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エトワールの賢者  作者: 沢村茜
第四章 ドワーフの国
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全ての発端

 町を闇が包み込む頃、アリアとセリア様が部屋にやってきた。

 エペロームから戻ったばかりで、町の様子を私に伝えに来てくれたようだ。

 ラウールの言葉を借りれば、瘴気に取りつかれれば一日経てば命を落とす。

 だから、昨日の間に見つからない患者がいれば、生きている可能性は極めて低い。


「沼のほうも確認してみたけど、それらしい遺体もなかったわ。エペローム内はほぼ全員異常なく完治していたみたいよ」


 セリア様の言葉に私は胸をなでおろす。

 重傷者を治癒したアリアの役割は大きいが、とりあえずは役に立てたのだろうか。


「あの植物について調べてみたけど、花の国にだけ生息する特別なものみたいね。どの文献にもあの植物について残っていなかった。ティメオが一度似たようなことをしたらしい記録は残っていたわ」

「お父さんと同じなんだ」


 姿を知らない父との共通点を感じ、心の中がほんのりと温かくなる。


「あの植物で、特効薬とかは作れないんですか?」

「それは恐らく無理ね。そもそも外に持ち出すのが可能なら、ティメオが何らかの手法でノエルに託すはず。もう植物の跡形はなかったし、彼は瘴気が溢れた時は、自分かその血筋のものを頼ってくれと言っていたもの」

「そうなんですか」


 そううまくはいかないようだ。

 瘴気が漏れ出さなければそんな心配も不要だが、今後ああいうことが起きればどうするんだろう。

 次に同じような状況になってもきちんと抑えられるかはわからない。

 それほどあの結果は奇跡的なものだろう。


「でも、どうしてあの沼の瘴気があふれ出たんだろう。封印が弱くなっていたのかな」


 アリアとセリア様は顔を見合わせる。

 セリア様が口を開く。


「恐らく神鳥のせいだと思う。あの沼に落下したことで、あの強力な魔力が封印を解いてしまったのでしょうね」

「じゃあ、また」

「強い魔力を持つ誰かが意図的に壊そうとしたら壊せるかもしれない。ただ、そんなことができるものは多くないし、大丈夫よ」

「それならいいけど。でも、神鳥はどうしてあの沼にいたんだろう」


 エペロームの中に棲んでいる鳥だとルイーズから聞かされたためだ。

 ラウールの言い方ではあそこまでそんなに距離が近いわけではないようだ。


「神鳥本人が言うには、毒矢で撃たれたられたらしいの。かなり強力な。解毒が間に合わず一時的に逃げようとしたけど、うまく飛べずにあの沼に落下したらしい。魔法はともかく、毒や物理攻撃には弱いのよ。強ければ、瘴気にも毒されなかったと思う」


 今度はアリアが言葉を紡ぐ。

 そうなると、半日以上もあの沼で苦しんでいたのだろうか。

 よく回復したとも思うが、同時にもっと早く行けたらと思わずにはいられない。

 ルイーズといったときも弓で射抜かれていたことを思いだし、唇を噛む。


「また、狙っている人がいたのかな」

「お金になるからね。一羽で一生贅沢できるくらいのお金がもらえるなら、いくらでも同じような考えを持つものが出てくるとは思う。神鳥が捉えられて、殺されていたら、花の国にもたどり着けなかったかもしれないと考えると皮肉なものね」


 私は頷いた。理屈は分かるが、すっきりしない。

 あのあと、あの国が、この大陸が瘴気に包まれていたら、どうなっていたんだろう。

 花の国に戻ることができれば、神鳥の安全も保障されるのだろうか。


「犯人の顔は?」

「人間みたいだったとは言っていたけど、それ以上に瘴気に侵されていた時間が長すぎて記憶もはっきりしないと言っていた」

「犯人は捕まらないのかな」

「恐らく無理ね。何らかの証言が出ればいいけれど、神鳥を犯していた毒も消えて、証拠も残っていないわ」


 彼らが元気だったことは喜ばしいが、すっきりしない。

 ことの発端に胸を痛めずにはいられなかった。


「美桜は長老に会う気はある?」


 私は思いがけない言葉にセリア様を見る。


「長老があなたとラウールにお礼を言いたいと。だからよければあってほしいとノエルが言っていたの」

「私はお礼を言われるようなことは」

「瘴気に毒された者たちを解毒したじゃない。あれはあなたしか成しえなかったことだと思う。謙遜な態度を取らずに、素直に認めて大丈夫よ」


 理屈はそうかもしれないが、少し恥ずかしい。


「ラウールはもう会ったんですか?」

「あなたの体調が良くなったときに一緒に行くと言っていたわよ。あなたはさすがに一人だと行きにくいんじゃないかと。彼は長老とは顔見知りだから、気負うこともないもの」


 彼は私のことを分かっていると思う。

 一人だと行きにくいとは思う。


「ノエルさんの武器ができる日に行くから、その日でも大丈夫ですか?」

「大丈夫だと思うわ。そう伝えておく。明日になるけどね」


 私は頷く。


「まだ顔色が悪いみたいね。無理をせずにゆっくり休みなさい」


 私は出ていこうとしたセリア様を呼び止めた。


「ロロとルイーズにも話をしておきたいと思うんです。私のお父さんのことを」


 セリア様は頷いた。


「あなたが言うと決めたのなら反対はしない。話すのはこの国でしてくれるとありがたいわ。ブレソールだとどこで誰が聞いているのか分からないから」

「この部屋で話をしても大丈夫ですか?」


 私が二人に大事な話をできる場所といえば、この部屋くらいしか思い浮かばなかった。


「ここでもいいけど、私の家を貸すわ。ここよりも広いし、話もしやすいと思うから」

「ありがとうございます」


 お城よりもそっちのほうが二人もいいだろう。

 そのことはセリア様がラウールに伝えておいてくれるようだ。


 翌日、私はすっかり回復し、セリア様の家まで行くことになった。

 私は昨日もお風呂に入る気力はなく、二日もお風呂に入れなかったこともあり、浴室も貸してくれるらしい。

 彼女の家はルーナに入って、左手にある丘をのぼったところにある。


 木製の家で、石製の門の奥には庭があり、壁は黄土色で屋根は茶色の家が佇んでいる。

 セリア様が先祖代々住んできた家らしく、広々とした、かなり大きな家だ。人の家を比較するのはよくない気もするが、ルイーズの家と同じくらいの広さは余裕でありそうだ。

 彼女は鍵をあけると、私を招き入れた。


 家に入ると大きな階段が目の前にあり、左右に走る廊下にもいくつか部屋がある。


「普段はここに住んでいないんですか?」


 彼女の家族はアランとフェリクス様の三人。皆、城に住んでいるためだ。


「たまに帰るわよ。ただ、夜も仕事があったりと、城にいたほうが都合がいいのよね」

「城は住み心地がいいですからね」

「便利だもの。昔、リリーがここに住んでいる時期があったのよ」

「そうなんですか」


 セリア様は頷く。


「私が一緒にいられないときは、アランやアデールが面倒を見てくれていたわ」


 そう考えるとリリーとアランの付き合いも、実はかなり長いのだろう。

 今はお城に住んでいるが、彼女は幼くして両親を亡くしている。

 私は見知らぬ彼女の姿に思いを馳せ、なんとも言えない気がした。


「お風呂は廊下を出て、左手の突き当りに進んだ場所にあるわ」

「お借りします」


 私はセリア様達と別れ、風呂場を借りることにした。風呂場はユニットバスのような、既に湯の張られた大きな湯船に、シャワーや水道がある。私はシャワーを出すと、久々の水の匂いにほっと胸をなでおろした。


 お風呂をあがり、持ってきた新しい洋服にそでを通し、古い洋服は袋の中に入れておく。

 部屋に戻ると、テーブルの上にはお茶が並んでいる。

 私は濡れた髪をタオルで拭きながら、空いた席に座る。


「花の国の場所はどこにあるのか分かるの? 私、全然分からなくて」

「だいたいは目星がついたよ。エペロームの件が落ち着いたらセリアと行ってみる予定。私はしばらく魔法を使いたくないもの」


 アリアはそう言うと、ソファに横になる。

 彼女は昨日もぐっすりと寝入っていた。

 余程疲れてしまったのだろう。

 私はお茶を口に運ぶと一息吐いた。


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