第4章:ルナ・オータムは嵐を運んでくる(6)
「ありがとう、澤森くん」
水色のパジャマの上に、白のパーカーを羽織った會場奈津里は、典型的薄幸そうな細身をベッドの上に起こし、色白の顔にはかなげな笑みを浮かべた。
奈津里の家は、千春の家への帰り道途中にあった。
まさかご近所さんだとは知らなかった。室淵はそれを承知の上で千春にこの役目を任せたのだろうかと考える。
「それに、十河くんと、周防さんも」
「いや、オレは行きがかり上だからな。大勢で押しかけて悪い」
「なら来なければよかったのに」
奈津里の礼を受けた克己が、きまり悪そうに両手を振ると、そっぽを向いたままの紅葉が突っ込みを入れる。
「なんだよ。お前こそ、転校初日にいきなり首を突っ込むとか、あつかましいにもほどがあるだろ」
「ほかのクラスの教室に、当たり前のように堂々と入ってくるほうがあつかましいんじゃないの?」
「「ま、まあまあ二人とも」」
不穏な空気でいがみあいを始める克己と紅葉を、千春と奈津里が同時に同じ言葉でいさめて、思わず顔を見合わせてしまう。そして、ぷっと吹き出した。
「ふふふっ」
奈津里は口元に手を当てて、楽しそうに告げる。心なしか、さっきより頬に赤みもさしたようだ。
「こんなに楽しいお友達がいるなら、わたしもがんばって体を治して、早く学校に行きたいな」
「「こいつは友達じゃない!」」
克己と紅葉がお互いを指差し、裏返った声をあげる。それにはさすがに千春もこらえきれなくて、手を口にあてながら、
「初対面なのにものすごい気が合ってるよ」
とくすくす笑う。が、紅葉にすごい眼光でにらまれたので、とっさに笑うのをやめ、横を向く。
すると。
「千春」
こちらにしか聞こえない程度の声量で、紅葉が耳打ちしてきた。
「変身用意」
「えっ」千春はぎょっとしたが、驚きを抑え、できるだけ小声で聞き返す。「それってどういう……」
しかし、質問の答えを紅葉の口から聞くことはできなかった。
突然、奈津里が背を丸めてうずくまったかと思うと、激しく咳き込んだのである。
「十河!」
紅葉がぎゅんと窓の外に視線を向けながら、克己に呼びかける。
「なにがあっても會場さんを守りなさいよ、絶対に!」
言うが早いか、彼女は部屋の窓を開け放ったかと思うと、窓枠に足をかけ。
二階から勢いよく身を躍らせた。
「えっ、えええーーーっ!?」
「周防!?」
千春はすっとんきょうな声をあげ、克己は奈津里の背中をさすりながらも、紅葉の安否を案じているようだ。
紅葉はわざわざ克己を指名して、奈津里を守れと言った。そしておそらく、千春が『ソル・スプリング』に変身できることを知っている。
そのふたつが導き出すのは。
「克己」
タマのぬいぐるみと『シュテルン』をしのばせた鞄を手に、千春は立ち上がる。
「紅葉は僕が追いかける。會場さんを頼むよ」
克己は何か言いたげに千春を見上げていたが、奈津里の咳がさらにひどくなったのを見て、誰かが彼女についていなくてはいけないことを察したのだろう。
「……気をつけろよ」
眉間にしわを寄せつつも、克己がじっと見つめてくる。この視線を裏切るわけにはいかない。昨日この時間の千春にはまだ、なんの力も無かった。だが、今の千春は、ただの無力な少年ではない。この二人を守る力がある。そう確信できる。
「克己も」
ひとつ、大きくうなずいて。
千春は會場家の階段を駆け下り、玄関から飛び出すと同時、『シュテルン』を鞄から引き抜く。
『来たれ、春の光。まとえ、咲きほこる花。ソル・スプリングの名のもとに!』
ピンク色の光と、桜の花が舞い踊って、ツインテールがはねた。




