最初の理解者
翌朝、目を覚まし、体を起こそうとする。昨日よりは体にのしかかる重みはましになったものの、全快とは言いにくく、体の節々が痛むし、重みもまだ感じる。
部屋を見渡すが、アリアの姿はどこにもない。あれから一度も戻ってこなかったのだろうか。
私はだるさに負け、体を起こすのを諦める。そして、前髪をかきあげた。
一日経ったことで、随分と頭がすっきりしてきた。
私の脳裏を真っ先に過ぎるのは花の国のことだ。
花の国が見つかったと思いきや、また今度は次の問題が出てくる。
いつか認めてくれた時。そんなときが来るのだろうか。
来なかったら周りをがっかりさせてしまう。
でも、お父さんをほんの少しだけ身近に感じられた。
そして、あの場所を王妃の側近が知っているとしたら、やはり花の国を滅ぼしたのは王妃の手のものだったのだろうか。
彼女たちはどうやって花の国にたどり着いたのだろう。
あの場所はセリア様が十年以上も探し続けて見付けられなかった場所のはずなのに。
疑問を少しだけ解き明かせたが、解決には至っていない。
私にはまだ知らないといけないことがある。
これからに覚悟を決めた時、部屋がノックされる。
返事をすると、リリーが扉を開け、顔を覗かせた。
「大丈夫?」
「大丈夫。すっかり良くなったよ。薬草園に行くんだよね。今から起きる」
「今日はゆっくり休んでおいて。私がするから大丈夫だよ」
私が起き上がろうとすると、リリーが制する。
彼女は部屋に入ってくると、枕元まで来て、目を細めた。
「本当、無理したらダメだよ。今無理して長引いたら大変でしょう?」
私はお礼を言うと、首を縦に振る。
「体調のこと、セリア様から聞いたの?」
リリーは頷く。
「今日、一日起きられないかもしれないから、何かあれば助けてあげてほしいとね。困ったことがあればいつでも言ってね。何か連絡取れるアイテムがあればいいけど。意外に壁は厚いからね」
彼女は左手の壁に視線を送る。
「大丈夫だよ。眠っていれば治るらしいから」
彼女は不思議そうな顔をしながらもその理由を聞くことはしなかった。
セリア様は必要最小限のことしか言っていないのだろう。
ラウールには言った。
リリーやローズにも言っておいた方がいいんだろうか。
私がどうしたいかで決めていいのなら、私は言いたいと思った。
この世界にきていろんな人に出会い、助けられた。
でも、この国に来た時、最初に仲良くなったのはリリーとローズで、二人は事情を知らないながらも、他の国から来たという私の話を信じてくれたし、力になってくれた。
「私、別の世界から来たと言ったよね」
リリーは事情が呑み込めないのか、首を傾げる。
「私のお父さん、この国の人だったとつい最近、聞いたの」
私の勇気の込めた告白も、彼女は平然と受け止める。
私と目があったためか、リリーは右手の中指で頬をかいた。
「花の国の人だよね」
私が驚き、顔をあげるとリリーは優しく微笑んでいた。
「セリア様から聞いた?」
彼女は首を横に振る。
「その前から何となく気付いていた」
「いつから?」
「ポワドンで草が妙な動きをしているのを見たときからかな。確証はなかったけど、魔法じゃなかった。なら、それは一つしかない。そうしたらエミールの木のことも納得できたし、セリア様の護衛の話を聞いて、そうなんだろうなと確信した。ノエルさんとセリア様が花の国を探しているらしいのは知っていたからね」
「黙っていてごめんね」
「気にすることでもないよ。美桜はいつ聞いたの?」
「ポワドンのことがあったあと」
私は考えて、はっきりいつとは断言できなかった。
アリアのことをまだ話をしてなかったためだ。
アリアはきっとまだ他の人には知られたくないんだろう。
「最近なんだね。こんなことを言うと怒られるかもしれないけど、美桜がこの世界の人でも、他の世界の人でも些細なことだと思うの。どの種族であろうとも美桜は美桜だもん」
そうリリーは微笑んだ。
彼女は私の手を握る。
そうした彼女の表情から笑みが消えており、真剣な目が私をとらえる。
「それを知ったということは、花の国がどういう状況下も分かっているんだよね。これから美桜が狙われる可能性があることも」
私は首を縦に振る。
彼女は国が機能していないことも知識として知っているのだろう。
「セリア様に会った日もブレソールの近くで人間に襲われそうになったの」
私はあの日のあらましをリリーに伝える。
「ということは一部の人間にはばれているのか。セリア様が美桜の傍にいてくれるなら、大丈夫だと思うけど、私も頑張らなきゃね。今日は朝からずっと特訓だね」
彼女は手を離すと立ち上がる。
彼女はセリア様が戻ってきてからはずっと魔法の特訓をさせられていた。
ずっと浮かない顔をしていたため、前向きな言葉に驚きを隠せない。
「私、もっと強くなるよ。美桜が危険な目に遭っても守れるようにね。だから弱音を吐いてはいられないって思ったんだ」
私の戸惑いを悟ったかのように彼女は強気な笑みを浮かべた。
その言葉に私の視界が霞む。
彼女は私の肩を叩く。
「美桜はゆっくり眠っていたほうがいいよ。ごはんのときは顔を出すね」
「ローズにも言わないとね」
「話をするのもきついみたいだから、私から言っておいてもいいし、明日以降でも良いと思うよ」
だるさを見透かされたようで、ドキッとする。
「でも、自分から言いたいかな」
「自分で言わないとと気負う必要はないと思うよ。ローズはあまり気にしないし、気づいていたと思う。ローズは私なんかよりも察しがいいもの。それに、この国の女王になる資質のある妖精がそんな心が狭いわけないよ」
そうリリーは目を細めていた。
私はリリーの言葉に頷いた。
彼女たちはそういう性格だった。
だから、ここに来て、こんなに楽しい時間が送れたのだ、と。
もし、ここにきて彼女たちに出会えなかったら、私はこんなに前向きな時間を送れたのだろうか。
仮定で話を進めることが無意味だと分かっていても、彼女たちの存在の大きさを再確認する。
「ありがとう」
リリーは頷くと、部屋を出ていった。
その日の夕方まで部屋をほとんど出る事ができず、アリアも戻ってこなかった。
エペロームで大変な時間を過ごしているのだろうか。
セリア様はリリーが部屋を出て少ししてやってきて、私の体調がどうなのかを聞いていた。
彼女は今日もエペロームに行くらしく、何かあったらリリーやフェリクス様に頼ればいいと言っていた。
フェリクス様には私が体調を崩した理由も併せて伝えているらしい。
朝食と昼食はリリーとローズがドリンクを運んできてくれた。
太陽が傾きかけた頃には少しベッドから起き上がれるようにはなっていた。
ベッドから外に出て、気分転換に庭園に出ようとしたとき、部屋の扉がノックされる。
ドアを開けると、夕食を手にしたローズが立っていたのだ。
彼女は扉が開くと思っていたなかったのか、大きな瞳を丸める。
「もう大丈夫なの?」
「大分、良くなったよ。一日寝ていたのもあると思う。夕食ありがとう」
彼女は首を横に振る。
「リリーは?」
「今、フェリクス様に魔法を教えてもらっているの。セリア様はエペロームに行っているらしくてね」
彼女もアリアと同じように後処理に加わっているのだろうか。
昨日とは違い、今日には被害の全貌も見えてくるだろう。
私はそれからローズに自分の家族のことについて話をした。リリーと同じように、ローズは特別驚いた表情は浮かべなかった。知っていたのだろう。
「言ってくれてありがとう。困ったことがあれば力になるよ」
彼女はそう言うと、優しく微笑んでいた。
「ありがとう」
私は彼女の優しさを受け止め、目を細めた。




