魔力の強さ
リリーは頬杖をつき、ジュースを飲むと、深々とため息を吐いた。
「昨日は最悪だった」
彼女はあのまま目覚めず、今朝になってやっと目が覚めたのだ。
昨日、箱を壊した後のことは覚えていないらしい。
ラウールに部屋に運ばれたことはローズから聞き、知っている。
彼女は様々な人に失態を見せてしまったことを悔いているようだ。
「でも、リリーは外に出られたんだから成功なのかな?」
「まさか。あれでいいと思っているの?」
私の問いかけの返事が聞こえてきたのはちょうどリリーの後方だ。リリーが顔を引きつらせ、顔を上げると笑顔を浮かべたセリア様の姿がある。
「今日は無理です。昨日の一件で疲れているんですよ」
リリーの手が私とローズの腕をつかむ。だが、セリア様はその手に触れると、丁寧に引きはがした。
私とローズが顔を合わせると苦笑いを浮かべた。
「早く食べなさい。ここで待っていてあげるから」
リリーは呻き声をあげながら、朝食を食べ、セリア様に強引に連れて行かれた。
その間、周囲からの視線を浴びまくっていたのは言うに足らずだ。
「大変そうだね」
「昔からそうなんだよね。セリア様はリリーには特に厳しい。ラウールにも厳しかったけど、彼は出来がよくてすぐにマスターしてしまったから、厳しくする必要もなくなったんだ」
ローズは飲み物に口をつけると、苦笑いを浮かべた。
昨日の一件を見ると、そうなんだろうという気がする。
「リリーには魔法の才能があるから厳しいの?」
「それもあるけど、セリア様は自分を護れるくらい強くなってほしいんだよ」
「護衛だから?」
「それはそこまであまり関係ない気がするな。リリーの負担を少しでも減らしたいんだと思うよ」
根拠があったわけではない。でも、その言葉がなぜかラウールと重なり合う。
彼はセリア様に会い、力を身に付け、彼女がいたからこそ、身の安全を保障されたと言っていたためだ。
「そんなに魔法のコントロールって難しいの?」
「人によるかな。ラウールもかなり強いのにすぐにこなせたでしょう。セリア様も苦労したとは聞いたことないな。リリーは器用で大抵のことはこなせるのに何で魔法だけはああなんだろうね。才能だけはずば抜けているのにね」
「そんなにすごいの?」
「セリア様は自分に匹敵するくらいにはなるんじゃないかと思っているみたいだよ。ラウールもね。彼がここで暮らしていた時は二人一緒に訓練させられていたよ」
二人はなんだかんだで仲がいいいし、イメージはしやすい気がする。
私からすると簡単な魔法を使えるだけですごいのでいまいちイメージは湧かないが、今回のことで魔法も大変な面があるのだと気付かされた。
「あとでリリーに差し入れを持っていこうか」
私はローズの誘いに頷き、部屋に戻ることにした。
この国に来て驚いたのは、薬草の豊富さ、そしてその効力の高さだ。だが、私は手元にある本を捲り、それが薬草だけでなかったことを知る。
昨日、私はラウールの帰宅後に、毒草について知ろうとセリア様から本を借りたのだ。
そこまではよかったが、この世界にはセリア様の言っていたように毒草が多いことを知る。
その効用も多岐に渡り、本当にいろいろなものがあると実感する。ほんの短時間で死に至らしめるものもあれば、神経系や内臓を壊してしまうものなど様々だ。
毒とか、神経系の麻痺といった言葉に免疫のない私は、目がくらくらしていた。
何度か読むのを断念しかけたが、さっと目を通すだけでも違うとアリアに説得され、本の内容を読み進めていた。
半分程進んだ時、アリアが目の前に現れた。
「また、セリアはリリーを閉じ込めていたよ」
「昨日と同じ?」
彼女は頷く。
魔法のコントロールが必要だというのは分かるが、なんだか大変そうだ。
トラウマにならなければいいけど。
昨日のリリーを見ていると心配になってはくる。
「アリアはコントロールできなかったりしたの?」
「魔法でつまずいたことなんて一度もないよ」
彼女は首を横に振る。
セリア様が自分かアリアくらいしか私を護れないと言っていた。ということは、彼女の自負に違わず、かなりの使い手なのだろう。
「その辺りは生まれ持っての部分だろうね。少しイメージ力が不十分なのかもしれないけど、基本は慣れなんだと思うけどね。セリアもできなかった経験がないから、うまく教えられないんじゃないかな」
「アリアから見てもリリーの魔力は強い?」
「潜在能力はね。ラウールは相当なものだと思うよ。ただ、才能があっても使いこなせないと無意味だもん。分かりやすく言えば、セリアの数値を百としたら二人とも八十以上の才能は確実にある感じかな」
「普通はどれくらいなの?」
「一般的な魔力の強さだと十辺りかな。二十あれば相当強いはず。リリーは現段階で三十くらい。ラウールは六十くらいはあると思う」
逆を正せばそれ程の魔力を使いこなせるラウール達はかなり器用なんだろう。
その差をラウールは感じているのだろうか。
「アリアはどれくらい?」
「さあね」
彼女はそうはぐらかした。
これはいう気がないということなのだろう。
「何でコントロールが大切かといえば、氷を出すにしても広い範囲で出すよりは、範囲を限定したほうが強度の高い塊を出すことができるの。ポワドンの時、オーガの斧をラウールの氷が受け止めたでしょう。あれはもう少しサイズが大きければ下手したら、そのまま氷を突っ切って、美桜の頭が割られていたかもね。オーガの可動範囲を考えた、最良の大きさだとは思うわ」
「割られって」
「そうなりそうだったら、私が魔法を使う予定だったから、死んでいたことはないよ」
フォローらしきものはしてくれたが、想像してぞっとする。よくあのときは私もロロも助かったものだと思う。
「じゃあ、リリーが本来の力をあやつれるようになったら、ポワドンの魔法の効果はどうなっていたの?」
「もっと大きな穴を開けることもできたけど、大きな違いは詠唱時間だと思う。あの時は詠唱にかなり時間がかかっていたから、その時間を短縮できたはず。あんなに時間がかかると、一人の時は使い物にならない。詠唱している間に攻撃されてしまうよ」
「魔法も大変なんだね」
「便利だけど、厄介な面もあるよ」
その時、アリアが悲しそうに微笑んでいた。含みのある笑みに私は首を傾げた。
だが、彼女はいつもの顔に戻ると肩をすくめる。
「力の差があればそんなのはコントロールは重要でないけど、いざというとき困るのはリリーだからね」
確かにそういう気がする。
ラウールも山ごと凍らせる程の能力の持ち主だ。だが、コントロールできるからこそ、それを最大限に使いこなしているのかもしれない。
「でも、彼女は強い娘だから大丈夫よ」
そうアリアは言葉を付け加えていた。
ローズと昼過ぎりリリーに差し入れを持っていたが、昨日と同様苦労しているようで、夕方までかかっても芳しい結果は残せなかったようだ。
もう辺りが闇を包み込んだ頃合い、お城の三階から行ける、庭園へと続く扉を開ける。
リリーが木で作られた椅子に腰を下ろし、空を見上げていた。
「これ、マルクさんからの贈り物」
私は食堂から持ってきた飲み物を彼女に渡した。
さっき飲み物を貰いに行ったついでにリリーにと託されたのだ。
彼女が大好きなジュースだ。
リリーはお礼を言うと、それを受けとり、目を細めた。
私は彼女の隣に座る。
リリーは闇の中でも星の光を受けて輝く自らの髪の毛をそっとかきあげた。
「何かダメだね。昔からどうしてもあれができなくて、ずっとそこで止まっているの」
「いつかできるようになればいいね」
私には魔法がどういったものか分からないので、そう言う事しかできなかった。
「ありがとう」
リリーはそう言うと、飲み物に口をつける。
彼女の頬がほんのりと赤くなる。
「頑張らなきゃね。セリア様も忙しい自分の時間を割いて、私に魔法を教えてくれているんだもん」
そう言うとリリーは優しい笑みを浮かべていた。




