも、消し飛ばしてくれたな!? 許さんぞう、ブンブン!」
「許さない、は、こっちの台詞よ」
紅葉が不敵に笑いながら立ち上がる。
「紅葉」
「今は『ルナ・オータム』よ。で、なに」
訂正はされたが、無視されなかったことに、ほっと息をつく。そんな彼女に笑みを向け、ソル・スプリングは言い切った。
「一緒に、がんばろう」
戦おう、は物騒な気がする。フリーマンを倒そう、では、その血を引く自分たちの立場がわからない。だからソル・スプリングの口から出せるのは、手を取り合いたい、仲間になりたい、という意志なのだ。
ルナ・オータムは頬を朱に染め、さっき以上に唖然とした表情を見せたが、照れ隠しか敵のほうを向いた。
「足引っ張ったら、即見捨てるからね」
彼女らしい、精一杯の受け入れの言葉。それで充分だ。ソル・スプリングは『シュテルン』を手に、蝶の羽根で空に舞った。
「ええい、『蜜蜂のメリサ』の矜持、くらえっ!」
フリーマンの手から蜜蜂が生み出される。それらは群れをなして向かってくるが、怖さはない。自然と脳裏に浮かぶ呪文とともに、『シュテルン』を振り上げる。
『放て、浄化の輝き。「自在なるもの」はあるべき姿に還れ!』
ピンクの光が『シュテルン』から放たれ、蜜蜂の群れを包み込む。それらを消し去った光はそのまま『蜜蜂のメリサ』を直撃し、「ギエエ~~~!!」と情けない悲鳴をあげながら、フリーマンは地面に叩きつけられる。
「ブ、ブブン……この私が、こんな小娘どもに……」
「誰が小娘だって?」
地面にはいつくばるメリサの前に、ルナ・オータムが仁王立ちになった。
「天誅!!」
時代劇か、と思わせる単語と共に、彼女の『シュテルン』が振り下ろされ、赤い光を放つ。
「うわあ、肉体派」
ソル・スプリングがゆるい半笑いを浮かべている間に、メリサの悲鳴があたりに響く。
それがおさまった時には、『蜜蜂のメリサ』は、『猛禽のラパス』のように、地球の生き物の姿――つまり蜜蜂――になり、ふらふらと飛び去った。




