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エトワールの賢者  作者: 沢村茜
第四章 ドワーフの国
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父の遺言

「やっぱり無理か」


 ラウールが苦渋をにじませた声を出す。


「沼全体ではなく、一番強い瘴気が出ている場所を探り当てるのよ。今回でいえば、あの木のある場所。あそこを先に封印してから、沼全体に結界を張るの。聖女の血を引くあなたならできるはず」


 アリアがそう言葉を綴り、奥にある木を指した。

 ラウールは驚いた顔で振り返り、アリアを見ると目を細めた。


「聖女なんて言葉、久々に聞いたよ」


 彼は再び呪文の詠唱を始める。そして、さっきよりも眩い光の玉が現れたのだ。その光が沼に飲み込まれていき、辺りを強い光が呑み込んだ。その光が消え去った時、私達の周囲に会ったはずの灰色の煙の姿が目に見えて薄くなる。


 ラウールはこちらに戻ってくる。

 終わったのだろうか。


 だが、ホッとしたのもつかの間、悲鳴が私の鼓膜を貫いた。

 その悲鳴の主は神鳥だ。その鳥の体はやけどをしたように黒くなっているが、瞬時に傷がいえる。だが、再び黒いものが傷を再び作りあげる。


 治癒能力の高さがより強い痛みを神鳥に与えているのだろう。


「まずいな。治癒をしても効果があるかどうか」

「私が」


 アリアがそう言うのが聞こえたが、私は神鳥に触れる。ふっと脳裏にあの瘴気から守ってくれた植物の姿が過ぎる。

 その植物が土から現れ、神鳥に絡みつく。鳥は一度羽をばたつかせるが、動きを草により封じられた。そして、その鳥の表面に漏れ出した黒い塊が徐々に植物に吸い取られ、消えていく。

 鳥はその場でぐったりと横倒しになるが、もう再び美しい羽を黒い塊が覆うことはない。


 私は安堵のため息を漏らした。


「今日はお前に助けられてばかりだな」


 そうラウールは微笑んだ。

 彼の顔は今まで幾度となく目にしたはずなのに、妙に恥ずかしい。

 変な体制で抱えられていたからだろうか。

 私は思わず目をそらしてしまった。


「そんなことないよ。足でまといになってばかりだもの」

「そうでもないよ。まだ、どうなるか分からないけど、うまくいけば瘴気に侵されているものが助かる。この鳥のように。感謝しているよ」


 そう言われ、嬉しくなる。その気持ちを悟られないように、視線を落とす。


「でも、ラウールはどうして平気なの? 瘴気の耐性があるの?」


 彼は自分の心臓を指差した。


「母親が死ぬ前に俺にかけた魔法の効果だよ。俺はこうしたものは一切寄せ付けないんだ」

「そんな魔法があるの?」


 ラウールは首を縦に振る。


「もっとも使えるものはそうそういない。現存していて可能性があるのは、ローズ王女くらいだと思う。俺の母親は、ローズ王女によく似ていた。回復魔法に長けていて、病などを治癒できたんだ。そして、俺が子供のときに俺がこれから自分の体を守るために必要になるからと、魔法をかけた。加えて、ロロから解毒剤を貰って飲んでいるから、大抵のものには対応できる」

「魔法はともかく、解毒剤は体に悪くないの?」

「できるだけ負担がかからないのを貰ってはいる。ゼロとはいかないけど、大丈夫」


 私は彼が抱えているものを今までより深く見た気がして、何とも言えない気分になってきた。

 義理の母親に殺されかけたとき、その力が彼を護ってくれたこともあったのだろうか。

 あの二人で話をした日のことが蘇る。


 セリア様は言わないほうがいいとは言っていた。でも、私は自分の母親のことを話してくれた彼に知ってもらいたいと思っていた。

 あの二人で話をした日の延長のような気分だったのだろうか。

 わがままかもしれない。後悔するかもしれない。

 そう思っても、私の口から言葉が零れ落ちていた。


「植物のこと、見たよね」

「見たし、なんとなく察しはつくから言わなくてもいいよ」

「きいてほしいの」


 彼は頷く。


「本当はお父さんの国が見つかってからみんなに話をしようと思っていたんだ。私、遠くの世界から来たと話をしたよね。私のお父さんは花の国の民だったらしいの。そして、この世界にきたことで、お父さんの力がこうして使えるようになったんだって」


 彼は一度目を見開くが、納得したようにうなずく。


「驚きはあるが、そういう気はしていたよ」

「いつから?」

「エミールの木を採取した時。それがポワドンの件で確信に変わった。お前はティメオの娘なのか?」

 

 その名前はセリア様が教えてくれた父親の名前だ。


「お父さんのことを知っているの?」

「名前だけだけどな」


 その時、神鳥が眩い光に包まれ、その羽を煌めく金へと変える。神鳥はゆっくりと宙に浮きあがる。澄んだ瞳で私の姿を捉えた。


「あなたがティメオの娘ね。あなたとアリアを導くためにここでずっと待っていた」

「導く? それに言葉が」

「私達もあなたと同じように話ができるのよ。ただ、話をしないだけ。あなたのお父さんはあなたとアリアが揃って私達の前に現れた時に、あなたのお父さんの故郷に導いてほしいと頼んだのよ。それがあなたの父が私たちに託した遺言なの」


 あのロロから託されたメモに書かれていた事は勘違いではなかった。

 その言葉に私の心臓の鼓動が速くなる。花の国に行ける。

 それもこんなに急に。


 私はアリアを見る。彼女は布の隙間から覗かせている、青い目には大粒の涙が溢れていた。

 彼女は明言を避けていたが、彼女は花の国の民なのだろう。

 そして、私には言えない何かを抱えている。

 セリア様達も気になるが、ずっと傍にい続けてくれたアリアをその場所に連れていきたいという気持ちも湧き上がる。

 そのどちらも選べずにいると、神鳥が口を開いた。


「セリアたちは大丈夫よ。一度、エペロームに戻ってからでも構わないけど、今なら誰にも邪魔されずにあなたを導ける。まずは私達の父に会ってほしいの」


 まだ瘴気が辺りに立ち込めているからだろう。神鳥のいうことはもっともだ。


「きっとあの人は大丈夫だと思うよ。最強だと言われているんだから」


 そうラウールが口にする。

 私は頷いた。

 今はアリアがいるので後で報告をしておけばいいだろう。

 私は深呼吸をする。


「俺は先に戻っているよ」

「あなたも来ても構わないわ。クロエの息子なのでしょう」


 ラウールは目を見張ると、頷いた。


「アリア、行こう」


 私はまだ涙を流し続ける妖精をそっと抱きしめた。

 彼女は私の腕の中で小さく頷いた。


 私達の周りが金の光に包まれた。

 私達の視界には青々とした森が広がっている。まるで森全体が一つの生命体を形成したような、躍動感を感じられた。今ここがどこなのかという感覚も、目の前に佇む巨大な鳥を見た時、言葉を失う。

 そこには黄金の、光り輝く羽をした鳥の姿がある。

 心なしか、さっき私達を案内してくれた鳥よりも年老いている気がする。

 アリアは目にたまった涙を拭うのが見えた。


 私達をここに導いた鳥がその鳥のもとまでかけつけ、何か言葉を交わした。

 話が終わり、導いてくれた鳥がその大きな鳥の脇に降り立つ。


「彼女を助けてくれてありがとう。そなたがティメオの娘か」


 低く落ち着いた声で彼は話をする。私が頷くと、彼の視線がアリアに向かう。


「今まで黙っていて悪かったな。きっとあいつも喜んでいると思うよ」


 アリアは何かを言いかけ言葉を噤んだ。


「あまりのんびりしている時間はありません」

「そうだったな。また、遊びに来てくれ。彼女がわしの代わりに導いてくれるだろう」


 私達を導いてくれた神鳥に促され、大きな鳥が懐から金の宝石を取り出し、その鳥に託す。

 その宝石を先程の鳥が呑み込んだ。

 あの鳥が私達のところまで戻ってくる。


「今から連れていくわ」


 私達は頷くのを待っていたかのように、再び私達の視界が金に包まれた。


 眩い金の光が消失した後、目の前に巨大な木々に包み込まれたドームのような建物が目の前に現れたのだ。

 花の国と聞き、私は碧で包まれた美しい国をイメージしていたのだと思う。

 だが、その場所は棘のある植物で覆われ、要塞のようになっており、私のイメージとは大きくかけ離れていた。


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