表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/77

第4章:ルナ・オータムは嵐を運んでくる(4)

 これまでずっと誰もいなかった隣に人がいる。妙に落ち着かなくなって、千春はきょろきょろと教室中を見回したり、膝の上で手を握ったり開いたりを無意味に繰り返す。

「あ、あの、周防さん」

 いたたまれなくなった末に、室淵が話しているにもかかわらず、小声で紅葉に呼びかける。

「紅葉でいい」

 すげなく流されるかと思ったが、意外にも紅葉は、前を向いたままだが、くちびるだけ動かしてこたえてくれた。

 しかし、本人がそう言ったとはいえ、初対面の異性をいきなり名前呼びとは、踏み込みすぎではないだろうか。戸惑いながらも、「じゃ、じゃあ、紅葉さん」と呼びかけ直せば。

「『さん』もいらない。気持ち悪い」

 ばっさりと切られた。今がホームルーム中でなければ、千春はすっとんきょうな声をあげて、椅子を蹴り立ち上がっていただろう。

 今までの人生で、他人を呼び捨てにしたのは、幼なじみの克己だけだ。出会って数分の少女を『さん』抜きで呼ぶというのは、千春には到底あり得ない話である。

 しかし。

「『紅葉』って呼ばないなら、無視する」

 紅葉はまたくちびるだけでそっけなく言い切り、口を閉ざす。

 これは言うことを聞かねば、穏便な対人関係を築けなさそうだ。千春は一度深呼吸し、どきどきする心臓にしずまれと念じつつ、

「じゃあ、紅葉」

 と、ややうわずった声を出しながら、一時間目の数学の教科書を取り出した。

「教科書、まだ持ってないでしょ? 一緒に見よう」

 だが、それに対する紅葉のこたえは。

「いらない」

 やはり前を向いたままの、そっけない一言だった。

 余計なお世話だったか。少ししゅんとしながら教科書を引っ込める千春だったが。

「ごめん。そうじゃないの」

 紅葉の表情がはじめて変わった。ほんの、ほんの少し、眉根を寄せただけの変化だが。

「あたし、見聞きしたものは全部おぼえてて、忘れられないから」

 千春は目をみはって紅葉の顔を見つめてしまう。絶対的な記憶力を持つ人の話は聞いたことがある。しかし、実際にそんな人を目の前にするのは初めてで、どう反応していいかわからない。呆然と紅葉の顔を見つめているうちに、ホームルームは終わっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ