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エトワールの賢者  作者: 沢村茜
第四章 ドワーフの国
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前を見る決意

 同時に脳裏に蘇ったのが、セリア様のラウールの義理の母親が花の国を滅ぼした可能性があると言っていた話だ。人間にとって、ラウールにとって花の国の民はどんな存在なんだろう。彼は人間が特別だと思ったり、逆に他の種族を卑下することはない。王族である自身を特別だと思っているそぶりもない。身分や種族に関係なく、相手に対する敬意を忘れず、同等に接している。その彼にとって、花の国の民は他の人種と同じなんだろうか。


 薄々気づいているロロやルイーズはそんなに態度が変わらない気はする。


 私は広大な風景に目を細める彼を見て、その心の中を覗いてみたくなった。


「悪いな。俺が一緒にいれば、そんな危ない目には遭わせなかったのに。ルイーズも反省していたよ。迂闊だったと」


 不意打ちのようにラウールの声が耳を霞めた。

 私は彼の言った意味を理解して、首を横に振る。

 原因も発端も私であり、ルイーズやラウールが罪悪感を覚える必要はないのだ。


「違うよ。悪いのは私なんだもん。見知らぬ人に話しかけられて、ついてって今回の結果を招いた。待ち合わせ場所でルイーズが戻ってくるのを待っておけばよかったんだよ」

「そうかもしれないけど、本来なら街はずれに行ったからとかそんな理由で犯罪が起こったらいけないんだよな。エリスのために平和な国にしたいと思っていた。でも、個々の考え方の違いなのか、この国の平和さを知っているから、犯罪が起こらない国っていうのはなかなか難しいものだと思うよ」


 その言葉を聞き、彼は本当の意味で世継ぎなのだと感じた。例え、王位継承権が低いとしても。

 国を憂い、良くしたいと思っている。それを抑える力もある。

 それがジルベールさんの言っていた希望なのだろうか。


「セリア様みたいな圧倒的な力を持った存在がいれば、また違うんだろうな」


 セリア様を怖がる気持ちが犯罪の抑止力になるということだろうか。

 ルーナの妖精も怖がっているようだが、そんなに怖くないとは思う。


「何でセリア様ってそんなに怖がられているの? 優しい人だと思うけど」

「あの人が魔法を使ったのを見たことがある?」


「犯人を捕まえる時に見たくらい」

「あの人はこの大陸で間違いなくトップクラスの魔法の使い手だよ。魔法を使えるとさ、あの人にはどう足掻いても勝てないって本能で察するからだと思う」


 彼は短く呪文を詠唱し、氷の固まりを出現させた。その塊が陽の光に煌めいていた。


「ラウールも相当魔法が得意だよね」

「国で一番と言われる程度にはね」

「それでも勝てないと思うの?」

「魔法だけならそうだと思う。子供のときに魔法の使い方を教えてもらった時に分かったんだ。この人と俺では見ている世界が根本的に違うとね。現に特訓中に何度も痛感したよ」


「世界が違う……?」


 意味が呑み込めず、驚きの言葉を綴ると、彼は目を細めた。


「言い方が悪かったな。ただ、それくらい圧倒的な力の差を感じたんだ」

「怖いとか思わないの?」

「あまり思わないかな。俺にとってあの人は命の恩人で、あの人がいなければ、今の俺はいなかったよ」


 彼はそう穏やかな声で言葉を綴る。


 私には彼の言った意味の本意がつかめないでいた。

 ラウールは私の気持ちを察したのか笑みを浮かべる。


「抽象的過ぎて分かりにくいよな。俺とエリスがニコラにわがままを言って、国を抜け出したことがあるのは知っている?」

「何となく分かる」

 

 直接聞くことはなかったが、話の流れからそういうことがあったとは感じていた。


「その時、王妃の追手に捕まりそうになったんだ。その時、助けてくれたのがセリア様だった。あの人はルーナに俺たちを迎え入れて、俺に戦うための魔法を教えてくれたんだよ」


 戦うためという言葉にドキッとする。彼も昔はルイーズのように、魔法を別のことに遣っていたのだろうか。今、彼の手に氷の塊があるように。


「俺たちはルーナでしばらく暮らして、セリア様に連れられて、国に戻ったんだ」

「セリア様と?」


 追手から逃げてきたわけだから、普通に戻れば何らかの危険が二人の身に襲い掛かることは分かる。彼らの安全を確保するためなのに、なぜセリア様はそこまでしたのだろう。

 セリア様はこの世界のために花の国を探している。そういう人だからこそ、動こうとしたのだろうか。


「あの人、門を強行で突破して、俺達を城まで連れていき、俺に手を出したら同じ目に遭わせてやるって王妃に直接文句を言ったんだよ」


 予想外の出来事に驚きの声をあげると、ラウールも屈託のない笑みを浮かべた。

 ブレゾールの城には、ラウールの転移魔法で入ったことはあるが、外から見る限りだと警備兵がたくさんいて、普通に中に入れる状態ではない。あの優しい彼女からは想像ができない。


「それから周りの俺に対する扱いは変わったよ。腫れ物に触るようになって、身の安全が保障された気がする」


 私のイメージした王子とはあまりに違う印象に首を傾げていると、彼は「悪い」と断り目を細めた。


「俺は何回か王妃や部下に殺されかけたんだよ。それをエリスやニコラが幾度となく庇ってくれた。そして、一緒に城を抜け出したってわけ。王妃は俺とは血が繋がっていなくて、エリスの実の母親なんだ。恐らく、俺の母親の血を絶ってしまいたかったんだろう」


 その状況を想像し、胸が傷む。

 彼が突きつけた現実は、血がつながらない家族どころではなく、私の想像以上だった。

 そして、彼が大切に思っている妹との関係も想像以上に複雑だったのだろうか。


「嫌なことを思い出させてごめんね」

「いいよ。昔のことだし、今はもう気にしていない。セリア様はそういう状況を知ったからこそ、俺達をこの国に受け入れ、俺を本気で鍛えたんだよ。今は俺より強い魔法を使える人間はそうはいないしな」

「じゃあ、ラウールにとって特別な人なんだね」

「特別な人か。そうかもしれないな」


 ラウールはそう言うと笑う。

 彼の抱えている苦しみは重くて、辛いものだった。

 それが血の繋がらない相手だとしても十歳くらいであれば、心に傷を残すだろう。

 私は今まで幾度となく感じた、彼の瞳の強さの要因を見た気がしたのだ。


「急にこんな話をして悪かったな。ルイーズに言われたんだ。お前に王妃の話をしていいかってね。それなら俺が話してしまったほうが、あいつにとってもいいだろうって思ったんだよ」

「気を遣わせてしまったね」


 昨日、彼女と交わした約束に起因していたのだろう。

 無理に聞く必要はないと思っていた。聞いてよかったかは分からない。

 何となく他の人がラウールに入れ込む理由が分かった気がする。

 見た目や能力の高さには関係なく、彼はすごい人だと思う。その根底にある人間性は想像以上に誠実で、前を見続けている。


 私の存在がお父さんやお母さんの関係にどう影響を与えたのかは分からない。

 でも、私はこの国に来て、彼らに会えてよかったと思った。

 慢心しているわけではない。だが、彼が大事に思う、妹を助けることができたのだ。

 彼は自分の過去を語っただけなのに、私の心の中にある暗い気持ちを吹き飛ばしてしまった。


 その時、冷たい風が私に触れる。そろそろ日が傾きかけている。


「ノエルに武器を作ってもらうんだったな。まあ、これ以上襲われないようにしろよ」

「できる限り頑張る」


 私は苦笑いを浮かべ、髪の毛をかきあげる。

 そもそも武器を欲したのも、自分の身を護るため。その気持ちが、私の生まれながらに持つ武器に対する臆する気持ちを軽くする。


「帰りたくなったら送るから声をかけてくれ。城まで送るよ」

「ありがとう」


 私はそれから少しだけ彼と他愛ない話をし、城まで送ってもらうことになった。


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