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エトワールの賢者  作者: 沢村茜
第四章 ドワーフの国
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封印された場所

 翌日、私達はノエルさんの家に行くことになった。

 ノエルさんから長老のほうに話を通してもらうらしい。

 呪文を使うのはもちろんアリアで、セリア様はエペローム内での転移魔法は使えないようだ。

 アリアがエペロームでも自由に転移魔法が使えると言っていたのは、住んでいた経験があったからかもしれない。


「まずは先にノエルの家に行きましょう」


 アリアも異存がないようで、その流れで話がまとまる。


 アリアは私達を一瞥すると、早速転移魔法を詠唱する。

 セリア様の本に包まれた部屋から、木造建築のベッドのある小部屋に到着した。

 この前、ノエルさんを待っていたのとは、別の部屋だ。


「ここは昔の私の部屋なの」


 アリアはそう付け加える。


「こんな大きな部屋なんだ」


 私の今住んでいるのと同じくらいの部屋だ。アリアが一人で住むには大きすぎる気がする。

 セリア様は私の言葉を聞いて笑う。

 そんなセリア様をアリアが睨んでいた。

 何か変なことを言ってしまったんだろうか。

 セリア様はアリアに謝ると苦笑いを浮かべていた。


「まずは、ノエルに頼みましょうか」


 急にドアを開けていいのかとも思ったが、セリア様に促されてドアを開け、外に出る。

 すると、茶色の髪をした男性の姿があったのだ。

 ラウールは目を見張る。

 私も彼と同じように凍り付いていたと思う。

 私の隣にいたはずのアリアの姿は既にそこにはない。

 こういう時は本当に素早い。


「来ていたのか?」


 セリア様はこの国内での転移魔法は使えない。それをラウールも知っているはずだ。

 そうだったら、彼の言葉を下手に否定するのも、肯定するのも危険な気がしたのだ。


 凍り付いている私の肩をセリア様が叩き、彼女が一歩前に出る。


「用事があってね。ノエルは部屋?」


 セリア様はラウールの台詞を交わすと、逆に問いかける。

 ラウールは彼女の言葉に頷いた。


「奥の部屋にいるよ。でも、今は作業中だから話を聞いてもらえないと思いますよ」

「タイミングが悪かったか。あなたも何かノエルに用事でもあったの?」

「昨夜、嫌な予感がして」


 私はあの大気の振動を思い出す。あれは私の勘違いだったのだろうか。


「あの沼ね」


 セリア様の言葉にラウールが頷く。


「ノエルの手が空いたら、魔の沼に一緒に行ってもらおうと思ったんですが、想像以上に時間がかかっているみたいで」


 ラウールは困ったように奥の部屋を覗き込んだ。


「奇遇ね。私もそんな気がしたの。後で確認しに行くから一緒に行きましょう。ラウールが来てくれるなら、助かるわ。あなたは行ったことがないの?」

「ありません」

「ここまで来る時は大丈夫だった?」

「俺が来た時は異変がなかったんですが、今はどうなのか分かりません」

「前もって連れて行けばよかった。あなたは平気だろうけど、着地地点も考えたほうが良さそうね。そのことも含め策を練るわ」


 彼女は頷くと奥の部屋をノックする。

 ノエルさんが顔を覗かせ、私と目が合うと頭を下げる。そして、セリア様を中に招く。

 私とラウールが廊下に取り残された。


「ここで立ちっぱなしもなんだし、とりあえず座れば? 飲み物なら隣の部屋にあるから、それを飲めばいいよ」

「特別な沼なの?」

「結界が張ってあるんだよ」

「結界?」

「魔法の一種で嫌なものを閉じ込めておくんだ」


 私は実態がつかめないながらも、とりあえず頷く。

 彼はアリアの部屋の隣にある部屋に私を案内した。

 そこには二人分のコップがある。ラウールとノエルさんのものだろうか。

 彼は部屋を出ていくと、新しいコップを持って戻ってきた。


 その時、窓の外から雨音が聞こえる。

 雨が降り出したのだろうか。


「雨、か」


 ラウールが顔をしかめた。

 雨が降っただけでなぜこんなに深刻そうな表情をしているのだろう。

 私はその答えが分からずに首を傾げた。

 私はお茶を入れてもらい、口をつける。


「俺はセリア様のところに行くよ」


 そのラウールの言葉をガラスの粉砕音が打ち消した。私とラウールはそのまま部屋を飛び出した。

 セリア様が部屋から飛び出してきて、私達と目が合う。

 壊されたのは玄関の近くにある窓だ。

 だが、私の視界が十分に見えなくなる。原因はどこからか入ってきた多量の黒い煙だ。だが、そう思った自らの心を否定した。煙のようなあの煙たさがなく、何かが違うのだ。


 ラウールが顔をしかめ、私の口を押え、「息を止めろ」と囁く。

 事情呑み込めない私はされるがままになり、息を止めた。だが、息を長期間止めることはできない。

 いずれ吸わないといけない時がくる。そのことを意識してか、息を止めている反動か、私の心臓がどくりと音を立て始めた。

 セリア様の傍にはノエルさんが立っていて、その顔が青ざめている。

 ラウールは顔をしかめているが、苦しそうではないし、彼は呼吸をしているように見えた。


「その子を連れて奥の部屋に。できれば外に逃げて」


 セリア様はそうラウールに伝える。

 ラウールは目を見張り、私を見た。

 私が狙われているとでも言うのだろうか。

 その時、強い風と多量の木片が私達とセリア様の立っている場所を分断した。だが、すぐさま風が消え、木片が床に転がる。

 ラウールは魔法を使った様子はない。セリア様かノエルさんが使ったのだろう。


 彼は私の腕をつかむと、アリアの部屋に入る。そして、その部屋の窓を開けた。

 そこには多量の黒い煙と、体格の良いドワーフや人間が家を取り囲むようにして立っている。

 彼らの目は黒い煙の中で存在感を示すかのように、赤い光を放ってた。


 この前の人達の仲間なら分かる。そうだったとしたら、彼らも花の民を狙っているのだろうか。だが、私には事情が全く呑み込めない。

 彼らの赤く光る瞳が私の姿を捉えた。


 ラウールは呪文を詠唱し、外を凍らせた。

 ドワーフ達の体が腰ほどまで凍りつき、その場で身動きが取れなくなる。

 私が息を止めるのはそこで限界だった。思いきり息を吸い込んだ反動で、目の前がくらくらして、頭がガンガンしてくる。目からは涙が毀れ落ちてきた。


「もう少しだけ耐えてくれ」


 彼は窓から外に出る。そして、手を伸ばした。

 私は彼に引っ張られ、何とか家の外に脱出する。


 そのタイミングを計っていたかのように、部屋の入口から人間とドワーフが入ってきた。

 彼が呪文を唱えるが、辺りにこれといった異変はない。


「やっぱり効かないか」


 彼は私の手を引き、走り出そうとする。朦朧とした意識では足をしっかりとは踏み出せず、その場で倒れ込みそうになった。その身体をラウールが支える。


「悪く思うなよ」


 彼は荷物でも背負うように、私の身体を肩の上に載せた。彼の行動に驚くが、朦朧とする意識はそんなことさえどうでも良いと感じさせる。


「少々手荒なことをするが、じっとしていろ。あと、雨水を出来る限りとり込むな」


 ラウールは道の端に移動すると、呪文を呟く。

 そして、私の正面、即ちラウールの背後には巨大な氷の壁ができていたのだ。

 だが、その壁が水へと姿を変える。誰かが炎の魔法を使い、私達を攻撃しようとしたのだろう。その脇には数本の矢が落ちている。


 再び、地面に氷の壁が現れ、今度は何かがぶつかる音がした。

 投げられたハンマーや剣などが氷に刺さっている。

 異様な状況に息をのむ。


 もうその頃には別の呪文の詠唱に入っており、私の目の前には巨大な石の壁が現れたのだ。その壁はノエルさんの家よりも高く、森の方へと続いている。背後も壁が、後方は山の一角となっているので、一時的に逃げることができたようだ。


「うまくいったか。これが壊される前にできるだけ離れたいが、この体制のままで構わないか?」

「楽な姿勢でいいけど、背負ってくれたほうがいいかもしれない」


 さすがにこの体制は恥ずかしく、私なりに彼が楽なのではないかと思う体制を考え抜いた。

 私は彼に背負ってもらうことになった。

 だが、結局、楽な姿勢とは言い難い体制になってしまった。


「ごめんね」

「話をしないほうがいい」


 彼は顔色一つ変えずに、私を背負ったまま森の方に速足で行く。

 この状態ではあまり走れないのだろう。

 自分で動ければいいが、私の身体次第に重くなり、少しでも気を抜けば意識がどこかに持って行かれそうだ。唇を噛み、その苦しみに耐える。

 だが、ラウールの足が突然止まる。朦朧とした意識で振り返ると、目の前に石の壁にもたれかかるようにして、赤い瞳に、猫のような耳をした男性が立ち塞がっていたのだ。


 彼は手にしていた弓を構え、私達に狙いを定めた。

 その奥には呪文の詠唱を始めている耳の尖った妖精がいる。ただ、ルーナの妖精ではないのか、その姿に見覚えはない。


 ラウールの作りだした石壁に囲まれた道は、人二人がやっと通れる程の幅で、十分な逃げ場はなかった。



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