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エトワールの賢者  作者: 沢村茜
第四章 ドワーフの国
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異変の理由

 背後で粉砕音が響いた。

 石の壁が潰されたのだろうか。


 ラウールは呪文を詠唱し、連なる石の壁を一瞬で崩した。男性と妖精が石を避け、こちらから目をそらしたタイミングを見計らい、地面を含め、二人の体を凍りつかせる。あっという間に身体全体が凍ってしまった。


 殺したのだろうか。

 だが、今はそんなことを気にしている場合でもないんだろう。


「下ろしても大丈夫だよ。自分で走れる」

「無理するな。意識を保つだけでも精一杯だと思うよ」


 彼はそう笑みを浮かべた。

 彼にここまでさせたのは、私のせいだ。

 今、私が足手まといになっていることは嫌という程感じ取る。

 どれだけの負担を彼に強いているのだろう。


 森を出ると、あの神鳥を捕まえた場所まで来る。だが、そこにもドワーフや人間の姿がある。彼らは私達を見ると、半円を描くように取り囲み、にじり寄ってきた。


 ラウールは辺りを見渡し、森の中に入るとそのまま階段へと走る。そして、その下段を凍りつかせる。


「ここまで来たら大丈夫か……?」


 呼吸を荒げたラウールの言葉が止まり、彼の視線が少し奥に釘づけになっていた。

 目の前には私の胴体くらいは余裕でありそうなハンマーを持った体格の良いドワーフの姿がある。私どころかラウールよりも背丈は高い。


「少し下がっていろ」


 ラウールはその場で私をおろし、一歩前に出た。


 彼はそれをラウール目がけて振り下ろそうとした。

 ラウールが呪文を詠唱し、その体ごと凍りつかせ、すぐさま剣を抜いた。

 顔を強張らせたドワーフは腕を捻ると、うめき声と共にハンマーを放り投げた。

 彼の手から離れたハンマーは不規則な軌道を描き、私達との距離を確実に縮めていく。

 私は声にならない声をあげる。


 ラウールが再び呪文を詠唱しようとするが、直後私の心臓の鼓動が速くなる。階段の近くに生えている草が伸びてきて、そのハンマーに絡みついた。ハンマーが鈍い音を残し、階段の上に転がった。その階段がハンマーのぶつかった反動からか、破損している。


 一瞬、ラウールが顔を引きつらせた。だが、彼は再び呪文を詠唱し、ドワーフの四方を氷の壁で覆ってしまった。ドワーフは寒気なのか恐怖なのか分からないが、顔を強張らせている。

 そして、すぐに私の手をつかむ。

 

「下からも来ている。上に進もう」


 彼と一緒に階段を上がっていく。足が固まりそうになるのを、必死で抵抗する。

 やっとの思いで階段の上に到着した。

 上には草原のようなものがあり、右手には緑の草原が広がっている。その先は白い霧のようなもので覆われ、先を見通すことはできない。階段の正面には人が十人程横断できそうなスペースがあるが、柵の向こうは崖だ。その先には同じように断崖絶壁の山のようなものが見えた。

 そこまで来ると、辺りに充満していた灰色の煙が随分と薄くなる。

 彼は足を止めると、私を地面に座らせた。そして、私に断ると、首に触れる。


「俺の回復魔法でどこまで解毒できるか。こういうとき、ローズ王女がいてくれたならよかったんだがな」


 彼が回復呪文を使うが、体を襲う頭痛は軽くならない。

 怪我の類は治せるが、解毒関係は余程回復魔法に長けていないと治せないのだろう。


 迷惑をかけたくない一心で、できるだけ辛い気持ちを表に出さないように心がけた。

 だが、私の体は徐々に痛みを増していき、黒い塊が頭を覆ってしまいそうになる。

 私の気力は限界に近づきつつある。


 だが、何か冷たいものが私の心臓に触れた。

 不意に私の足に冷たいものが触れる。そこには草が絡みついていたのだ。

 その草が腕や胴体に絡みついていく。

 ラウールもそれに気付いたのか、回復魔法をかけながらも、その草の動きを目で追っていた。

 不思議と、体に取り込んだ毒が中和されていくかのように、徐々に楽になっていく。

 回復魔法を使ってくれているラウールを制した。

 彼は頷くと、回復魔法の詠唱を中断した。


「体は?」

「楽になった」

「解毒できたのなら良かったよ。そろそろか」


 彼はそれだけを言い、階段のほうに歩いていく。

 そして、剣を手にする。

 恐らく追手が来ているのだろう。


 私はまだ痛みのある頭を抱え、階段のところに行く。そして、草もその蔦を伸ばし、私に常に絡みついたままだ。私は階段に手を触れる。下からはドワーフ達が駆けてくるのが見えた。

 私の手に導かれるようにして、棘のある茎の太い草が塀を作り上げる。

 強度がどれくらいかは分からないが、時間稼ぎにはなるだろう。

 ラウールはその草に触れると、その奥に氷の壁を作り出す。


「今からどうするか考えないとな。ここにずっといたらこっちの身が危なくなるだけだ」

「今、何が起こっているの?」

「瘴気がこの町を覆っているんだと思う」

「瘴気?」


「この近くに瘴気が漏れると言われる沼があるんだよ。普段は結界が張られているが、何らかの要因で壊れることもあったりする。瘴気を浴びると、命あるものは狂い、病に侵される。その病はかかって一日以内に原因を取り払わないと、命を落とすと言われている。一番厄介なのが、瘴気に取りつかれたものは、瘴気に侵されていないものを見付け、追いかけ、殺そうとする」


 私は想像して眉をひそめた。まるで映画に出てくるゾンビみたいだ。

 だが、さっきの様子を考えると、あながちウソともいえない気がした。

 今の状況を改めて理解し、体を震わせた。


「じゃあ、セリアさまやノエルさんも狙われているの?」


 ラウールは頷く。


「二人を助けに行かないと」

「今、お前をこの町で一人にするわけにはいかない。またあいつらが襲ってこないとも限らないし、セリア様はそれを望んでいないだろう」


 彼女は私を逃がすようにラウールに促したのだ。


「あの二人は強い人だよ。きっと大丈夫」


 彼の瞳には不安が滲み出ている。

 彼自身もセリア様に言われて私を連れ出したが、迷いがあったのだろう。

 だが、彼はセリア様の意志を尊重した。


 ラウールがあの氷と草で作りだした壁を見て、鋭い眼差しを送った。

 彼は剣に手をかけ、私の前に立つ。

 直後、階段で何かがぶつかり合う音が響いた。


「下がっていろ」


 五度目の衝突音の後、業火とともに、草と氷が姿を変える。そこには赤く目をたぎらせた体格の良いドワーフの男性の姿があった。すぐに仲間と思しき、赤い目をした人たちが複数到着する。私達がノエルさんの家に行く道は完全に封印されてしまったことになる。


「手荒な真似はしたくなかったが、仕方ない」


 ラウールが唇を噛んだ。


「この人達は侵されていると言ったけど、早い段階なら元に戻る可能性もあるの?」


 私の問いかけにラウールは頷いた。


「半日以内であればほぼ確実に元に戻る。それ以上なら本人次第だが、元に戻る可能性も少なくない」


 彼が呪文の詠唱を始める。

 異変を感じてから、あれからちょうど半日ほど経過している。


 私を助けてくれたあの植物の力でどこまでいけるかは分からない。

 ただ、それが万に一つの可能性があるなら、賭けてみたいと思ったのだ。

 心臓の鼓動が速くなり、あの植物が私の脳裏に蘇る。

 草を使うなんてどうしたらいいか分からない。

 だから、わたしは祈ることにした。


 お願い。あの人達を助ける力を貸して。


 そう想いを馳せた時、心臓が熱を持つ。あの植物が彼らの手足や胴体に絡みつく。

 もがくもののいたが、その草は決して離れない。彼らの動きが止まる。

 彼らはうめき声をあげ、こちらを睨む。

 数えきれないほどの叫び声が鼓膜を貫いた後、男性たちがその場で倒れ込んだ。


 うまく行ったのだろうか。


 辺りの草木にも巻き付いている蔦を視界に収め、安心しかける心を戒めた。

 目の前にいる人達だけではない。

 動物や植物とした他にも多くのものたちがこの瘴気に侵されている。そして、私達のようにそれらから逃げているものもいるかもしれない。


 それらから助かる力があるのなら貸してほしい。


 そう強く願った時、再び心臓が高鳴る。心臓の音に飲み込まれてしまいそうな程、高鳴り、私の体を支配しようとする。私の体から何か芯のようなものが抜け落ちるのが分かった。私は立っていられなくなり、その場で膝をついた。



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