第4章:ルナ・オータムは嵐を運んでくる(1)
ああ、どうしましょう、ロザリー!
王子様が、剣の稽古の途中でお怪我をされてしまったの!
わたくしには医療の知識なんてないわ。おそばについていても、邪魔になるだけ。
……え? 歌? 歌うの?
歌には精神状態を昂揚させて、人の持つ治癒力を高める効果がある、と。
なるほど、それならわたくしにもできるわ!
わたくしは、この国の歌謡祭で歌姫を務めたことがあるものね!
できることをすればいいのね。ありがとう、ロザリー! あなたがわたくしについていてくれて、本当に心強いわ!
ソル・スプリングに変身した翌朝。
「ねえねえ、聞いた?」
「あー、四丁目の交差点でしょ。水道管爆発だってー」
「それだけで道路がめちゃくちゃになるとか、こわいよねえ」
始業前に、クラスの女子たちが集まって話しているのを、千春は自席で、予習をするふりをしながら聞き耳を立てていた。
「だいたい、佐名和はもう古いんだよー」
「この機会に、道どころか町を全部整備しちゃえばいいのに」
「おしゃれなショッピングモールとか欲しいよねー」
女子たちの話は無責任に続く。ほう、とため息をひとつつきながらノートを閉じると。
「お、おい、澤森」
どこか腰が引けた様子で、昨日の男子生徒たちが千春のもとへやってきた。しかし、いつものように威圧感をもって取り囲むのではない。まるで千春をおそれているかのようだ。
「お前、昨日の帰り、変なのに会わなかったか」
「おれたちニワトリに……」
「そうそう、それでお前が」
すっと千春の頭から血の気が引いた。
彼らは、千春がソル・スプリングに変身したところを、ニワトリになってなお、おぼえているようだ。千春が『魔法少女』になったという噂が広まれば、周囲からどんな目で見られるかわかったものではない。
なんとか、言い逃れる方法を模索した時。
「ウヒゥッ」
男子生徒の一人が突然硬直し、白目をむいた。ぎょっとすくみあがれば、両脇に立つ二人も、次々と同じ状態になる。
だが、それもほんの一瞬のことで、彼らははっと我に返ると、戸惑い気味の顔を見合わせた。
「あ、あれ、俺たちなにを言おうとしてたんだっけ……」
「ニワトリ……?」
「なんだよニワトリって」
自分たちでもわけがわからない、とばかりに首をひねりながら、もう千春のことなど意識の外に置いたかのように、男子生徒たちは立ち去る。
ほっと肩の力を抜いた千春だったが。
『気をつけよ、千春ゥ!』
直接脳内に呼びかけるような声が聞こえて、千春は椅子から飛び上がりそうになるのを必死にこらえ、机の脇にかけた鞄を見下ろした。




