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エトワールの賢者  作者: 沢村茜
第四章 ドワーフの国
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魔の沼

 ラウールが私の体に触れる。


「大丈夫か?」


 私は頷く。

 ラウールの視線が男たちを捉える。

 男たちは身動き一つしない。


「気を失っているみたいだから、しばらくは大丈夫だろう。まずは下に降りるか。セリア様達も気になるしな」


 私は彼とのぼってきた階段をおり、ノエルさんの家に戻ることにした。

 その道中、草に絡みつかれ、倒れている者たちを幾度となく目にする。

 ラウールが凍らせた獣人とエルフも既に氷がとかれ、植物に絡みつかれている。


 恐らく私の願いを聞き遂げてくれたのだろう。

 それがどれ程の効果があるのかは分からないが、何事もなかったかのように目覚めることを期待していた。


 体に負担がかかっているのか、毒の影響なのか、時折体がふらつくが、その都度、ラウールが支えてくれた。


 ノエルさんの家の前に着た時、改めて状況を確認し、血の気が引く。

 扉は粉砕され、家の中に入ると、何人かが草に絡みつかれ倒れていた。

 だが、どこにもセリア様やノエルさんの姿がない。

 外に行ったのだろうか。


「ノエルはエペローム内での転移魔法を使える。きっとどこかに逃げたんだよ。セリア様がそんな簡単にやられるわけがない」

「そうだよね」


 ラウールは前向きな言葉を口にしながらも、その表情はどことなく暗い。

 現状ではそれが願望に過ぎないと分かっていても、その可能性に賭けるしかなかった。


「俺は沼に行き、瘴気を封印しようと思う。その前に、お前をルーナに送るよ。セリア様は後から俺が探して、事情を説明して、必ずルーナに連れて帰る」


 彼の瞳は強い意志を帯びていた。


「ただ、全員が眠っているとは限らない。街を出るのは危険な可能性があるから、覚悟はしてくれ」

「その沼はどこにあるの?」

「この町を出て、北に進んだところだ」

「ラウールは歩いていかないといけないんだよね」

「行ったことがないからな。できるだけ早くいくようにはする」


 私に何ができるのか分からない。

 私はいつも誰かに守られてばかりだ。

 彼一人にそんな負担を強いることが申し訳なかったし、少しでも私に力があるのなら、力になりたいと思ったのだ。


「私も行く。足手まといにならないようにするから、連れて行って」

「無理しないほうがいい。沼に近寄れば、今の何倍もの瘴気を浴びることになる。その植物で解毒できるかも分からない」


 ラウールは私の足に絡みつく植物を指差した。


「でも、それはラウールだって同じだよね」

「俺は大丈夫」


 彼はそう断言する。

 私に何かができると思うのは過信なのだろうか。彼の言うようにルーナに戻るべきなのだろうか。

 様々な考えが胸中を過ぎるが、すぐには答えが出せない。


「分かった。どちらにせよ、この国は出ないといけないから、まずは外に出よう」


 私は頷いたが、頭の中にアリアが思い浮かぶ。

 彼女であれば、出口まで転移魔法でいけるはずだ。

 アリアのことは隠し続けてきたが、今なら仕方ない。

 鞄を確認するが、そこにはアリアの姿がどこにもない。


「行こう」

「私が外に連れ出してあげるわよ」


 その言葉とともにアリアが現れた。

 だが、彼女はなぜか全身に布を被っていた。


 ラウールは目を見張るが、驚いたのは私も同じだ。

 理由は違うんだろうけど。

 アリアは何で布を被っているんだろう。


「アリア、そんなの被らなくても」


 そう言い、布を剥ごうとすると、アリアは高く飛ぶ。

 その時、私に絡みついているのと同じ草がアリアに絡みついているのに気付く。

 草に巻き付かれているのを見られたくないんだろうか。


「顔を見せたくない事情でもあるんだろう。知り合いか?」

「私の友達」

「それなら、大丈夫だろう。外に行こう」


 そう言い動こうとしたラウールをアリアが制した。


「私が連れて行ってあげるわよ。あの魔の沼でしょう」

「連れていくといっても、エペロームの外に出ないと」

「理屈は後。それに歩いていたら間に合わないと思うよ。あの植物にも数に限りがあるからね。とりあえず行くから」


 アリアは強引に話を打ち切ると、呪文を詠唱した。

 そして、私達の目の前の景色が消えた。


 辺りを灰色が包み込み、視界も十分に届かない。私は顔をしかめ、息を止めた。その発生源は奥にある、ラウールの言葉を借りれば魔の沼なのだろう。


 私の足に植物が絡みつく。さっき解毒してくれた植物だ。

 さっきまでの息苦しさがなくなり、ほっと息づく。

 私は後退しているアリアを呼び寄せる。

 彼女の手にも細い蔦が巻きつく。

 ラウールはいぶかしげにアリアを見るが、その視線をすぐに沼に移す。


「このまま封印をするから、離れていろ」


 だが、そう口にしたラウールの視線が止まる。

 その理由はすぐにわかる。耳に届いた悲鳴のような鳴き声だ。それは沼のほうから聞こえる。

 その先にいたのは白く、輝くような羽を持った鳥。あの神鳥と呼ばれる鳥だ。


「あれ」

「分かっている」


 彼は呪文を詠唱し、辺りを凍らせた。だが、その氷があっという間に姿を消す。

 氷があっという間に解けてしまったのだ。


「アリア」

「多分、無理だと思う」


 アリアは目を瞑ると呪文を詠唱した。沼の上を平らな岩が覆う。


「成功した?」


 私が安堵のため息を吐こうとしたタイミングを計っていたかのように、岩が沼の中に飲み込まれる。

 ここは魔法を寄せ付けないのだろうか。

 どうしたらいいのか分からないでいると、ラウールが一歩踏み出した。


「中に入るしかないか」

「でも、あの中に入るのは」


 あの色や雰囲気から、人を受け入れてくれる場所には見えなかったのだ。


「分かっているよ」

「死ぬかもしれない」

「その時はその時だよ。でも、神鳥をそのままにして結界は張れないだろう。俺が死んだら、そいつに結界を張ってもらえばいい。もし、あいつらみたいになって手が付けられなくなったら殺してくれ」


 彼の視線はアリアに向かう。

 ラウールはアリアが強い魔力を持っていることに気づいているのだろうか。

 アリアは戸惑いを露わにしながら頷いた。


「そんなのって。それなら私が入るよ」

「美桜」


 アリアが強い口調で私を諌めた。


「お前たちが入ると恐らく死ぬよ。俺が入るのが一番生き残る可能性が高いとは思う」


 なぜラウールはこの瘴気の中で平気なのだろう。

 人間が平気なら、あのノエルさんの家に襲ってきた人間はいないはずだ。

 彼だけが特別な何かをもっているのだろうか。


「それにあのままにはしておけない」


 そう言うと、決意を固めた目で前方を見据える。

 彼はそういう人なのだと改めて感じ取る。だからこそ、私のことも幾度となく救ってくれたのだ。

 だが、どんなトリックがあろうと、彼が無事でいるとは思えない。

 それ程その場所はおどろおどろしい雰囲気に包まれ、時間ともに不気味さを増していったのだ。


 その時、私の頭に何か冷たいものが流れ込んできた。


 私を使いなさい。


 それが言葉だと理解して、意味を理解する。私が深呼吸をすると、私の足元から一本の金の蔦が現れた。それはラウールの脇を駆け抜け、沼の中にいる神鳥に向かっていく。ラウールが唖然とした表情で私を見ていた。その草は神鳥を包み込む。

 その神鳥を包み込んだ金の塊が私の足元に届く。

 そして、蔦が神鳥を開放し、姿を消した。


「先に封印をして」


 アリアの声でラウールが私から目を逸らした。


「そこから動くな」


 ラウールはそう言い残し、沼の方に駆けて行く。そして、足を止めると呪文の詠唱を始めた。

 その辺りを埋め尽くす灰色の空気が徐々に沼のほうに吸い込まれていく。

 沼の中心に白く眩く光る光の玉が現れ、その沼全体を覆い尽くした。

 封印ができたのだろうか。

 そう安堵のため息を漏らすのを待っていたかのようなタイミングで、白い光が弾け飛び、再び灰色の空気が漏れだした。


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