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エトワールの賢者  作者: 沢村茜
第四章 ドワーフの国
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万に一つの可能性

 私は部屋に戻ると、ベッドに倒れ込んだ。

 今日は妙に疲れてしまったためだ。

 だが、身体を起こすと、魔法の箱に手を伸ばす。そこからロロから託されたあのメモを取り出した。


 手がかりらしきものは何も見つけられていない。


 このメモを持った人はなぜ、あの場所にいたのだろうか。

 結界を破れば、分かると言っていたが、その人は気付かれたのだろうか。

 それとも気づかれずに中に入る方法でもあるのだろうか。


 結論の出ない答えを求めていると、アリアが私の目の前に座る。彼女の視線がメモの上を走る。


「本当に不可解な文字だよね」

「そういえば、どうしてこの国では日本語を使っていたんだろう」

「一種の暗号としてだよ。美桜の国の言葉はこの国とは違う。だから、他国に知られるのを避けたい書類は全て日本語に書き直したの。あなたのお母さんがこの文字を伝えたからね」


「お母さんの影響なの?」

「簡単に言えばそういうこと」

「なるほどね。でも、お父さんとお母さんが死んだら、読める人は誰もいなくなっちゃうんじゃないの?」

「だからあなたには日本語を習得させる予定だったから問題なかったのよ。形は違ったけど、あなたはこの言語を読み書きできるしね。他にも数えるほどだけど日本語を使えた民もいるはず。この文字を書き写したのはあなたのお父さんで、あなたのお父さんもこの言葉を少しだけど使えた」

「これもお父さんが書いたものなのかな」


 箱の中に残っているあの商人のおじさんからもらったメモを取り出すと目を通した。


「そう思うよ」

「あの人はどこでこれを手に入れたんだろう」

「それは分からないけどね」


 私は手書きで書いてあるメモに再び視線を送る。

 言われてみれば一番納得できる理由だとは思う。


 このメモにはおかしいことが幾つかあったのだ。

 残された遺品のお母さんの文字と似ても似つかなかったのもあるが、その文章の書き方だ。

 もっと短い単語で言い換えられそうなところを長い文字で書いていたり、逆に省略しすぎたり。

 私は少なくとも生まれてずっと触れていたから分かるわけで、まさしく暗号的な書き方だと思ったのだ。


「この日本語にずっと違和感があったんだよね。お母さんだったらこんな変な書き方はしないだろうし」

「変な書き方?」

「一部、表現がまどろっこしいというか分かりにくいんだよ。改行もおかしい」

「どこが?」


 アリアは不思議そうに首を傾げた。


 私はアリアにその部分を教えてくれと言われ、具体的に指し示す。だが、その複数枚のメモを捲る途中、私の視界にあるワードが浮かび上がる。全てのメモの不自然な改行のある部分の文字を繋ぎ合わせると、最近初めて見聞きした言葉に繋がる。


「神鳥?」


 私は言葉を漏らす。その言葉にアリアが目を見張る。

 だが、それはあまりに大雑把すぎる気がする。そのためにいくつか捨てたワードもある。


「でも、鳥がヒントを握っているなんてありえないし、花の国から逃げてきた民が持っているなんて偶然過ぎるよね。それに強引すぎるよね」

「ありえなくもない。だって、あの鳥は花の国に住んでいたんだもん」


 アリアはそう言葉を漏らした。

 あの国がエペロームにやってきたのは十数年前。確かに、国が攻められた前後と考えれば一致はする。

 私はアリアを見る。


「鳥たちはそこから治安がよく、国として力を持っているエペロームに何らかの理由でたどり着いたのだと思う。ルーナも個々は魔力が強い妖精がいても、性格的に大人しい妖精が多いし、エスポワールに近すぎる」

「じゃあ、エペロームで神鳥に会いに行けばヒントがあるかもしれないってこと?」

「それが美桜の勘違いの可能性もあるけど、そうでなければね」

「会いに行こうよ。転移魔法で移動できるんだよね?」


 だが、アリアは首を横に振る。


「私はあの国の中を転移魔法で移動はできるよ。でも、神鳥の住む地域はいききできないように結界が張られているから、普通は入れないの。立ち入るにも、あの国の長老の許可がないと難しい。ロロの言ったように、強い魔力があれば結界をつらぬくことはできるけど、話せば事情が分かってくれる相手にそこまでするのは割に合わない」

「長老?」

「要はあの国で一番偉い人」

「私が会いたいといえば会わせてくれるかな?」

「花の民のことを言えば、会わせてくれるとは思う。隠し通すなら、女王に書状を書いてもらうか、他にも方法はあるけど、無難なのがノエルに頼むかかな」


 どちらも事情を知っているが、頼みやすさでいえばノエルさんかもしれない。

 確証があるならともかく、こんなあてずっぽな思い付きを女王様に話すのはかなり敬遠してしまう。

 ノエルさんは一見強面だが、ものすごく優しい雰囲気を持っているから言いやすい気がしたのだ。

 彼にダメだと言われれば諦めればいい。


「ノエルさんに頼んでみるよ」

「なら、セリアに一応話をしておこうか。これだけ探してみつからなかったんだもん。外れているのが前提だと思えばいいのよ」


 私はアリアに促されて、セリア様の部屋に行く。彼女はすぐに扉を開けてくれた。

 私がメモを見せながらアリアとのことを一通り話すと、彼女は顔を引きつらせた。


「あなたの世界は言語が違うのよね。あなたがこの世界の言葉を読み書きできるから、すっかり忘れていたわ。でも、長老は困ったね」


 彼女は銀の髪をかきあげる。


「そんなに会いにくい人なんですか?」

「会いたくない人ね。ノエルに口利きをしてもらえば会えないことはないと思う。私も近くまでついていくから大丈夫よ」

「一人で会うんですか?」

「ノエルがきっとついていってくれるから大丈夫よ」


 そう彼女はにっこりとほほ笑む。


「会いたくないからって美桜に押しつけるのね」

「だって、あの人はね」


 セリア様は顔を引きつらせ、目を逸らした。


「怖い人なんですか?」

「昔、怒られらたことがあって、苦手なのよ」


 ブレソールの城に突入した彼女でさえ会いたくない人だなんて、魔法の強さ云々ではなく、どれだけ怖い人なんだろう。

 神鳥の住む場所に会いたいといえば、どなられたりするんだろうか。


 考えれば考えるほど憂鬱になってきた。

 ノエルさんが一緒に来てくれるならまだいいが、一人だったらどうしよう。

 アリアは姿を見せずについてくるんだろうけど、緊張しないようにしないといけない。


「明日、昼前に行きましょうか」


 私はセリアさんの言葉に頷いた。

 部屋に戻ろうとした時、大気が震えた気がした。

 地震だろうか。

 そう思い身構えるが、その揺れは一瞬のものだけでセリア様の部屋にあるものはなにも揺れていない。

 気のせいだったのだろうか。


 そう思い、アリアを見ると、彼女の背後にいるセリア様も窓の外に視線を送っている。二人の目には星や惑星の灯りが頼りなさ気に反射している。


「今のって」

「気のせいだと思うわ。あの子が封印したものを、そんな簡単に破れるわけがない。それに今からだと遅すぎるから、明日確認しましょう」


 アリアとセリア様の深刻な表情を見ていたため、何とは聞き出せず、私は部屋に戻ることになった。

 部屋に戻ると、明日エペロームに行く準備をする。

 洋服を出したところで動きが止まる。


「洋服って正装みたいなのをしなくて平気なの?」


 アリアたちの話を聞いていると厳しい人だという気がしたから、念のためそう尋ねる。


「普通でいいと思うよ。この世界はそういう、あなたの国でいう礼儀にはあまり煩くない。中身を重視しているのよ」


 それはそれで敷居が高い気がする。ようは服や外見ではなく、中身を見るということなのだろう。

 不安を紛らわすために、深呼吸をするとアリアが微笑んだ。


「長老に会うと言っても、別に臆することもないわよ。セリアとノエルって歳が近いのね」

「そうなの?」


 アリアは頷く。


「二人は昔から気があってよく悪戯をしていて、それで長老からこっぴどく説教をされたんだよ。だから苦手なだけで、取って食われるわけじゃないんだから。普通に礼儀を示せば大丈夫よ。ラウールなんかは普通に好かれているもの」


 私はアリアの言葉を聞き、ほっと胸をなでおろした。

 セリア様とノエルさんが悪戯をするって全くイメージが湧かない。

 明日、花の国のことが何か聞けるのだろうか。

 不安と期待を心の中に抑え込み、その日は早めに床に就くことにした。

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