深く、閉ざされた国
広さの具体例は家では表せない。見るからに棘で覆われた空間が無限に広がりるような錯覚を受ける。かなり広いというのは、一目でわかる。そもそも国というのを広さで表しているのもおかしいのかもしれない。
「転移魔法で来れるの? セリア様は王以外にはここで魔法で来れないと言っていたのに」
「私たちはあなたのお父さんが死ぬ前に、その力を託された。子供とアリアが一緒にこの世界に来ることがあれば導いてほしい、と。私たちがここに来れるのは一度だけよ」
私は父親が自分を知ってくれていたことに、そして悪い感情を持っていなかったのではないかと感じたことにほっと心を息づかせる。
「じゃあ、戻りましょう」
神鳥はそう言うと、私の頭の高さまで飛ぶ。
「中に入るんじゃないの?」
「私もそれを期待していたけれど、今のあなたでは受け入れてくれなさそうね。試しにその外壁に手を当ててみて」
言われたとおりに棘のない場所を探しだし、手を当てるが、ぴくりとも動かない。
手でつかんでみても同様だ。
「これは破れないわよ。恐らく、ティメオが最後の力を振り絞り作り上げた要塞ね」
アリアはそう言うと、物憂げに花の国を取り囲む要塞に視線を送る。
「でも、中に入らないと、復興なんて無理だよね」
「今はその時期ではないというだけだと思うわ。あなたを受け入れてくれるときには、この植物が動いてくれる。だから、焦らなくても大丈夫」
アリアは私の戸惑いを察したようにそう言葉を綴る。
花の国は見つかった。だが、その中に入る方法が分からない。
確実に進んでいるのは分かっているが、ほんの少しずつしかすすまない現状に、どこか足踏みをしているような印象を受けてしまう。
その時、人の話し声が聞こえる。
なぜ、セリア様が見つけられないといっていた花の国の近くで話し声が聞こえるのだろうか。
花の国の民か、もう一つ考えられるのはこの国を滅ぼしたもの。
「恐らく、王妃の直属の部下だ。花の国周辺を警護しているという噂を聞いたことがある」
ラウールは苦渋ににじませた表情を浮かべる。
王妃の部下であれば、敵味方で考えると間違いなく敵だ。
隠れなければと思うが、辺りには草原が広がるだけで、隠れそうな場所がどこにもない。唯一あるのは棘に包まれた空間、そして足元に生える緑だ。
「転移魔法でエペロームに戻れないの?」
神鳥は首を横に振る。
「私に託されたのは一方通行の力だけ。戻るほうは来るよりは条件が緩和されているから、少し離れれば私の力でエペロームに戻れる」
アリアを見ると彼女も同様に首を横に振る。
彼女の魔法でも無理なのだろう。
「俺が魔法で眠らせるよ。だめだったら、隙を作るから、その間に逃げろ」
前者は今考えられる中で最良の方法の内の一つなのは分かる。
それでいいのだろうか。私には分からない。
だが、ラウールを巻き込んだのは私だ。
だから、自分で解決しようと思ったのだ。それにできるだけ事を荒立てたくない。
私は深呼吸をする。
ここはいわば敵の布陣だろう。だから隠れることを優先させなければいけない。
異変を感じることで、ここの警備が強固になっては元も子もない。
ラウールをその身代わりにするなど、もってのほかだ。
「私の影に隠れていて。私がごまかす。失敗したら」
「私が眠らせるわ。ラウールにさせるわけにはいかないもの」
アリアはそう言うと、勝ち気な笑みを浮かべた。
私は感謝の言葉を綴り、隠れる方法を模索する。
この広い緑の要塞の傍で隠れるとしたら、同じように偽装してしまうのが手っ取り早い。
この棘に直接触れてまで確認しようとは思わないし、彼らも恐らく周りをぐるりと回って見回っているだけだろう。この広さだ。部分的に変わっていたとしてもまず気づかないはずだ。
私は国を取り巻く草に手を伸ばし、祈りを捧げた。
その草の映像がが私の脳裏にダイレクトに送り込まれ、胸の奥が熱を持つ。そして、足元から同じ蔦が現れたのだ。それはあっという間に私達の姿を覆い隠す。私達のいる場所は人が五人ほどゆったりと過ごせる、太陽の届かない空間へと化していた。花の国の内部も今はこのようになっているのだろうか。
同じような植物を呼べたのは目で見て分かるが、内側からは外を全く見通すことはできない。外から見るとどうなのだろうか。
見えないことが余計な不安をかきたてる。
万が一のときは逃げないといけない。
その時は、相手を傷付けてでも逃げるしかない。
ラウールもそう感じたのか、剣に手を伸ばす。
アリアも注意深く辺りを見渡していた。
足音が大きくなり、話し声が聞こえる。比例するように私の心臓の音も大きくなる。だが、その話し声と足音がすぐに遠ざかっていく。
その足音が聞こえなくなったとき、私達は安堵のため息を漏らした。
「今のうちに離れよう」
私が意識を込めると、私達を取り巻いていた棘が消失する。そして、アリアが高く舞い、周囲の人の位置を確認する。神鳥を含めた私たちはアリアの言う方向に向かって歩き出した。
「とりあえず、逃げられた、か」
あの花の国を取り巻く棘の先端が拳ほどの大きさになったとき、ラウールが言葉を漏らした。
「もう少ししばらくしたら転移魔法を使える場所までたどり着けると思う。急ぎましょう」
アリアに促され、駆け出そうとした時、私の足が鉛のように重くなり、動かなくなる。
まるで足だけ別の人のパーツにとってかわったような違和感だ。
私は立っているのもつらくなり、その場で座り込んだ。
前を歩いていたラウールが振り返る。
「大丈夫か?」
「大丈夫だけど、足が重くて動かない」
アリアが呆れ顔で私のところまでやってくる。
「急にあれだけ植物を呼び出したら、負担かかるでしょうね。よくここまで歩けたものよ」
「もしかして、まずいの?」
「眠れば回復するわよ。ポワドンで倒れたのは覚えてない?」
「覚えている。この力が原因だったんだね。回復魔法じゃだめなの?」
「無理」
納得する気持ちもあるが、納得している場合でもない。
やっと逃げられたと思ったのに、ここで回復を待っていては追いつかれるかもしれない。
眠るなどもってのほかだ。
いつでも隠れられそうなアリアはともかく、神鳥とラウールは先に帰ってもらったほうがいい。
「ラウールと神鳥は先に帰って、セリア様に事情を説明してほしい」
「お前一人くらいどうってことないよ。念のため、大声出すなよ」
彼は私の背中に手を当てると、あっという間にその体を持ちあげた。
さっきもそうだが、人一人は結構重いと思うのに、かなりあっさりと持ちあげると感心してしまう。
だが、同時に恥ずかしさが襲ってくる。
「いいよ。自分で歩ける」
「諦めなさい。じっとしていたらあいつらが戻ってくるわ」
アリアは落ち着き払った声でそう伝える。
私は目線をラウールから逸らす。
彼は先程と変わらないスピードで歩き続ける。
この前倒れたリリーと同じように横抱きにされているが、これは気絶している時にしかされたらいけない運ばれ方だ。
顔をあげると、ラウールの顔が間近にあり、歩く距離に比例して恥ずかしさが増す。
もっともラウールはリリーを運んだ時と同様に平然とし、気にした様子はない。
私は心臓の高鳴りを彼に気づかれないように、早く転移魔法が使える場所に到着することを願ってた。
徐々に日が傾きかける。
ある地点に来た時、リリーとラウールが辺りを見渡す。あの神鳥も同様だ。
ここなら魔法を使えるのだろうか。
「私が転移魔法を使うわ。ノエルの家へ。あなたはどこに送ればいいの?」
「ノエルの家で構わない」
「分かった」
アリアが呪文を詠唱し、私達はノエルさんの家に戻ることになったのだ。




