第1章:ソル・スプリングは恋した相手に恋される(2)
体と心が違う。千春は物心つくころからそう感じていた。
同じ年頃の男の子たちが、サッカーや野球、ヒーローの話をしている時、花やぬいぐるみや可愛い小物、女の子たちが見ているアニメに興味を示す。スカートやひらひらした可愛らしい服を着てみたいと思う。
でも、一度それを友だちの前で口に出したところ、その友だちは、
『なに言ってんだよ、変なの!』
と一刀両断してきた。なので、女の子が好きなものを好きなのは、変なことなのだと思った。
それ以降、人前で好きなものをおおっぴらに言うのはやめた。
だけど。
『いいじゃんか』
克己だけは、千春をからかったりしなかった。小学校低学年のころから大きい体で千春を見下ろし、後ろ暗いところなど一切無い笑みを見せた。
『自分の好きなものがわかるってのは、すげえことだぞ。オレは柔道しかやりたいことがわかんないから、うらやましいくらいだ。だから、隠す必要なんか無い!』
天地がひっくり返る思いだった。そんな風に千春を認めてくれたのは、克己が初めてだった。
父の洋輔だって、
『あーまあ好きにやればいいんじゃないのー? 澤森家の家訓は「フリーダム」!』
となあなあに返してきたくらいなのに。
否定されなかった。それが千春の心の鐘を強く鳴らした。それと同時に、克己の存在は、千春の中でとても大きいものになっていった。
克己に話しかけられると嬉しい。一緒に登下校をする時間が楽しい。柔道に打ち込んで、試合で相手を背負い投げする勇姿を見ると、心がときめく。
でも、その気持ちを言葉に出してはいけない。自分の好み以上に、人に言ってはいけない。千春は強く感じていた。
男が男にこんな気持ちを抱いていると知られたら、どんな心無い言葉を投げかけられるか、わかったものではない。
『恋する気持ちに男も女も関係ない!』
そう叫ぶアニメのキャラクターはいるが、現実はまだまだ厳しい。
それに、この気持ちを克己に知られて、嫌だとか、気持ち悪いとか、近づかないで欲しいとか思われたら、という危惧がある。幼稚園の時からの、心地良い幼なじみの関係が、床に落としたガラス細工みたいに一瞬で砕け散ってしまうのではないだろうか。その恐れから、千春は熱を持つ想いを自分の奥深くに押し込めて、『克己の一番の親友』の位置を保ち続けたのだ。
「千春」
克己に呼びかけられたことで、千春の意識は思考の輪を抜け出して、現実へと戻ってくる。
「待たせて悪かったな。だからあいつらにからまれちまったし。早く帰ろうぜ」
その声に顔を上げれば、克己はもう鞄を持って、教室の出口で千春を待っている。
「う、うん」
千春は慌てて漫画を自分の鞄に突っ込むと、早足で克己の後を追った。




